第118話 疑惑

「それでは行ってきます」

「行ってくるです」


 翌日、朝食を食べ終え、宿を出たところでいつものように二人と別れる。だが、一夜明けても違和感を拭えなかった俺はミラを呼び止めた。


「ミラ、ちょっといいか?」

「なんです?」


 不思議そうな顔で振り返るミラ。少しだけ迷ったが、なんとなくモヤモヤするので聞いてみる事にする。


「ポーラやシャマル、カーゴとは仲良く話してるよな?」

「あの三人はミラの舎弟みたいなもんです。あぁ、アホベルをいれたら四人です」

「それなのにプリウスと話しているところを見た覚えはないんだが、俺の気のせいか?」

「気のせいじゃないです」

「……なんでだ?」


 あくまで念のために尋ねると、ミラが澄ました顔で言い放った。


「――あの悪徳領主と同じ匂いがするからです」


 その答えに、俺は思わず天を仰ぐ。


「え? ど、どういう事ですか?」


 困惑するセレナが俺とミラを交互に見た。俺は大きく息を吐き出すと、昨日ベルから聞いた話と俺の考えを二人に話す。それを聞いたセレナが信じられない、と言った感じで自分の口に手を当てる。ミラの方は別に驚いた様子はなかった。


「そんな……まさか……!?」

「あくまで仮説だ。しかも、可能性の低いな。取り越し苦労だったって話も全然ある」

「で、でも……もしレオンさんの考え通りだったら……」

「それは今から確認していく。だから、二人はいつも通りに過ごしてくれ。ベルには何も言わなくていい」

「……わかりました。行きましょう、ミラさん」


 まだ戸惑いが隠せない様子ではあったが、セレナはミラを連れて冒険者ギルドへ歩いていく。俺はいつものように、心持ちはいつもとまるで違うままに教会へと向かった。


「あ、レオン兄だ!」

「おはよーレオン兄!」

「おはようございます、レオンさん」


 朝早くから外で遊んでいたカーゴとシャマル、そんな二人を見守っているポーラが元気よく挨拶をしてきた。


「おはよう。朝から元気だな」

「シャマルはいつだって元気だよ!」

「俺だって元気だ! シャマルよりも元気だ!」

「ぶー! カーゴ兄よりシャマルの方が元気だもん!」

「俺の方が元気に決まってるだろ!」


 そう言って走り出したカーゴをシャマルが懸命に追いかける。そんな微笑ましい光景を見ながら、俺は何気なくポーラに話しかけた。


「……そういやお前らの神父様はどこにいる?」

「え? プリウスさんですか? ベル兄じゃなくて?」

「ああ。ちょっと確認したい事があってな」

「プリウスさんなら教会でお祈りを捧げている時間だと思います」

「そっか。ありがとな」


 ポーラに別れを告げ、教会へと入っていく。ポーラが言った通り、プリウスは十字架に向かって指を組み、静かに祈りを捧げていた。


「……聖職者の鑑だな」

「え? これはこれは。レオンさん、おはようございます」


 いつものように温和な笑みを向けてくるプリウス。その笑顔になんの悪意も感じない。


「大事な祈りの時間に声をかけて悪かったな」

「いえいえそんな。気になさないでください」

「そうか」


 どうやって話を振ろうか迷ったが、ここはストレートに聞いて反応を見てみる事にする。


「そういえば昨日ベルから聞いたんだが、ここの孤児達にあんたが仕事を紹介してるらしいな」

「はい。教会勤めではありますが、それと同時に孤児達の責任者でもありますので、彼らに最大限のサポートをするようにしております」

「大したもんだ。こんな立派な父親に出会えて、ここに来る事になった孤児達は幸せもんだな」

「……親代わりになれていればいいんですけどね」


 少し照れたようにプリウスが笑った。その一挙手一投足を見逃さないように注視しながら、俺は話を続ける。


「にもかかわらず、そんな世話になった教会に誰一人としてお礼参りに来てないらしいな。……よからぬ仕事先でも紹介してんじゃねぇのか?」

「みんな仕事が忙しいみたいですね。とてもいい事だと思いますよ。ここに逆戻りになっても困ってしまいますからね」


 真面目な顔で尋ねると、プリウスは笑いながら答えた。俺の言葉に対して、動揺は一切なし。その反応を見て、俺は小さく息を吐く。


「お、レオン兄貴じゃないっスか! おはようございますっス!」


 ……やれやれ。騒がしい奴が来やがった。まぁ、ちょうどプリウスとの話は終わったところだからタイミングとしては悪くない。


「来てるんならさっさと俺のところに来てくれればいいのに。さっ、今日も気合い入れていくっスよ!」

「よろしくお願いします」

「ああ。精々この悪ガキを社会復帰できるよう尽力させてもらうよ」


 そう言って俺はベルを連れて教会を後にした。


 冒険者ギルドに着いた俺達は慣れた動きで受付嬢のピノから今日やるべき奉仕活動を聞き、それに従事する。それを終えたらギルドに戻りピノに報告。ここまではいつもの流れだ。この後はギルドの修練場で汗を流すのがお決まりとなっているが、今日は違った。


「……ちょっとギルド長に用があるからお前は先に修練場に行って一人でやっといてくれ」

「え? 一人でっスか? じゃあ睡眠学習でも……」

「なんだ、指示がないと一人で鍛錬もできないのか? なら腕立て五百回、腹筋五百回。それと」

「自主練に励んでおくっス!」


 ベルが逃げるように修練場へと走っていく。それをしっかりと見送ってから、俺はギルド長室へと向かった。


「……あれ? レオンさん一人ですか? 珍しいですね」


 一人で部屋に入ってきた俺を見て意外そうな顔でギルド長であるキャリィがメガネをくいくいっと動かした。


「ちょっと確認したい事があってな」


 昨日、ベルから話を聞いた時、俺の頭によぎったのはクローズ商会の一人娘であるフィット・クローズや北ダコダの領主であるエルグランド・ダンフォードが話題に出していた事だった。


「噂で聞いたんだが、この町では一時期子供の攫われるのが頻発していたみたいだな。それについて詳しい話を聞かせてくれ」

「え? 子供の誘拐、ですか……?」


 予想外だったのか、キャリィは鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした。


「レオンさんがどうしてその話に興味を持ったのかわかりませんが、それは北ダコダでの話です」

「そうなのか?」

「はい。北と南が仲違いする前の話ですね。北ダコダで子供がいなくなる事件が数多く発生して、人身売買の疑いがあるとして町の警備隊が捜査に乗り出したんです」


 仲違いする前……という事は、エルグランドが北ダコダの領主になる前の話か。


「犯人は捕まったのか?」

「いえ。解決する前に両ダコダの冷戦が始まってしまったので有耶無耶になってしまいました。ですが、それはあくまで北ダコダでの事。ここ南ダコダではそういう報告は一切入っていません」


 キャリィがキッパリと言い切った。なるほど、やはり取り越し苦労だったか。……プリウスと話す前であればそう思っただろう。


「……それは南ダコダでは被害届が出されない孤児みなしごがターゲットにされていたからじゃねぇか?」

「え?」


 俺の言葉に、キャリィが目を白黒させる。


「い、いや、例え攫われたのが孤児だとしても、騒ぎになると思いますよ? 人身売買が目的なら一人や二人じゃないでしょうし」

「……もしその人攫いが孤児を攫っても不思議に思われない奴だったとしたら? もっと言えば、孤児を引き取るのが表の仕事だとしたら?」

「な、何を言って……まさかっ!?」


 俺の言わんとしている事を察したキャリィが分厚いメガネの奥にある目を大きく見開いた。『よからぬ仕事先を紹介しているのではないか?』 そう俺が尋ねた時、プリウスは一切動揺する事なく答えを返してきた。動揺していないから潔白と判断するのが普通だが、あの質問に対しては動揺するのが一般的な反応だと思う。手塩にかけて育てた孤児のために必死になって仕事先を見つけたというのに、何処の馬の骨ともわからない男にあらぬ因縁をつけられたら激昂してもおかしくない。人格者であるが故、ぐっと怒りを堪えたのであれば、その素振りが僅かでも確認できただろう。だが、あの男は笑いながらさらりと流した。あれはそういう質問をされる事を想定してあらかじめ用意されていた対応に感じた。


「昨日ベルから聞いたんだ、あの教会で育った孤児達の中で、あそこを出てから教会に顔を出した奴は誰一人としていないらしい。そんな事がありえると思うか?」

「そ、それは……!!」

「俺は最近あの教会によく出入りしてるから分かるんだが、あそこの絆は固い。ちょっと仕事をするようになったからって、妹や弟に会いに来なくなるとは俺には到底思えない」

「…………」

「じゃあどうして会いに来ないのか。来ないんじゃなくて来られないんだ。そして、その理由は自然とこの町で噂になっていた人身売買と結びついちまう」

「で、ですが、私はプリウスさんのお人柄をよく知っております。あの方に限ってそんな……」

「じゃあ聞くが、誰か一人でもあそこを卒業した奴の動向を知ってるか?」

「……いいえ、知りません」


 俺の質問にキャリィは俯き加減で力なく首を左右に振った。

 

「別にあんたを責めてるわけじゃねぇよ。ただ、あの教会が人身売買に加担している恐れがある以上、警備隊でも動かして早急に調査をすることを勧めるぜ。なんたってあそこには現在進行形で孤児が……」

 

 ガタッ。


 背後でした物音に、俺は言葉を途中で切って反射的に振り返った。内容が内容なだけに、盗み聞きを警戒してキャリィと話ながら俺は周囲の気配に注意を払っていた。”暗殺者アサシン”である俺の気配探知を掻い潜る事ができる人物など、この町には一人しか心当たりがない。


「兄貴……」


 そこには呆然と立ちすくむベルの姿があった。

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