第116話 成長

 結局ダラダラと飲み続け、気のいい海の男のアクセラと別れて南ダコダに戻ってきたのは夕方頃だった。北ダコダの門を潜ったところで監視の気配がなくなったので、案外本当に問題を起こさないか見ていただけなのかもしれない。


「さて、と。これからどうする? 宿に戻るか?」

「ミラは別にご飯を食べに行ってもいいです。海鮮もよかったけどやっぱり肉が一番です。あのもう少しお酒が飲みたいです」


 ケロッとした表情でミラが言った。マジかよ。こいつ、最後の方店中の荒くれ達と飲み比べしてたんだぞ? 口の中が異次元とつながってんじゃないのか?


「私はお腹一杯なのでご飯を食べに行くのはちょっと……宿に戻るのはいいですが、その前に冒険者ギルドに顔を出しませんか? 今日の事を一応キャリィさんに報告した方がいいでしょうし」

「あー……」


 別に明日でもいいかと思っていたが、多分キャリィも気にしているだろうし、早めに報告した方がいいかもしれない。


「じゃあ、冒険者ギルドに行くか」

「その後は肉料理の店に」

「行かねぇよ」


 ミラの言葉を途中でバッサリ切りつつ、俺達は冒険者ギルドへと向かうことにした。相変わらず人の気配があんまりないメイン通りを歩き、ギルドに着いたところで違和感を覚える。


「……随分と静かだな」


 ギルド内を見渡しながら呟いた。朝遅くに依頼を受けて日が傾き始めたところでギルドに帰還し、成果を報告するというのが一般的な冒険者の動きだ。若手しかいないここ南ダコダの冒険者ギルドでもそれは例外じゃなかった。つまり、今の時間帯は依頼を終えた冒険者達で賑わっているはずなのだ。にも関わらず、併設されている酒場を含め全く冒険者が見当たらない。これは明らかに異常事態だった。


「また面倒事か?」

「さぁ……とりあえず、ピノさんに話を聞いてみましょうか」

「そうだな」


 冒険者の事はギルドの受付嬢に聞いた方が早い。


「こんにちは、ピノさん」

「これはこれはレオン様、セレナ様、ミラ様。お迎えにいらしたんですね。今日も一段と頑張っておりましたよ」

「え?」

「その頑張りに他の冒険者の方達も当てられたみたいですね。こんな事は初めてです」

「えーっと……」

「さぁ、修練場でお待ちだと思うので早く行ってあげてください」


 素敵な笑顔でそう言われ、困惑した様子のセレナが俺を見てくる。残念ながらそんな顔で見られても何も言う事はできないぞ。なんたって俺も全く状況が飲み込めていないからな。とにかく修練場へ行けば何かしらわかるだろ。


 そう思い、ギルドから修練場へと続く扉を開けた俺は、目の前に広がる光景を前に一瞬頭の中が真っ白になった。


「これは……!?」


 俺の隣でセレナも同様に言葉を失っている。いつも無表情のミラも珍しく驚いているようだ。

 俺達の目に映ったのは、死屍累々たる有様で無様に横たわる南ダコダの冒険者達の姿であった。その中央で大の字になって寝そべっている男を見て、俺は小さく笑みを浮かべる。


「ははっ……やってくれるじゃねぇか、あのバカ」


 冒険者達を踏まないように注意して近づいていき、その男の真上に立った俺はスッと手を差し伸べた。


「俺がいなくても一人で鍛錬するとはな。見直したぞ」

「はぁはぁ……兄貴達、帰って来たんスね……」


 疲れ果ててはいるが、どこか満足げに笑いながらベルが俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。


「いやー、本当はサボろうか迷ったんスけどね。兄貴に迷惑かけたくねーなって思ったんスよ。だから、今日は一人で町のゴミ拾いも頑張ったっスよ」


 これは驚いた。まさかそれも自発的にやったのか。


「それに兄貴のおかげでこんな俺でも戦えるやり方があるってわかったから、その感覚を忘れないうちに体に覚えさせたかったんスよ。だから、そこに倒れてるバモスさんに協力してもらったっス」


 バモス……? あ、本当だ。いることに全然気が付かなかった。


「はぁはぁ……レオンさん。僕に全然気づいてなかったでしょ……? ひどいなぁ、もう……」

「そ、そんな事ねぇよ。修練場に来た瞬間にバカ……バモスがいることに気づいてたわ」

「本当ですか……?」


 恨みがましい顔をしながら、バモスがゆっくりと体を起こす。


「それにしても流石はレオンさんの一番弟子ですね。凄まじい技量ですよ」

「一番弟子?」

「まさか攻撃を仕掛ける瞬間にこっちの武器を奪い取るなんて、正直度肝を抜かれましたよ。しかも一斉に攻撃を仕掛けても、全部奪われましたからね。……まぁ、武器を取った後の動きは素人同然だったからやられる気は全くしませんでしたが」


 ふむ。どうやらベルの武器奪いのスキルは多人数相手でもしっかり機能しているようだ。それはいい。だが、一番弟子っていうのはどういう事だ? そんなこと言った覚えはないぞ。


「ふっふっふ……これがレオン兄貴の一番弟子かつ最高の切り札かつ最も頼りになる隠し球の実力ってわけっスよ、バモスさん」

「いや、お前を弟子にした覚えはねぇ」

「くぅぅぅぅ! このバモスがレオンさんの一番弟子だと思っていたのに……悔しいぃ!!」

「いや、お前も弟子にした覚えはねぇよ」


 なんでこいつら勝手に俺の弟子になろうとしてるんだよ。


「あのなぁ……俺に弟子なんかいねぇよ。そもそも弟子を取るタイプじゃねぇんだよ」

「何言ってんスか! 本人が認めなくても教えを乞えばそれはもう師弟関係っスよ!」

「そうですよ! レオンさんは僕に色々と教えてくれたじゃないですか! それはもう弟子ですよ!」


 む……そう言われると、納得できる自分がいる以上強くは否定できない。レクサスはそう思ってはいないだろうが、俺もあいつを師と思ってる。


「だとしても、お前らのどっちも一番弟子じゃないな」

「えぇ!? どういう事っスか!?」

「戦い方を教えたのはお前らが初めてじゃないからな」


 そういう意味じゃ俺の一番弟子はブラスカにいるヴィッツとエブリイだ。というかバモスに関しては何も教えちゃいないから、間違いなく弟子とは呼べない。


「マジっスか!? こんな他人に興味がなさそうな冷酷人間が面倒見てくれたのは俺が初めてだと思ってたのに!」


 ……前から思っていたがこいつ結構失礼だよな?


「レオンさん! ベル!」


 ご丁寧にも疲労困憊の面々に回復魔法を駆け回っていたセレナがミラと共にこちらにやって来た。


「おぉセレナさん! 相変わらずの美しさに眩暈が起きそうだ!」

「え? あ、バモスさんもいらっしゃったんですね。お疲れ様です」

「あ、はい」


 すごい事務的に応対されてしょんぼり顔のバモス。少しだけ同情心が沸いた。


「皆さんから話は聞きましたよ! 凄いじゃないですか!」

「ふん。雑魚相手にマウント取れて満足かです」

「戦いながら武器を拝借するなんて私には絶対にできません! 素晴らしい才能ですね!」

「調子に乗ってもいいのはレオンクラスをぎゃふんと言わせてからです。お前はまだまだだから身の丈にあった態度を取るです」


 怒涛の飴と鞭の応酬に目をぱちくりさせたベルだったが、何かを悟ったように軽く笑うとミラの頭の上に優しく手を置いた。


「レオン兄貴とセレナ姐さんが俺を手放しに褒めるからヤキモチ妬いちゃったスか。可愛いとこあるんスね」

「……今すぐ汗臭い手をミラの頭からどけるです。さもなくばその手を切り落とすです。レオンが」

「俺がやんのかよ」


 不機嫌さを全開に出しているミラに、俺は小さくため息を吐く。ミラのご機嫌を取りつつベルを労うにはやっぱりあれしかないか。


「本当はその予定じゃなかったんだが、頑張ったベルにご褒美ってことで今日はみんなで美味い飯屋でも行くか」

「マジッスか!?」


 俺の提案にベルが目を輝かせた。ブスっつらだったミラもピクッと反応する。


「あぁ、でもポーラ達が……」

「教会で待ってるあいつらにはお土産を買っていけばいいだろ」

「それならオッケーっス!!」

「セレナもそれでいいか?」

「もちろんです」


 セレナが満面の笑みで答えた。口角が上がりそうになるミラの脇腹を、ベルが肘でツンツンと突く。


「おーいミラ? 俺のおかげで美味い飯屋に行けるんスよ? 感謝するべきじゃないっスか?」

「……アホベルも偶には役に立つというものです。でも、感謝するほどの事ではないです」

「素直じゃないっスねぇ!」


 この短期間でミラの食い意地を把握したベルが揶揄うような口調で言うと、ミラがすまし顔でそっぽを向いた。その光景を見た俺とセレナは顔を見合わせて楽しげに笑った。

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