黎明の魔女は爪を喰らう
ねぎしお
1章
1
「産まれた!産まれたわ!女の子よ!」
「本当か!すぐに行くよ」
「旦那様、もう少しお待ちくださいまし。産湯が済んでおりません」
「…終わった、のね…」
喜び満ち溢れる部屋に一人の女の疲れきった声が落ちる。母親の様子とは真逆に、勢い良く産声をあげる赤子は僅かに目を開けた。
「ひっ…」
その瞬間に喜びに満ちた声を真っ先に上げた産婆は恐怖に満ちた表情を浮かべる。
「どうしたの?」
呑気な顔で赤子を撫でるもう一人の上品な産婆は赤子の顔をじっと見つめた。その後、すべてを理解した表情を浮かべた産婆に母親が恐る恐る聞く。
「うちの子、何か変かしら」
何度も口を開いては閉じ、躊躇った産婆は疲れきって眠りかけている母親に促されてようやく言葉を発した。
「お嬢様は魔法使いですわ」
ぽかぽかとした日差しが心地よい昼下がり、洗濯物を干す女を手伝おうと、一人の幼い少女が物干し竿の周りをちょろちょろと回っている。
傍から見れば、普通の仲の良い親子か姉妹のように見えるだろう。彼女たちの目元を隠している黒い布を除けば。
「アリア、ここにお手伝いは無いから森に行って腰痛用の薬草を取ってきてくれないか?」
「えぇー!やだよ、あそこじめじめしてて、人がいないのに人がいっぱいいる気がしてへんなんだもん」
いい加減目障りになってきた女は、適当に追い払おうとちょっとしたお使いを提案したが、少女には不満なようだ。
「帰ったらパンケーキを焼いてやるから、ほら言ってきな」
「パンケーキ!やったぁ、行ってきます!」
単純な少女は次の瞬間にはシーツの間を縫って家に入っていき、採集用のバッグを引っ張って出かけて行った。
「嵐のアネリも丸くなったものね」
「ふん、子供は貴重だからね。私が磨いた魔法を継承する子がいないと困るのはお前たちの弟子たちだぞ」
空中から急に現れた女に驚くことも無く、洗濯物を干し続けるアネリは、ふっと息を吹いて女に炎を向ける。わざとらしく驚いて見せた女は笑いながら空を指さした。
「アルフィ、雨はやめな。他の奴らの邪魔にもなるしね」
「ちぇ、バレてたか。それにしても随分とあの子を気に入ったのね。最初は私に押し付けようとしてたくせに」
笑いながら洗濯物の間を踊るようにうろつく、アルフィと呼ばれた女は微笑ましげにアネリの顔を覗き込んだ。その顔のなんと憎らしいことか。アネリは彼女の顔を見ないようにしながら淡々と仕事を続けた。
「あの子には才能がある。私の弟子にふさわしい子だ」
「妬けちゃうわ、貴女にそこまで言わせるなんて。ねぇ、どう?うちの弟子と付き合わせたらきっと最強の魔法使いになるわよ、きっと」
ニコニコと笑いながらとんでもないことを口走っているアルフィに、アネリは空になった洗濯かごを抱えて、この世でし得る最も嫌悪感を表すであろう表情を浮かべる。
「あはは、冗談よ。貴女の今の顔、目が隠れてるのにどんな顔をしているか手に取るようにわかるわよ」
そう言って愉快そうに空中に浮き上がった女は、最後に薔薇の香りを振りまいて出てきた時と同じようにパッと消えた。
「さて、今晩の飯はどうするかな」
付き合いは長いが、いつでも急に現れ、急に出かけて最後には面倒なものを拾ってくるのがいつものオチだ。
「ん?」
ほぼ飾りになっている郵便受けから妙な気配を感じ取ってかごを置いて確認する。入っていたのは紙で作られた妙な形の鳥だった。里の長老をかれこれ二百年務めている魔女メイシーが住人達を招集する時によく使う連絡手段だ。鳥の名前はツルと言うらしい。
「なんだ」
『皆に相談があるから、明日の午前にいつもの木の下で集合ねー』
「…」
長老の声を再生し終わると同時にツルが燃える。一気に気が抜けて、少し気を入れた自分が馬鹿らしく思えてくる。レーナは大半の魔法使いがそうであるように気まぐれで、里や集会に滅多に顔を出さないと思いきや里内を歩いて散歩してることもあり、二百年付き合っても全く考え方が掴めない。
ともあれ、また人間が討伐軍を編成したとか迎撃の準備だとかそういう話だろう。月に一、二度はこの手の召集がある。夕食のメニューを考えた方がいいと頭を切り替えたアネリは、かごを抱え直して家の中に入っていった。
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