第114話 誘い

「うわぁ……!」


 目の前に広がる大海原にセレナが感嘆の息を漏らす。


「書物では読んだことがあったのでどういうものなのかは知っていたのですが、間近に見る海がこんなにも奇麗だとは思いませんでした!」


 少し興奮気味の様子でセレナがこちらに振り返った。海を見たのが初めてじゃない俺ですら自然の雄大さに少し圧倒されているんだから、初めてなら猶更だ。


「南ダコダは海に面してないからな。これが見れただけ北に来た甲斐はあったかな?」

「はい! とっても感動しました!」


 子供のように目をキラキラさせるセレナに俺は思わず苦笑する。


「……で? お前は感動してない感じか?」

「奇麗な景色じゃ腹は膨れないです。海に価値があるとしたら豊富な海産物を生み出す事だけです」

「……さいですか」


 どうやらミラは通常運転のようだ。ぶれないその姿勢に感服するよ、本当。


「……それにしてもよかったのですか?」

「なにがだ?」

「自警団の話ですよ」

「ああ、その事か」


 表情を曇らせながら尋ねてくるセレナを見ながら、俺はエルグランドの屋敷での事を思い出した――。


「……自警団?」


 聞き慣れない言葉に、眉を顰めながらエルグランドに聞き返す。ハッとした表情を浮かべながらエルグランドがポンっと手鎚を打った。


「そうだねそうだね知らないよね! なんたって僕が作ったダコダを守護する最強軍団だからね!」

「ダコダを守護する……それは警備隊の事ですか?」

「全然違うよ」


 セレナの疑問にエルグランドが即答する。


「あんな得体の知れない連中に町の治安維持を任せるのは南の無能どもだけさ!」

「得体の知れないって、警備隊はそれぞれの町に割り当てられた国の管轄する兵士達ですよね?」

「国が管轄しているからってみんながみんな善人ってわけじゃないよ? 特にこの町みたいに国の中枢バージニアから遠く離れているとね。巨大なバックがいる事をいいことに好き勝手やる連中が現れるんだ。本当、困りものだよ」

「そ、そうなんですか?」


 意外そうな顔でセレナが俺の方を見てきた。その問いに関してノーと断言する事はできない。監視の目が薄くなるこういう町でそういう輩が出てきても不思議なことじゃなかった。


「噂じゃ南では領主とどこぞの商人、後は警備隊がグルになって儲かる商売をしてるとかしてないとか」

「儲かる商売?」

「人間を商品にするんだよ」


 エルグランドが真面目な顔で言うと、セレナが信じられないと言った顔で自分の口に手を当てる。アメリア王国では奴隷が禁じられているため、人身売買はご法度だ。だからといって、全員が素直にそれに従うほど、人間というのは清く正しいものではない。

 

「だから僕は自分が信頼できる者達だけを集めて自警団を結成したのさ! 監視するのが僕自身だからこんな辺境の地には大して目もかけてくれない国なんかを頼るよりよっぽどいいんだ!」

「つー事は北ダコダには警備隊がいないってわけだ」

「そうだよ! そういうのは全部南側に押し付けちゃった!」


 エルグランドが悪戯っぽく笑う。


「それは北ダコダこっちに冒険者ギルドがない理由でもあるのか?」

「お、鋭いね。冒険者なんて騒ぎを起こす奴ばっかだからね。いても町に不利益しか被らないよ。……あぁ、もちろん君達は別だよ? 色んな噂話を精査した結果、君達は僕の自警団に入るのに相応しいと判断したんだから!」

「……そりゃありがたい事で」


 またしても本心が全く見えない笑顔を見せるエルグランドに、俺は素っ気なく返事をした。噂話なんて外から来た見知らぬ冒険者達が魔物を狩まくってる、くらいのものしかないだろうに、何をどう判断したのやら。


「もし、僕の自警団に入ってくれるなら手厚く歓迎するよ! ……ただまぁ、その時は冒険者を辞めてもらうけどね」

「えっ!?」


 エルグランドの言葉に、セレナが驚きの声をあげる。


「というか必要ないでしょ? ちゃんとそれなりのお給金はあげるつもりだし、収入が不安定な冒険者でいる理由が全然ない。君達をこの屋敷まで案内したキューブもカルタスも、そこにいるパジェロだって僕がスカウトして自警団になった元冒険者だよ。パジェロなんてAランク冒険者だったんだから!」

「Aランク……!?」


 勢いよく振り返ったセレナに、パジェロが小さく笑いながら軽く手を上げた。気配的にかなりのやり手だとは思ったが、Aランクだったとは。おそらくあの二人もパジェロほどでないにしろそれなりのランクだったんだろう。なるほど、これで合点がいった。町がごたついているとはいえ、こうランク冒険者が全くいなくて不思議だったんだが、こんな感じで良さそうな人材をこの男が引き抜いてきたってわけか。


「どう? 衣食住に関してはちゃんと僕が面倒を見るよ! 悪い話じゃないでしょ?」


 エルグランドが組んだ指に顎を乗せながら俺達の反応を観察する。困ったような顔で何かを言おうとしたセレナを視線で制し、俺は静かに口を開いた。


「確かに悪い話じゃねぇな」

「でしょ!?」

「とはいえ、冒険ギルドには世話になってる。南ダコダのギルド長には特にな。だから、冒険者としてそれなりに筋を通さなくちゃならねぇ」

「……それは一度戻ってキャリィ氏と話がしたいって事かな?」

「そういう事だ」


 少しだけ声音が変わったエルグランドに、俺は肩をすくめながら答える。笑顔のままこちらをじぃっと観察していたエルグランドが、肩の力を抜きソファに背を預けた。


「もちろん構わないよ。それは人として当然の事だからね。話がついたら僕のところに来てくれるんでしょ?」

「ああ。その時は給料の交渉でもさせてもらうぜ。精々ぼったくらせてもらうよ」

「ありゃりゃ、それは恐ろしい。破産しない程度で頼むよ」


 ミラとセレナに目で合図をして立ち上がった。そのまま部屋から出て行こうとする俺達に、エルグランドが声をかけてくる。


「君達が自警団の仲間になる事を楽しみにしているよ」


 俺はその言葉には反応せず、扉を開けて部屋の外へと出たのであった――。


「……本気で自警団に入るつもりですか?」


 セレナの不安そうな声で、俺は現実に引き戻される。


「ミラは反対です。あの男はミラにご馳走を出さなかったです。キャリィは嘘つきです」


 ミラが不服そうな顔で言った。エルグランドの屋敷を出た後、折角だから港でも見に行こうという話になってここまで来たのだが、その道中ずっと不機嫌だったのはそれが理由だったのか。俺は苦笑いをしながらミラの頭をポンポンと叩く。


「もちろん、あんな胡散臭い集団に入るつもりなんてねぇよ」

「そ、そうですよね! でも、そうならなぜあんな事を言ったのですか?」

「あそこはあいつのホームだ。頭ごなしに断ってほかの自警団の連中を呼ばれたら厄介だろ。あの場には元Aランクのパジェロもいたしな」

「あっ……」


 自警団の奴らがどの程度のレベルなのかはわからないが、人間であるのは確かだ。話が拗れて万が一戦闘にでもなれば、まだ対人戦の経験がほとんどなく、手加減の仕方がわからないセレナがその手を汚す可能性もある。それは正直避けたい。これはセレナには綺麗なままでいて欲しいという俺のエゴだ。汚れ役は”暗殺者アサシン”の俺みたいな奴がやればいい。


「まぁ、自警団云々は置いておいて、二人はエルグランドの事をどう思った?」

「うーん……悪い人には見えませんでしたが」

「ありゃダメです。腹の中真っ黒けっけです」


 頬に手を当てて難しそうな顔で答えたセレナとは対照的に、ミラの方はキッパリと言い切った。


「へぇ? なんでそう思う?」

「理由なんてないです。強いていうなら『におい』です。悪人特有の臭いやつがぷんぷんしてたです」


 興味深げに俺が聞くとミラがあっさりと答える。これは面白い答えが返ってきたもんだ。その感覚が正しいものなのかは、まだ俺には判断できなかった。


「少なくとも陽気なおっさんってわけじゃなさそうだな。今も俺達にしっかり監視の目をつけてるみたいだし」

「え!? そうなんですか!?」

「絶対にキョロキョロするなよ? 三十メートルくらい後ろに二人と、うまく気配を隠しているが、百メートルくらい離れた場所に一人だ」


 周りを見渡そうとしたセレナに釘を刺しつつ、軽い口調で言った。

 

「……やっぱりレオンの気配探知は異常です。どんなに探ってもミラには二人しかわからなかったです」

「……私は一人もわからないです」


 なぜか不貞腐れた顔で言うミラにガックリと肩を落とすセレナ。二人の反応に笑みをこぼしながら俺は大きく伸びをした。


「まぁ、それだけであいつを悪人て決めつけるわけにはいかねぇけどな。俺達が町で変な事をしないかどうか見張っているだけかも知れねぇし」

「そ、そうですよね!」

「ミラは悪人に骨付き肉十個かけるです」


 かける物がミラらしくて思わず吹き出しそうになった。

 

「俺達が大人しくしてれば連中も接触してこないだろうし、せっかく北ダコダまで来たんだからなんか食ってくか? 腹減っただろ?」

「はい! 海鮮食べたいです!」

「魚肉を希望するです!」


 ここのところ魔物を狩ったり、盗人を捕まえたりで本来の旅の目的を忘れかけていたからな。しっかりダコダの名産を堪能させてもらうとするか。

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