3

「遅かったな、パンケーキは私が頂いたよ」

「え、そんなぁー」


 中に入るなり、台所から聞こえてきた言葉にアリアは思わず床に手をついた。そんな彼女をリウが慌てて慰める。


『…』

「あはは!もうなでなくていいって」


 透き通った不思議な手は微かな温もりを持って頭を撫でている。その感触はとても心地よかったが、こうなるとリウはやめてと言うまでやめない。


「また不思議なお友達か?羨ましいなぁ、私も彼女と話してみたいものだ」

「リウはあんまりおはなししないよ」

「でもな、二百年生きてて知らないことに遭遇するってのは楽しいもんだぞ」

「かいぼうはやめてね」

『…!』


 元々魔法の研究に凝っていたアネリは興味深い道具を直ぐに分解する癖がある。それが自分に直せるものかどうかはともかく、とにかく自分の目で全てを確かめないと納得しない質だった。

 物騒な発言にリウは動揺したように体を揺らしてスっと消えた。


「あー、行っちゃった」

「彼女にも怖いものがあるんだな」

「師匠のせいだよ」

「解剖って言葉を出したのはお前だろ」


 二百歳と五歳とは思えぬ軽快なやり取りの中、夕食のシチューが完成した。さらに盛り付け、食卓につくと、食前の祈りなどなく二人ともそのまま食べ始める。

 人間の世界では何やら食前にお祈りとやらをするそうだが、魔法使いや魔女は何者にも縛られない。ましてや神などという曖昧な存在に頼ることもない。なぜなら、それに近しい振る舞いをできるのが魔法使いだからだ。

 


「明日、私は出かける。お前は留守番だ」

「えぇー!やだ、いっしょに行きたい!」

「他の用事なら考えてやったが、これはダメなんだ。魔法の自主練をして、暇になったらリウに遊んでもらえ」


 アリアはむくれたが、いつもはどこにでも連れて言ってくれる師匠がここまで言い含めるものは黙って聞く以外の選択肢がないことも理解はしていた。


 夕飯を食べ終わった後は、魔法で風呂を済ませる。本物の湯船に浸かるのは一週間に一度、下手をすると一ヶ月に一回だけだ。

今は春だが、冬場になると二日に一度入る日もある。今日は湯船に入らない日のため、手早く寝巻きに着替えて、寝室に向かう。


「ほら、早く寝ろ」

「…はやくかえってきてねー」


 乱暴な手つきで毛布をかけたアネリに引っ付いたアリアは眠い目をこすりながら小さく言った。


「そんなに心配しなくていい、お前は連れて行けないけど、そんなに時間はかからないはずだからな」

「こんどこそ…パンケーキ…」


 言いながら夢の世界へと旅立った食いしん坊を見て、アネリは苦笑した。かつて、彼女にとっての子供はやかましく鬱陶しいものだったが、アリアが来てからはその苦手意識が取り払われ、今では他の魔法使いの弟子に注意を向ける余裕さえできた。


 アリアが寝返りを打ってずれた布団を直して目を瞑る。考え事は尽きなかったが、気づけば眠りに落ちていた。

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