7

『何を描いているの?』

「師匠とリウ」


 リウの質問に端的に答えて、目の前の神に向き直ったアリアは熱心に鉛筆を握って線を描く。

 日課とされている訓練は終わってしまったので家に帰り、リウの提案で暇つぶしに絵を描いているのだ。

 リウは色んな角度から紙を覗き込んではソワソワと辺りを行ったり来たりし始めた。そんな様子のリウを気にする様子も無く、アリアは描き続ける。

 リウが突然ドアの方にじっと顔を向けた。外からは二人分の足音が聞こえる。


『…?』

「ただいま」


 誰の足音か考える暇もなく、扉が開いてアネリが入ってきた。手には何かを抱えている。よくよく見ると、それは銀髪の美しい少年だった。


「師匠!あれ?」

「ただいま、サボってないよな」

「もちろん!全部やったよ〜」

『それで、その子は?』 

「あ、そうそう。この子だれ?」


 興味津々なアリアは、師匠の周りをぐるぐると回る。アネリは溜め息だけついて、寝室に子供を寝かせ、自分は取り出した杖を一振して軽装に着替えた。


「よし、こいつはとりあえずこのままで。下で話してやる」

「うん」


 階段を降りようとした時、リウはアリアについて来ず、ベッドに寝かせられた少年を見守っていた。基本的にずっと彼女のそばに付き添っているリウがアリアから離れることなど今まで無かった。


「リウ?」

『気にしないで、私はここにいるから』

「?そう」


 いつもと違う雰囲気を感じながらも、師匠の背を追ってアリアは階段を降りていった。




「えーと、だな」

「うん」


 少し言いにくそうに言葉を切り出したアネリは早速言葉に詰まった。魔法使いの子供にとって、人間という言葉はかなり刺激の強いものだ。

 アネリは深呼吸して、アリアの手を取った。師匠からの珍しいスキンシップに嬉しくなった少女は無邪気に笑う。

 アネリは今、この瞬間この懐っこい子供から笑顔を奪ってしまうのではないかという恐怖を感じていた。しかし、謎の意地を張ってあの少年を引き取ることを決めたのは自分だ。自分の手を握ったり触ったりして、次の言葉を待っている弟子に改めて向き直る。


「あの、子は人間だ。私…師匠はあの子を弟子にするって決めたんだ」

「にんげん…?」


 目を見開いて首を傾げたアリアに思わず手を強く握ったアネリは、肩越しに聞こえてきた声に目を見開いた。


「すごい!すごい師匠!だって私に弟弟子ができるってことでしょ?」

「あ、あぁ…お前、人間って知ってるか」

「知ってるよ!にんげんは、おろかでやさしくてよく分からない生き物だってリウが言ってた」

「怖くないのか?」

「分からないからこそ、知りがいがあるって言われたんだ」


 アネリには見えない不思議な助言者の存在にこれほど感謝したことは無かった。彼女の正体は未だにハッキリとしていないが、少なくとも弟子に悪影響を及ぼす存在では無いことはとっくに知っている。


「そうか、じゃあ師匠から一つ言っておくことがあるぞ」

「うん」


 キリッと頷いた弟子に思わず笑いそうになりながらも、気を引き締める。


「お前は今あの子を受け入れるって言ってくれたけど、この里にいる全員がそうって訳じゃない」

「あの子は人間で、ここの住民は…私達は魔法使いだ」

「それがなにか問だいなの?」


 きょとりと首を傾げた弟子の顔に浮かぶのは純粋な疑問のみだ。アネリ喋りながら小さく嘆息した。


「私達がなんでこの里に住んでるかって言うと、簡単に言えば人間と決別したからだ。つまり水と油みたいなもんさ」

「油に水が一滴混ざれば、浮いてすぐに油から弾かれる。この里に来たあの子も同じだ。他の奴らに知られれば確実にいじめられるだろう」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「お前が守ってやるんだ、姉弟子として。どうにも出来なくなったら私を呼べ、全ての責任は私にある」


 言い終わるとアリアは力強く頷いて、小さな手のひらを握りしめ、拳を作った。


「わたしの弟弟子をいじめるやつらはぜんいん、けちらすよ」

「暴力はなるべく避けてくれよ、本当に強いやつは言葉だけで相手を打ち負かすんだ」


 暴力沙汰は面倒になるので、穏便な守り方を提案する。


「わかった、ペンはけんよりもつよし、だね」

「そんな言葉、どこで覚えたんだ」

「レーナさんが言ってた」

「あの人か…」


 この里をずっと見守っている彼女は、五百年前に突然この世界に現れた。師匠となる魔女に拾われて魔法を教わり、最初は人とも友好的に活動していた。しかし、魔法使いへの差別の強まりと共に、里を作って仲間や他の魔法使いを招き入れることで迫害から彼らを守ったのだ。

 そんな彼女は、時々この世界には無い言葉を喋ることがある。アリアの言った言葉もその一つだ。


「まぁ、とにかくだ、今この里であの子は危ない立場なんだ。私もできるだけ目を離さないようにはするが、傍についてやってしっかり守るんだよ」

「うん、絶対守ってあげるよ」

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