15

 何故か二重に重なった声が同時に警告を発する。


「あれは…」

「リウ?」

「チェルシー!?」


 陣が光ると同時に、激しい風と共に二人の女が陣の真ん中に現れる。一人は豪勢なドレスをまとっているものの、血にまみれ、常に獣のように低い唸り声を上げている。もう一人はアリアに最も馴染み深い人物、リウだった。

 リウはその女に馬乗りになって彼女の両肩を抑え続けている。馴染みのある姿を見つけて叫んだアリアをアネリが後ろに引っ張る。

 ほぼ同時に叫んだハヴィは顔を覆って崩れ落ちた。別れも告げられず、息子を一人残して亡くなったはずの親友が、変わり果てた姿で目の前に現れた。彼女の訃報を聞いた時よりも激しい悲しみが濁流となってハヴィに襲い掛かった。


 一歩下がって二人を観察していたレーナは一歩進み出て、彼女たちのそばに座り込んだ。


「あなたがアリアの一番の友達?」

『お初にお目にかかりますわ、レーナ様。色々と、お話ししたいことはございますが、今はそんな場合…ではありませんね』


 女と取っ組み合った体勢のままでレーナに挨拶をしたリウは、アリアの方をちらりと伺う。アネリはセシルをアリアに預け、自分の着ていたローブをかぶせて二人を隠していた。リウの顔は見えないが、レーナには彼女が安堵の息を吐いたように見えた。

 何も分からずに混乱していたアリアは思わずセシルに縋りついた。セシルはこれだけの騒ぎの中で一人昏々と眠っている。


『セシししるル…ワタシの……ジャマを、しないで!』

『落ち着いて下さい。あなたにあの子を守る力はもうないのですよ!』

『じゃあア、あリスはナゼ?あアナタたた…だって…!』

『っ……!』

『こんなはずじゃなかっタの!ワタクシは…』


 女は支離滅裂な言葉を断片的に吐き続ける。そして、二人の奇妙な存在は激しくもみ合いながら、周囲に爆風を巻き起こした。少し離れて様子をうかがっていたアネリは淡々と呟く。


「家が壊れそうだな」

『ふふ…申し訳、ありません…。人間の問題は人間同士で片づけますので、アネリ様はアリアのことをどうかよろしくお願いします』

「待て!」


 その呟きを拾ったリウは苦笑しながら、アネリの方に顔を向ける。そして小さく礼をすると、金切り声を上げた女の頭を乱暴に掴んで煙のように消えた。アネリの発した制止の声は、空しく何もない空間に落ちる。

 アリアはローブ越しにすべてを見ていたが、最後まで何もできずにセシルの手を握って、これが夢だったならいいのにと祈ることしかできなかった。リウが消える直前に感じた、頭を撫でる感触の名残がこれが現実であることを物語っている。              


「行ったね」

「どこに?」

「さあね」


 しばしの間部屋は静寂に包まれた。最初に沈黙を破ったレーナは、さっきまで二人がいた場所に立って、その痕跡の観察を始めた。


「アリア?」

「……」

 

 そっとローブが持ち上げられて、視界が明瞭になる。


「大丈夫か?怖かったのか?」


 心配げにのぞき込んできた師匠の顔を見上げると、ほっとした様子で頭を撫でられた。リウの手よりも暖かく、硬い優しい手。気持ちが落ち着いてくると、すぐ隣で寝ているセシルの寝息が聞こえてきた。やわらかいその手を握って寄り添う。


「あの二人はもう里にはいないようね」

「どこに行ったんだ?」

「人間の街に降りて行ったのだろうね、彼女はともかくチェルシーが何かしないか心配だ」

「とりあえず、アネリは二人をしっかり守って。調査は私たちがするから」


 何か考え込みながら、その場に残った紙人形の破片を拾ったレーナはそう言って、うずくまっていたハヴィを拾って家から出て行った。

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