11

「てことでセシル!おきがえのじかんだよ!」

「着替え?」

「そうだ、着替えってほどでも無いがとりあえず、外に出る時は必ずこの黒い布で顔を覆ってくれ」


 魔法使い達が顔を覆う理由はその特殊な瞳にある。生まれつき、魔法使いは星空の瞳を持つ。その瞳は見る者に恐怖と混乱を齎し、時に廃人にしてしまう。そして、それは魔法使い同士でも起こりうる。

 原理は未だに分かっていないが、うっかり目を合わせてお互いが発狂するのを防ぐため、いつからか魔法使いは目を隠すようになった。


「これ、目は見えてるん…の?」


 敬語が抜けきらないセシルにアリアが吹き出す。セシルの頬がうっすらと赤くなった。


「これには魔法がかけてあって、視界が隠れることは無いんだ」


 言いながら、布をセシルにつけてやると、セシルは興奮した様子で声を上げた。


「すごい、本当に何もつけてないみたいに見える!」

「そうだろ、だからうっかり着け忘れる、なんてこともたまにあるかもしれない。師匠としては肌身離さずつけている方をおすすめしておこう」


 セシルは付け忘れた時のことを思い浮かべて、不安げな顔になった。しかし、そんなセシルの手を取ったアリアははしゃいだ声を上げる。


「おそろいになった!」

「よかったな。セシル、お前を一人で外に出すことは無いし、つけ忘れてる時はちゃんと言ってやるからあまり心配はしなくて大丈夫だ」


 手を取ったまま飛び跳ねるアリアと、空いている片手で布を不思議そうに触るセシルを見て、アネリはひとまず安堵の息を吐いた。

 あと心配事があるとすれば、里の住人達の態度だろう。あの会議にいた者たちは全員彼の正体を知っている。ましてやおしゃべり好きな魔法使い達は、会議にいなかった他の者にすぐに広めてしまうだろう。痛む頭を抑えていると、外から二人分の声が聞こえてきた。


「大丈夫でしょうか…」

「アリアは元気ないい子だし、心配ないと思うけど」


 気弱で少し小さい声はハヴィで、明るくハキハキと喋っているのがメイシーだ。ほどなくして扉が叩かれる。扉を開くとレーナがひょこりと家の中をのぞきこんだ。


「やっほー、調子はどう?」

「予想よりもずっと良いよ」

「それは良かった!アリアも元気そうだね」

「うん、げんきだよ!しょうかいするね、この子は…」


 何も知らないアリアがレーナに、セシルを紹介しようとやってきた。しかしセシルはアネリの後ろでじっと立ち止まってしまった。

 アネリが振り返ると布越しからじっと見つめられている。


「あぁ…そんなに警戒しなくていいんだよ。とりあえず二人とも中に入ってくれ」

「ごめんね、お邪魔するよ」


 アネリが家の中に二人を招き入れると、アリアもセシルと手を繋いで着いていく。レーナはその微笑ましい光景に少し驚きながら、微笑をこぼした。

 アリアは同世代の他の子供に比べて人懐っこく、情緒も比較的安定している。それにしても、昨日今日突然家に現れた人間をここまで早く受け入れるとは、レーナもアネリも想像していなかった。


 アネリが来客用のソファを宙から取り出すと、レーナとハヴィを座らせた。子供たちをどうしようかと逡巡したのもつかの間、アリアはセシルの手を引っ張って二階に登って行った。きっと家の中を案内してやるつもりなのだろう。

 そんな二人を微笑みながら見送ったレーナは嬉しそうに口を開いた。


「君に預けるのは正解だったね。他の子のところだったら、こんなにも穏やかな光景は見られなかっただろうね」

「いや、私たちが思ってたよりもあの子たちの方が大人だったと言うだけだ」


 アネリは気を揉みながらアリアに人間のことを教えた時や、セシルに両親の死を告げた時のどこか肩透かしを食らったような気分を思い出して、複雑な気分になる。

 

「セシルにどこまで話したんですか?」

「…ハヴィ、恐らくだがお前のかけた記憶消去の魔法は失敗してたぞ」

「えっ…!」


 ハヴィは悲鳴にも近い小さな声を上げた。


「悪いけど、セシルには親が亡くなったことを話したんだ。けどあの子はちょっと黙っただけで泣きも喚きもせずに、静かに受け入れたよ」

「長、人間の子っていうのはそういうものなんですか…?」

「いや、あの子くらいの歳の子が親を亡くして冷静でいられるって言うのはあんまりないと思うよ」


 レーナは言いながら、階段の方に目を向けた。しばらくすると、二階からはふたりがパタパタと走り回る足音と楽しげな笑い声が微かに聞こえてきた。 

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