第115話 海の男

 料理店が立ち並ぶ町の入り口に戻ってもよかったのだが、折角だからとこの辺りで海鮮が食べられそうな場所を見つけようということになった。港だったら採れたての魚介類を提供する場くらいあるだろう……と、軽い気持ちで探し始めたのだが、見事にシャッターが閉まった店だらけだった。町の入り口はあんなにも美味そうな匂いで満たされていたっていうのに、ここはそうじゃないのか。まぁ、観光客じゃなきゃわざわざこんな場所まで来ないから、町の人達が利用するにはあの区域だけで十分なんだろう。

 このままだと飢餓によりミラが魔物と化しそうだったので料理店がある場所までしたところで、ようやく一件食事を提供してくれそうな場所を見つけた。店というよりは簡易的な食事場といった感じだ。雨露を凌ぐためだけの簡素な屋根に、地べたに適当に置かれた木箱と椅子。恐らく漁師が利用する場所なんだろう。というか、客が漁師然とした男達しか見当たらなかった。


「ん? なんだぁ? 見かけねぇ面だな」


 豪快に酒を飲んでいる肩に錨のタトゥーが入った男が俺達に気がつき、怪訝な顔を向けてきた。


「ここは俺達も食っていい場所なのか?」

「あぁ? 別に悪くはねぇが、ご覧の通り海の荒くれしか利用しねぇ見窄らしい場所とこだぞ? 兄ちゃんはともかく、後ろにいる可愛い嬢ちゃん達に相応しい場所とはお世辞にもいえねぇなぁ」

「だとよ。どうする?」

「今のミラはお腹が空きすぎて荒くれ以上に荒くれです。よってなんの問題もないです」

「こんな素敵な場所で美味しい料理が食べられるなら、私も今日から荒くれさんです」


 海産物が焼けるいい香りに目をぎらつかせるミラと、どこか楽しげに周りを見渡しているセレナが答えた。それを聞いた男が豪快に笑い声を上げる。


「がっはっは! 見かけによらずタフそうな嬢ちゃん達だな! 気に入った! ここ空いてるから座れや!」

「邪魔するぜ」


 断る理由もないので素直に男の隣に座る。


「俺はここで二十年以上漁をしてるアクセラってもんだ! 一応漁師頭をやらせてもらってる!」


 漁師頭って事は漁師達のまとめ役って事か。どうりで他の連中がチラチラと伺いながらこちらを気遣っているわけだ。


「お前さん達はこの町のもんじゃねぇだろ?」

「俺はレオン。こっちはセレナでそっちはミラだ。三人で冒険者パーティを組んでる」

「ほえーその嬢ちゃん達も冒険者かい。どこぞの貴族のご令嬢かと思ったわ。つー事は南ダコダに滞在してる感じか。なんだってこんなごたついてる町にやってきたんだ?」

「この町は海鮮料理が美味いって聞いてな」

「私達、冒険者として活動しながら美味しいものを食べる旅もしてるんです」

「ぶーっはっはっは! そりゃいい! 欲望に忠実な冒険者様は厄介事もなんのそのってか!」


 正直厄介事は勘弁して欲しいところなんだがな。冷戦状態のこの町に来ている時点でそう思われてもしょうがないか。


「とにかくミラはビールと食べ物を所望するです。じゃないとアクセラの手から奪うのも吝かじゃないです」

「おっと、そいつは困るな。おーい! こいつらにとびきり美味い貝焼きと……」

「俺もビールでいい。セレナはどうする?」

「私は冷たいお茶をください」

「ビールを三つだ! 後、別嬪さんにお茶を一つ! 大至急でもってこい!」


 大声で注文してからアクセラがニヤリとセレナに笑いかける。程なくして店員が荒くれサイズのジョッキを三つとお茶の入ったグラスを持ってきた。


「この出会いに乾杯!」

「乾杯」


 ジョッキをぶつけ合い、ゴクゴクと音を立てながら冷たいビールを流し込む。ビールはそこまで好きじゃないが、乾いた喉には最適だ。


「おかわりです」


 どん、とミラが勢いよくからのジョッキを机に叩きつけた。いや魔法かよ。俺はまだ半分くらい残ってるぞ。


「こいつは驚いた! 嬢ちゃんいける口か?」

「こんなの唇を湿らせるレベルです。面倒臭いからジョッキを五つ頼むです」

「おいおいおい! そんなん聞いちまうと海の男の血が騒ぐってもんだ! ビールのジョッキ十個もってこーい!」


 謎のスイッチが入ったアクセラが怒声を上げる。まぁ、ミラの酒の強さは知ってるから止めはしないが、程々にしてもらいたいのが本音だ。


「お待たせしやした! 貝焼き盛り合わせとビール十個です!」

「わぁ!」


 前に置かれた皿を見て、セレナが目をキラキラと輝かせた。確かにこいつは美味そうだ。


「さぁ! ダコダ自慢の貝焼きだ! 食ってくれ!」

「いただきます!」


 鉄串を手にとり口に運んだセレナは一瞬目を見開かせると、次の瞬間には至福の表情を浮かべる。俺も期待に胸を膨らませながら食べてみた。……なんだこれ。


「レオンさん……」

「あぁ……」


 美味い。美味すぎる。こいつは人間から語彙力を奪う代物だ。俺は今、北ダコダに呼び寄せたエルグランドにモーレツに感謝している。


「もぐもぐ……確かにすごい美味しいけど、ボリュームが足らないです」


 感動している俺とセレナの横で、豪快に鉄串を頬張りながらミラが言った。


「ボリュームか……シーサーペントの丸焼きでも頼むか?」

「非常に興味がそそられる響きです。お願いするです。ついでにビールも」

「もう空にしたのかよ!!」


 ミラの前に並んだ五つの空のジョッキを見て流石のアクセラも唖然としていた。もはやそれは魔法じゃなくて怪奇現象だ。


「……そういや、なんでお前らここに来れたんだ?」


 その後もアクセラがオススメの料理を注文してくれて、そのどれもに舌鼓を打ち、少し落ちついてきたところでアクセラが尋ねてきた。


「知っての通り、今北と南はバチバチだ。余所者は門番が通しちゃくれねぇだろ?」

「エルグランドの招待を受けたんだよ」

「領主様のか!? つー事はお前ら優秀な冒険者なのか!?」

「まぁ、そこそこだ」

「レオンさんはBランク冒険者なんですよ。私とミラさんはDランクですけど」


 セレナの言葉にアクセラが目を丸くする。


「冒険者の事はあんまりよく分からねぇが、その若さでBランクっつーのは相当なんじゃねぇのか?」

「はい! レオンさんは相当なんです!」


 なぜか誇らしげに答えるセレナ。その様が子供を自慢する母親のようで思わず笑ってしまう。


「はー……つー事はまた自警団に優秀な人材が入るってわけだ! 流石はエルグランド様だな!」

「……随分と慕われているんだな」


 感心したように頷くアクセラを見て、俺は何気ない感じで言った。


「あーもちろんだ! あの人には頭が上がらねぇよ! なんたって俺らがこうやっておまんま食えてんのはあの人のおかげだからな!」

「確か私財を投げ打って市民に援助してるんだっけか?」

「それだけじゃねぇよ! あの人は俺らが採った海産物を大量に買い取ってくれるんだ! この町に来る奴が激減したせいで需要がめちゃくちゃ減っちまったが、あの人のおかげで取った魚が無駄にならずに済んでんだよ!」

「へぇ……」


 なんだかよくわからなくなってくる。正直なところ俺がエルグランドに抱いた印象はミラと同じだった。裏で何をしているのかわからない胡散臭い男。だが、アクセラの話を聞く限りそういうわけじゃないのかもしれない。


「立派な方なんですね」

「そうだよ! あの人は立派なんだ! 俺らの事を見下して買い叩いてくる商人どもとは違うんだよ!」


 アクセラの顔には僅かに怒りが滲んでいた。漁師頭がこんな感じだと、商人達との確執はそう簡単に無くならなそうだな。


「エルグランドは大量に買った海産物をどうしてるんだ?」

「ん? 詳しくは知らねぇが、いつも自分の船でどこかに売りに行ってるな」


 それがあの潤沢な資金源というわけか。いや、そうなるのか? それで莫大な利益が生まれるなら、南北で仲が悪くなる前の商人は漏れなく大金持ちになっている気がするが。


「あの人は神が使わせた救世主に違いねぇよ! なにせあの人が来てから『海の悪夢』が出なくなったんだからな!」

「『海の悪夢』?」

「あぁ! 俺達船乗りの間で恐れられている巨大な魔物だ! 今まで何人の仲間があの怪物の餌食になったかわからねぇ! だが、あの人が領主になった日からとんっと出なくなっちまったんだよ! おかげでおっかなびっくり漁に出る必要がなくなったのさ!」

「そうなのか」


 そう答えながら俺はジョッキに口をつける。自警団を使ってその魔物を退治したのか? それならその事を声高に広めたはず。漁師達が困っているなら尚更だ。倒した事実を伏せておく理由がない。


「お待たせしました! 追加のサザエの壺焼きです!」

「レオンさん! これもすごい美味しそうですよ!」


 出された料理に大興奮の様子のセレナ。まぁ、あれこれ考えても仕方がないな。今は俺達の本来の旅の目的を目一杯楽しむとしようか。

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