第119話 残酷な真実
最近、ベルファイアはとても充実していた。
これまでも教会の家族と一緒にいる事で幸福を感じる事はあった。だが、今のような充実感はない。それは何も考えずに惰性で生きていたからだろう。何をするわけでもなく、ただただ妹や弟達と日々を過ごす。それは確かに楽しい事ではあったが、目的のない人生では得ることができない熱があった。
だが、今は違う。なんの因果か、盗みを働いた相手から自分の目指すべき道を示してもらった。自分が捨てた夢をもう一度拾ってもらった。
レオンのしごきははっきり言ってきつい。奉仕活動も何の面白みもない苦行だ。それでも、それをこなす事で自分が成長している事を実感する事ができ、それがベルファイアの喜びとなっていた。
親から捨てられた過去を持つベルファイアにとって信じられるのは同じ境遇に置かれた教会の家族だけだと思っていたが、初めて手放しで信頼出来る相手ができたのだった。
そんな男の口から出た耳を疑う言葉に、ベルファイアの頭は真っ白になる。
「兄貴……」
振り返ったレオンと目が合ったベルファイアから無意識に言葉が漏れた。後ろであたふたと慌てふためいているキャリィとは対照的に、レオンには動揺している素振りは見えない。
「……ははっ。レオン兄貴も冗談とか言うんスね。でも、慣れない事はしないほうがいいっスよ。全然面白くねぇから」
無理やり笑いながらベルファイアが言った。そんな彼を見て、レオンが小さく息を吐く。
「残念ながらこの手の冗談は言わない主義だ」
「だったら頭がおかしくなっちまったんじゃないっスか!?」
ギルド長室にベルファイアの怒声が響き渡った。
「プリウスが人身売買だって!? ふざけんじゃねぇっスよ! あの人がどれだけ立派な人なのか俺兄貴に話したっスよね!? あの人は……あの人は自分がどんなに腹が減ってても、俺らのために自分のご飯を差し出すような人なんスよ!? 血のつながらない、赤の他人と言っても過言じゃない俺らにっ!! そんなお人好しが人身売買なんかするわけねぇっス!!」
「お、おおお、落ち着いてください! ベルファイアさん!」
「これが落ち着いていられるかっ! こちとら親父が犯罪者って疑われてるんだぞ!? しかも、教会に保護した奴らをって……侮辱するのもいい加減にしろよ!!」
あわあわしながらキャリィが宥めようとするが、ベルファイアのボルテージは上がる一方だった。その様子を、レオンは無言で見つめている。
「何とか言ってくださいよ兄貴っ!! 言い出したのは兄貴なんスからっ!!」
もはや敵意すら感じる視線を受けるレオンは、静かに口を開いた。
「……俺は客観的事実から仮定の話をしているだけだ。別にお前の親父がそうだと決まったわけじゃない」
「疑ってる時点でおかしいって言ってんだよっ!!」
あくまで冷静なレオンに、ベルファイアが真っ直ぐな怒りをぶつける。それでも、レオンの態度は変わらない。それがベルファイアの怒りをさらに加速させた。
「せっかく……親父以外に初めて尊敬できる男を見つけたと思ってたのに……!」
怒りと悲しみが混じり合い、どうしようもない感情がベルファイアの中で激しく渦巻く。
「ベル、前にも言っただろう? 常に最悪を想定して……」
「うるせぇ! 兄貴ヅラするんじゃねぇ! 俺の家族を疑うような奴は兄貴でも何でもないんだよっ!!」
声の限りに叫び、ベルファイアは走り出した。目的地なんてない。ただただこの場から、あの男から離れたかった。冒険者ギルドを飛び出し、町の中をがむしゃらに走り抜けていく。心臓が痛い。肺が破けそうだ。足がもつれて転びそうになる。それでもベルファイアは何かから逃げるように全速力のまま駆けて行った。
「はぁ……はぁ……」
どれくらい走ったのだろうか。明滅する視界に映ったのは、見慣れたオンボロの教会だった。どうやら適当に走り続けたというのに、その足はいつの間にか教会に向いていたらしい。
「はぁ……」
暴走していた心拍数が下がっていくと同時に、マグマのように沸いていた怒りは引いていき、心の中には悲しみだけが残った。どうしてレオンは疑いを持ったというのか。短い付き合いではあるが、ああいう事を軽はずみにいう男ではない事はベルファイアも知っている。だからこそ、なぜそういう結論に至ったのかベルファイアには理解できなかった。
「……所詮は他人って事っスか」
自分達家族の繋がりを知らない。だから、あんなありえない妄想に囚われてしまうのだ。
重い足取りで教会の中へと入ろうとしたベルファイアであったが、住居としている建物の方で人の気配を感じ、そちらへと向かう。
「おーい、帰ってきたっスよー。みんな……」
憂鬱な気持ちで自分が帰ってきた事を知らせながら自分の家に入ったベルファイアは、信じられない光景を目の当たりにしてその場に凍りついた。
「あ? なんだてめぇ?」
ベルファイアの前に三人の見知らぬ男達が立っている。その風貌はお世辞にも教会にお参りに来るような輩ではなかった。警備隊が出しているお尋ね者に書かれているような人相で、腰には得物を差している。だが、何よりもベルファイアの思考を奪ったのは、口には猿轡を巻かれ体は縄で縛られている兄弟達の姿であった。
「こいつ、さっき話してたもう一人のガキじゃねぇか?」
「ああ、盗みが得意で利用価値があるって放置してた奴か。確か夕方に帰ってくるって話じゃなかったか?」
男達が怪訝な表情で会話をしている。だが、その声はベルファイアの耳には入ってこない。今この場で起こっている事が全く理解できず、ただただ石像のように突っ立っていた。
「どっちでもいいだろそんな事。それよりこいつも連れて行ったほうがいいのか?」
「かなりレアなジョブを持ってるらしいからな。それなりの値段で売れるんじゃねぇか?」
「現場を見られた以上、殺すか連れてくしかねぇだろ。とりあえず拘束していらねぇって言われたら殺せばいいだろ」
「そうだな」
迷いが晴れた男達が動き出す。それでもまだ、ベルファイアの頭はスリープ状態にあった。
「んんんー!!」
自由を奪われ、目からは涙を流しているポーラが必死に何かを訴えかけてくる。それを聞いてようやくベルファイアは我を取り戻した。苦楽を共にしてきたからわかる。ポーラの目は「助けて」ではなく「逃げて」と叫んでいた。
転がるようにしてベルファイアは家から出る。何が起こっているのかはわからない。だが、助けを呼ぶ必要があることだけはわかった。そして、助けを呼べるとしたら今自分が思い浮かべることができるのはただ一人だけ――。
「おやおやおや。こんなに早くに帰ってきてしまうとは、予定外でしたね」
――その唯一である男が、今まで見たことないような冷たい笑みを浮かべてそこに立っていた。
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