14

 遠くから大人たちが話し合っているのが聞こえる。一人は師匠、もう一人は里長、もう一人はあまり聞き覚えがない気がする。


「ん…」

「おお、ちょうどいいところに起きたな」

「アリア、気分はどうだ?」

「気分?とくになんともないよ」


 アリアが不思議そうな顔をして答えると、レーナはじっと黙り込んだ。


「やつは子供に危害を加えるつもりはないのか?」

「セシルについてきたとしたら、セシルにのみ危害を加えようとしてる可能性もある」


 アリアは大人の難しい言葉はあまりわからないが、セシルによくないことが起ころうとしていることは理解した。師匠に一緒に抱えられているセシルを見ると、彼はまだ夢の中にいる。先ほど静かに嗚咽していた姿からは、想像もできぬほど安らかな寝顔だ。


「セシルはどうしたの?」

「ああ、まだわかってないんだが、厄介なことになったかもしれんから私から離れるなよ」

「とりあえずハヴィちゃんに取って来てもらったこれらの道具を使って幽霊さんとお話してみましょう!」


 不安げな顔をしたアリアに向けて、レーナは明るい声で手に持った紙人形を渡した。不自然な風に吹かれて紙人形が揺れる。


「私がやるの?」

「不安がらないで、アリア。まず君のお友達をここに呼ぶんだ」

「リウを?」

「レーナ、何をやらせる気だ?」


 アリアが持っていた紙人形を乱暴にアネリが取り上げた。弟子をとった当時の様子からは考えられえない行動だ。アリアが髪に触っても、話しかけても完全無視を貫いていた当時を思い出して、レーナはひそかに目尻をぬぐった。

 

「ごめん、でもきっとこれはアリアの助けがあったほうが成功率が高まると思うんだよ、だから君の愛弟子を借りてもいいかい?」

「アリアの意志が優先だ。どうだ?やるか?」


 アリアに向き直って肩に手を置きながら問いかけてくるアネリからは、心配そうな様子が伝わってくる。


「やりたい!」


 即答だった。ため息をついた師匠はセシルの抱え方を調整しながらアリアを撫でた。アネリもこの子の性分を知っていて聞いたのは、無駄だったのかもしれないとは思いながら微笑んだ。


「危険だと思ったら、里長に全部返していいから危険な真似はするなよ」


 取り上げた紙人形をアリアに手渡す。師匠の注意にしっかりと頷いたアリアは紙人形を慎重に握りしめた。


「じゃあ、やり方を教えよう。少しでも嫌な感じがしたらすぐに人形をちぎって術を中断するんだ」

「うん!」


 レーナも元気に返事をしたアリアの頭を撫でる。魔女はお互いの顔が見えない分、スキンシップで好意を表すことが多い。頭を撫でたり、ハグをすることは里で育った魔法使いたちにとっては軽い挨拶のようなものだ。


「よし、いい子だね。まずはこの紙人形に自分の名前を書いて血を垂らす…んだけど、術で自分の血を使うときのやり方は知ってる?」

「師匠がいつもやってるよ。夜ご飯を作るときに」

「あ…」

「…」


 レーナが思わず振り返ると、アネリが包帯を乱雑に巻いている手を握り締めて視線を逸らした。まだ人の口にできるものを食べさせているだけまし、とでも言おうか。


「…それはただのミスだからノーカウントだ。レーナ、私は教えてない」


 気まずそうに咳払いをしたアネリが代わりに答えると、吹き出しそうになっていたレーナもこほんと咳をして、元の話題に戻る。


「じゃあ特別レッスンだ。と言っても特別なこと範囲もやらないから身構えなくてもいい」

「はい!」

「まず、こいつに自分の名前を書くんだ」


 そう言ってアリアにペンを渡すと拙い文字で自分の名前を書いた。


「よし、じゃあ少し痛いけど親指を出してね」


 言われた通りに親指を差し出したアリアに、レーナがいつの間にか取り出した小さな針を素早く刺す。アリアは反射で目をつぶった。


「いた…くない?」

「はは、そうだろ?これからもっと使うだろうからしっかり覚えておくんだよ」

「じゃあ次はいよいよ召喚だ。さっきは君のリウをといったけど、時間がないからこの家に異変を起こしている異物を呼び出すほかない」

「…うん」

「とりあえず、今から教える陣を描いたらすぐそこから離れるんだよ」


 術の手ほどきを受けている間に、階段からは例の血がずっと垂れ流されている。二階で何かが暴れているような物音も激しくなっている。

 緊張した面持ちでレーナに見せられた陣を描き写し終わると、レーナはすかさず魔力を込める。


「下がって!」

『下がって!!』

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