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「うーん、これどくのやつかなぁ」
『これは食べれるけど辛いものでは無かったかしら』
「そうなの?じゃあやめとくね」
森の中を身丈に合わぬ大きなカバンを背負って進んでいく少女は見えぬ声と会話しながら、師匠に頼まれた薬草を集めていく。
物心ついた時からずっと、少女にだけ見えている顔の見えない女性。師匠に聞いても首をかしげられるだけで何も分からない。危害を加える様子はなく、危ない場面や少女が困っている時に現れて助言をしたり、時には慰めの言葉をかけてくれることもある。
皆にも見えているのだと思いながら、周りの大人に話したところ、そんな女は見た事も聞いたこともないと言われ、少女は彼女が自分にだけ見えているのだと知った。そんな存在を少女はリウと名付け、ずっと一緒に過ごしてきた。
「アリア、こんにちは。またひとり言?」
「そうそう、ひとりごとよ。リウが教えてくれるの」
「それはすごいな」
空中からひょいと現れた、アリアよりも少し年上くらいに見える少年が手元を覗き込む。
リウのことを他人に話すことは無いが、彼女と喋っていることを隠すつもりもないので周りからは少し不思議な子として認識されている。
彼はアリアの集めた薬草を一通り見て目を輝かせた。
「すごい、全部ちゃんとした薬草だけ取ってるんだね、僕はまだ間違えちゃうよ」
「まあ、できがちがうからね」
「意味わかってるかい?」
「わかんないよ」
悪びれる様子も気まずそうな様子もなく首を横に振ったアリアは少年に目をくれることもなく、薬草を集め続ける。彼女の脳裏にあるのは師匠の焼いたパンケーキだけだ。ため息をついた少年はしゃがみこんで一緒に薬草を探し始めた。
「なんで来たの?」
「暇だからね」
「ネルのししょうは?」
「君の師匠に会いに行くっていなくなったよ。どうしようかと思ってたら、遠目に君が見えたから追いかけてきたんだ」
ネルはちらりとアリアを見たが、彼女はもう自分の世界に入っていて、こちらのことは全く気にしていないようだった。
しばらく黙々と薬草を摘んでいると、突然アルフィが宙から現れた。
「子供たち〜、随分頑張っているわね!そろそろ日が暮れるからお家に帰りなさい」
「師匠」
「ネルのししょうさん!」
まるで自分の師を見つけたかのように喜びを表すアリアにアルフィも思わず表情を緩ませる。
「ほらほら、あんまり遅くなるとアネリが心配するからね。送って行ってあげようか」
「じぶんでかえれるよ」
「いーや、大人に甘えておく方がいい時もあるんだよ」
確かに気づけば陽は傾き、植物たちもいそいそと夜の支度を始めている。
胸を張って手を差し出したアルフィの手を取ろうとすると、隣にリウがふわりと立つ。
『怖い人には着いていっちゃダメよ』
「この人はだいじょうぶだよ」
「あら、不思議ちゃんのお出ましね。本当に帰るだけよ」
親友の弟子の奇妙な言動に慣れているアルフィは全く気にした素振りもなく、ネルを肩車で担ぎ上げ、右腕でアリアを抱えると、空中に向かって慣れた様子で魔法陣を描いた。
『…』
何か言いたげなリウだったが、アリアが首を振って大丈夫だと示すと森の暗闇に解けるように消えていった。
「アルフィさん、ししょうとおはなししたの?」
「お?まあね、ただの世間話よ」
アルフィはぐらかすようにふわりと笑って魔法陣に触れた瞬間、周囲の景色が変わり、目の前にはアネリの家が現れた。こじんまりとしているが、二人で住むには広いとさえ言える立派な家だ。
「ありがとう!」
「いいのよ、またね〜」
「またな」
『…』
いつの間にか隣に現れたリウは黙って師弟を見送った後、彼女を見つめていたアリアの手を引いて促した。リウが何も言わずに手を引く時はこれ以上この場にいたくないという気持ちの表れの時が多い。
「かえろっか」
『そうね…』
ずっと黙っていたリウは呟くように返事をして、手を強く握った。
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