18

 朝食が終わると着替えて、いつもの日課をこなす。セシルの服はいつの間にか師匠が調達してきたらしく、その服を着て目隠しの薄布を身に着ければ、あっという間に魔法使い見習いの子供が完成だ。

 里の中を歩いていると、必ず一回は人間への憎しみを込めた呪詛が聞こえてくる。人間というものを見たことがなかったアリアにとって、人間はおとぎ話の中でだけ見る魔物のような存在に感じていた。しかし、セシルに会って感じたのは人も魔法使いもその外見、生活はさして変わらないということだった。

 現に魔法使いの服を着せて、目を隠したセシルを人間であると見抜けるものはいないだろう。



 日課とは、言わば魔法を使うための準備運動のようなものだ。まずは基礎的な体力をつける走り込みをする。魔法にも体力は必要だ。

 いつもは師匠と二人で近くの森を走ったり、川で夕食用の釣りもしたりするが、今日からは新入りがいる。


「じゃあ、とりあえずみんなで森まで競争だな」

「競争?」

「ああ、魔法使いはこれがないと一日が始まらないからな」


 首を傾げたセシルに少しいたずらっぽく、おどけたように言って見せた師匠は、言い終わったと同時に走り出した。


「ずるい!」


 叫んでから、啞然としていたセシルの手を取って引っ張る。


「いこう!」

「…うん!」


 駆け回る子供たちの無邪気な笑い声が、まだ目を覚まし切っていない里に響き渡った。


「…今日も元気ねぇ」


 たった今目を覚ましたアルフィは少し離れた家の中で、わずかに聞こえる笑い声をぼんやりと聞いていた。魔法使いはその長い寿命から、時間にとらわれず自由に生きる生き物だ。決まった時間にしっかりと起き、毎日やりたくもない訓練を自分に課すような者は奇特な目で見られる。一風変わった師匠に育てられたアネリは、早寝早起きをモットーに毎日、里の中を朝早くから駆け回って体力づくりとやらをやっているらしい。

 ほかの大半の魔法使いのように、朝は惰眠をむさぼるアルフィには不思議でたまらない習慣に思いを馳せていると、部屋のドアが乱暴に開けられた。


「師匠、そろそろおきてよ~…て起きてる?明日は槍が降るかもね、ご飯はもうできてるから早く食べてくれよ」


 どちらが師匠かわからないほどしっかりした弟子が、くるまっていた布団を容赦なく剝ぎ取る。その瞬間、朝のひんやりとした冷たい空気にさらされた体がぶるりと震えた。


「あぁん、寒い~」


 ほぼ下着に近い姿で身を捩るその姿は誰の目に見ても扇情的に映るだろう。しかし、毎日彼女の世話を焼くネルには見慣れたものだ。何しろ、この時間帯が普段の生活の中で一番世話が面倒くさい。恥じらいのような感情を抱く前に彼女を起こすだけの根気良さが鍛えられる。


「昨日は一日寝たままだったでしょ?アリアの家に遊びに行こうと思ったら、遠目でわかるくらい分厚い結界が貼ってあったせいで一日退屈だったんだ」

「結界?」


 やっと体を起こしたアルフィはきょとんとして、問いかける。


「今朝になったら解除されてたけどね」

「ふーん、結界の張り方でも教えてたのかもね」


 胸に引っかかるものを感じながらも、アルフィは次の瞬間には別のことに気を取られていた。


「まあいいよ、それより今日のご飯は何?」

「サラダと目玉焼きにトースト、いつも通りだよ」

「オッケー、じゃあもうひと眠りするからしまっておいて」

「はあ?また寝るの?」

「眠いから寝る、それが私のモットーよ~」


 適当なことを言いながらいそいそと布団に潜り直すと、しっかりした弟子は呆れたよう口の両端を下げて肩を竦めた。



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