6

「この子を弟子に取りたいって人、手上げて」


 緊張を和らげるためか、やけに軽い言葉選びで落とされた発言はあまりにも衝撃的だった。その言葉が生み出したさざ波が端々にまで広がっていく。


「え?」

「人間を弟子にするですって?」

「ハヴィの奴はともかく、貴方もボケたか!」

「弟子一人でも大変ってのにそんなの考えられないわ…」

「人間は人間の世界で生きるべきよ!」

「人間と魔法使いが関わらないほうが良いって決めたのはあんただろ、決まりを破ったのはその女だ!」


 顔は見えないのに、その動揺ははっきりと伝わってくる。かく言うアネリもかなり動揺していた。


 人間を魔法使いの里で育てる?冗談では無い。それに人は魔法使いと違って弱い。仮に育てられても、すぐ魔法使い同士の小競り合いにでも巻き込まれて死んでしまうに違いない。


「落ち着いて!」


 凛と張った声がざわめきを収める。


「まあ、皆も知ってる通り、私は身内に甘い主義を取らせてもらってる。だから今回はハヴィの頼みを受け入れ、この子を里で引き取ることを決めた」

「大体、どうしてその女がそのガキの面倒を見てやらないんだ」

「そうだ!」


 みなを落ち着けようと話し出したレーナの言葉を気だるげな魔女が遮る。隣で同じように興味なさげな様子で杖をクルクルと回していた魔法使いも同調した。


「その訴えは最もだ。だが、私はここで暮らす子には嫌な思いをさせたくない。ハヴィの所のアリスは、人間を心の底から憎んで憎んで、その憎しみを糧に魔法を学んでいる」

「そんなところにこの子を連れて…はぁ、ごめんなさい。こんなことになるならば、手を出さない方がマシだったのかもしれないわ」


 いくらか落ち着いたハヴィが両手で顔を覆い、深いため息をついた。また、彼女の肩が震え始めたのを見て、誰かが吐いたため息が場に零れる。半数以上は自分に関係の無い話だと高を括って、顔が見えないことをいい事に居眠りする気だろう。


「君が救ったのは紛れもなく、きみの友人が最も愛したものだ。この子を守ろうと判断したのはその友人であって君じゃない。彼女にとって最良の選択だだったのなら、君は彼女の友人として、その意思を尊重すべきじゃないか?」


 レーナの考え方と経験による言葉は一般の人間にしてみたら感動的でその通りだと感じるのかもしれない。しかし魔法使い達にいまいち響かないのは、彼らが一生の間にそれほどの信頼を寄せるような友人を作ることがほとんど無いということにあるのだろう。アネリも一魔女に過ぎない、理屈で語るより拳や魔法で語ってきたので他人との対話は未だに不慣れである。


 そろそろ飽きてきている魔法使い達を代表するようにアルフィが手を挙げた。ぴっと指差しながら、レーナはまだハヴィの背をさすっている。


「はい、アルフィ」

「結局このお茶会はこの子の師匠が決まれば終わるのよね」

「簡単に言えばそうね」

「じゃあ」


 布越しでも分かるほど笑った声音で、アルフィがこちらを振り返った。背筋に寒気が走る。ああ、こういう時はろくな事がない。経験から来る一種の諦観に飲まれながら、彼女の言葉を待つ。なぜ待ってしまったのだろう、ろくな事にならないというのに。


「アネリがやればいいわ」

「は…!?」

「さんせー!」

「おい!」

「よし、じゃあ私は帰ります!」

「待っ」

「決まり!ありがとうね、アネリちゃん〜!」

「今度なんか、薬のレシピ教えたげるよー、弟子二人目おめでとう」

 

 アルフィが言い放った瞬間に、周りの退屈そうだった者達は一斉に同調して、こちらが何か言う暇も与えずに、箒で飛び立って行く。


「じゃ、また」


 アネリを混乱の渦に陥れた本人も、無責任な者達 同様にさっさと飛び去っていく。違うところは彼らと違って絨毯で飛んでいるところだろうか。いや、そんな事はどうでも良いのだ。


「ありゃ、一杯食わされたね」

「…すみません」


 あっけらかんと笑うレーナと、対照的にずっと肩を落としているハヴィだけが残った空間はなんとも言えない空気が漂っている。


「まあ、あれがあの子たちの性分だ。最初からこうなることは何となくわかってたよ」

「…アネリは随分大人しくなったのね。昔だったら今頃あの子たちを追い回して里は大嵐だったことでしょうね?」

「さすがにそんなに子供じゃないですよ」


 子供時代から面倒を見てもらっていた反面、自分は迷惑をかけることも多かったことは自覚しているので気まずくなる。


「本当は一朝一夕で結論が出るはずないってことはわかってたから、半分くらいは私が面倒見るつもりだったんだよね。もしかしたらやってくれる子がいるかもしれないって思ってね」


 まあ、予想通りだったけどね。と笑うレーナの声は僅かに悲しみも含んでいる気がした。


「やりますよ」


 あ、と思った時には口が動いてしまっていた。自分にはこの子供と関わる義務も何も無い。それなのに何故だろうか、この子を確かに弟子にしてみたいと思った自分がいた。


「…本当に?」

「いいですよ」

「解剖したりしない?」

「それは機械だけの話ですから、そんな事言わないでください。この子が起きてたら最悪でしたよ」


 信用の無さが身に染みた所で、ハヴィがゆっくりと子供に触れ、結界がガラス質な音を立てて割れた。


「貴女に私の過ちの後始末を任せてしまって申し訳ないわ…けれど、この子をどうかよろしくね」

「あぁ」


初めて触れた人間からは、一番弟子と同じ温もりを感じた。

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