12

『アリア、セシルにおうちを案内してあげないの?』


 村長とハヴィが訪ねてきた後、大人たちの退屈な話か始まることを察したリウはさりげなくアリアを二階に誘導しようと、静かに彼女の手を引いた。

 その言葉に目を輝かせたアリアは、リウの狙い通りセシルを引っ張り元気に階段を駆け上がっていく。

 その様子を見送ってから、リウは静かに口を開いた。


『…お久しぶりです、貴女のご子息は随分と大人しいのですね』

『アアあアら?どちら様まマママ…?』


 子供達が登って行った階段の前にいつの間にか現れた不気味な女が振り返った。話し込む三人の魔女は誰一人として気付いていない。

 壊れた操り人形のようにぎこちない動きで言葉を発したその女にはリウと違って顔があった。しかし、全身血塗れで、眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。

 そんな格好で優雅に可愛らしい所作で小首を傾げた彼女は、少し背の高いリウをじろりと見上げた。


『ご、ゴゴごきゲゲんヨウ、アアあアリス?』







 アリアに引っ張られて二階に上がって来たセシルはほんの短い階段を駆け上がるだけで息が上がっていた。


「だいじょうぶ?きっとやみ上がりだから体力が落ちてるんだよ」


 階段を上がり切ったところで座り込んでしまったセシルの背を、心配そうにさすっていたアリアは軽々とセシルを持ち上げた。


「…!?」

「やっぱまだベッドでねてなきゃだめだよ」

「え、あ…ありがとう」 


 自分よりも小さな女の子に持ち上げられるという、予想外の出来事にセシルは思わず固まってしまった。これも魔法なのだろうか。


「…力持ちなんだね」

「これくらいふつうだよ、それにセシルはかるいね」

「そ、そう?」 

 

 何気なく放たれた言葉に密かにダメージを受けたセシルは、体を鍛えることを心に誓った。

 寝室に入ったアリアはベッドにセシルを下ろしながら解説を始める。


「ここはねるところ!」

「それは知ってるよ、僕が借りてたところだよね」

「うん!でもこれからもいっしょにねるんだよ」

「?」

「ベッドは一こしかないから、今までわたしと師匠ふたりでねてたんだ。これからはセシルもいっしょだね」


 顔は見えてないものの、悪いの欠片も無く無邪気に笑うアリアをセシルは眩しく感じた。一寸の曇りもない瞳が彼女の着けた布から透けて見えるような錯覚に陥り、セシルは首を振った。


「だいじょうぶ?」


 ベッドに腰掛けたアリアは、またセシルの手を握って布の下から顔を覗き込んだ。手を握る度にセシルよりも少し高い体温がじんわりと伝わってきて全身を駆け巡っていく。


「大丈夫だよ…っ」

「セシル?」


 大丈夫、と自分に言い聞かせるように発した瞬間に喉の奥から巨大な血の塊が上ってくるような気持ち悪さを覚えた。

 微かな嗚咽が部屋に響く。思わず布をめくって顔を確認したアリアは驚いたような声をあげた。


「セシル、悲しいの?」


 セシルの目から、いつの間にか涙が零れていた。次から次へと湧き出てくるそれが繋いだ手に落ちていく。あの事実を聞いた瞬間から、その時に自分も何かを見たはずだと思い、その何かを思い出そうとする度に頭に鈍い痛みがじわりと広がった。


「何もおぼえてないんだ…ここに来る前に何があったか、父様と母様がどうなったかなにも…」


 心の奥にセシルの手が届かないように隠された何かがある。セシルが傷つかないように、きっと悲しむからと優しい誰かが隠してくれた記憶。しかし、それを拒んで真実を聞いても、その記憶が蘇ることは無い。

 

 セシルが静かに涙を零している時、おろおろしながら何もできず、戸惑っていたアリアはふと思いついて彼を抱きしめた。


「…?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶだからね」


 それはアリアが得体の知れない悪夢にうなされて飛び起きた時、アネリが教えたおまじないだった。ここにはお前を傷つけるものはいない、私が守ってやるから。そう言って優しく涙を拭って、異国の歌を歌いながら寝かしつけてくれたのだ。


「ここにはセシルを傷つけるものはない、それにあってもわたしがまもるよ。だから泣かないで」


 優しく背を擦りながら、そのままベッドに倒れ込む。アリアが手を振ると布団がふわふわとやってきて、自ら二人の体にそっと掛かった。

 密着したアリアの体からはどこか懐かしいような薬の匂いがした。


「こわいときはねればいいんだよ」

「なんだそれ、怖かったら寝れないよ」


 思わず笑ってしまったセシルの涙は依然として止まらなかったが、そんなのはもうどうでも良くなってきた。


「ねぇ…アリア」

「なあに?」


 セシルは少し恥ずかしそうにしながら名前を呼んだ。アリアは嬉しくて思わず、またセシルを抱きしめながら笑った。


「ねえ、君もここにきた時はそうだったの?」

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