8
何かすごく悲しいことがあったような。とても辛い別れがあったような、そんな切ない気分になって目を開ける。
「あ、れ…」
目を開けると目頭を涙が伝って行き、髪の毛にじんわりと染み込んでいった。なぜ泣いていたのだろう。
それに随分と長く眠っていた気がする。いつもであればセラに起こされて、顔を洗ってから着替え、剣術の鍛錬に行かなければならない時間だ。どれだけ考えても昨日何をしていたか全く記憶が無い。
「いた…」
体を起こすと強烈な頭痛が走り、ベッドに逆戻りする。頭痛が収まってからもう一度体を起こして、周りを見てみる。
いつもより硬いベッドに枕、少し狭い部屋。壁一面に掛けてある謎の植物。どれも見たことの無い物ばかりだ。周りを見回すと、ベッドの傍に置かれた椅子には少女が船を漕ぎながら座っている。少女の出で立ちも少し異様で、黒い布で目隠しのようなものをしていた。
それにしても父や母はどこに行ったのだろう。兄弟のようにいつでも一緒にいたセラもここにはいない。
「ねぇ、君…」
「ぅ…ん」
意を決して少女に聞こうと声を掛けてみる。小さな寝言が聞こえるのみで全く起きる気配のしない彼女の肩を控えめに揺らすと、少し遅れてびくりと体を震わせた。
「…あ、あっ!」
「…えっと」
突然、勢い良く顔を上げた彼女に、少年は思わず怯む。
「おきたー!」
少年が何も言えないまま、驚きで固まっていると、その少女は叫びながら部屋を出て行ってしまった。ここは二階らしく、階段をぱたぱたと降りる足音が響いてくる。
しばらくすると、二人分の足音が階段を登ってきた。扉が開くと、先程の少女ともう一人、顔を黒い布で覆った女性が部屋に入ってきた。
「良かった、死んでるかと思ったよ」
「あの、ここはどこですか?」
「そういう話は後にしよう、まずは飯を食おう。腹減ってないか?」
女性にしては少し低く、特徴的な喋り方だ。言われてみれば、確かに腹が異常なほど減っている。手を差し出されて、躊躇いながら手を差し出すと、ふわりと抱えられる。
「あ、自分で立てます…」
「いや、君は今病み上がりみたいなものだからな。念の為だ」
屋敷のメイドよりも過保護な扱いにやや気恥ずかしさを感じていると、先程の少女が目に入った。
「いいなぁ、抱っこ…」
「はいはい、後でやってやるよ。足元をちょろちょろしないでくれ」
「あぁ、忘れてた。私の名前はアネリ、こっちの子は私の弟子、アリアだ」
「僕は、セシルと言います」
少し会話をしたことで何となく緊張が解れる。誘拐にしては少し扱いが雑であるし、何らかの理由でこの家にいつの間にか預けられたのだろうか。考えても何も分からない。セシルはしばらくの間、考えるのをやめることにした。
人一人でやっとの狭い階段を降りると、アネリはそっと少年を下ろした。
「飯って言ったけど、まだ出来てないからちょっと待っててくれ」
小走りで台所の方に走っていったアネリを見送ったアリアは、ここ数日で作った真新しい椅子に案内する。
「ここがセシルのせきね」
「あ、ありがとう」
新入りを案内して満足したアリアは、初めて喋ったセシルに人見知りする様子なく、喋り始めた。
「ねぇ、君どこから来たの?」
「ヴェールっていう街だよ。僕、気付いたらここにいて、ここはどこなの?」
「ここは魔法使いの里だよ、セシルはとくれいでここに来たんだって」
「魔法?」
「うん、魔法!火を出したり、空をとんだり、はなびを上げたりできるんだよ」
「魔法使いはきれいな星空の目を持ってるんだ、でも人に見せちゃダメだから、これをつけてなくちゃいけないの」
「そうなんだ…」
魔法使いなど伝説の中でしか聞いた事のないセシルにはこの話が段々と夢のような気がしてきた。少女の言った言葉にはいくつか知らない言葉も混じっていた。
「あ、でもセシルの目もとってもきれいだよ!夕焼けみたいで」
途方に暮れていると、唐突に瞳を褒められて嬉しくなる。母から受け継いだ橙の瞳と父から受け継いだ銀髪はセシルの自慢だ。
「君はなんで僕がここにいるのか知ってる?恥ずかしいんだけど記憶が無いんだ…」
「そこら辺は師匠がうまく説明してくれる!私には半分もわかんなかったよ」
諦めたように肩を竦めたアリアの動きがおかしくて思わず笑うと、アリアも嬉しそうな笑い声を上げた。
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