第112話 招待

「……ここまでにするか」


 "血化鉄ちかてつ刀饗とうきょう滅屠櫓メトロ"の展開を解除しつつ、汗だくで地面に横たわるベルに告げる。気づけば空が赤く染まっていた。こんなにも長い間やり続けていたのか。単純な武器での打ち合いだと五分と持たないというのに驚きだ。俺ですら疲労を感じている。


「今までの鍛錬の中で一番よくやったな」

「はぁ……はぁ……ざっス……」


 返事をするのも厳しそうだ。これは動けるようになるまで結構時間がかかるだろう。


「レオンさん!」


 いつの間にかギルドに戻ってきたセレナとミラがこちらに駆け寄ってくる。


「途中からでしたが見てましたよ! 凄かったですよベル!」

「はぁ……はぁ……姉御にそう言ってもらえると……嬉しいっス……」


 少し興奮気味な様子でセレナが言うと、ベルが弱々しく笑った。そんなベルをミラが無表情でゲシゲシと足蹴にする。


「ベルのくせに生意気です。もっとダメダメでポンコツじゃなきゃいけないです」

「い、痛いっス……」

「……まぁ、凄かったのは認めてやるです」


 自分よりも格下に見ていたベルの予想外の実力にミラは随分と不機嫌そうだ。


 二人が言うようにベルの動きは凄まじかった。俺が振るった全ての武器を、ベルは悉く盗み取ったのだ。相手の武器を奪う技があるのは知っていたが、そんなレベルじゃない。あれは相手の動きを完璧に見切り、その隙をついて流れるように武器を奪うのであって、奪われた時には当然こちらは認識することができる。だが、ベルは違った。瞬間的に武器が自分の手からベルの手へと移動しているのだ。あの感覚は言葉では表現することができない。


「武器を使う奴にとっては天敵だな、こいつは。敵だったら俺も相当苦手な部類だ」

「えー!? もしかしたらレオンさんが負けちゃう可能性もあるんですか!?」

「いやそれはない。武器がダメなら素手ステゴロでぶちのめすだけだ。その辺はお粗末もいいところだからな」

「当然です。レオンがベルに負けるわけないです」


 なぜかミラが得意げに言った。逆に言えば、ベルと戦う事になったら武器を使えないという事だ。もし仮にベルが武術を極めたら、紅魔法で武器を生成しまくって戦う本来の俺のスタイルが通用しない以上、勝つのは難しい相手になるだろう。とはいえ、弱点がないわけではない。というか、冒険者として致命的な欠陥がある。


「これだけ戦えるなら冒険者になっても問題ないんじゃないですか?」

「いや、それは無理だ」

「え? そうなんですか?」


 あまりにも俺がきっぱり言い切ったので、セレナが目をぱちくりとさせた。


「こいつが凄いのは相手での武器を奪い取る技術だけだ。……今日お前らが狩った魔物の中で、武器を持っていた奴はいるか?」

「あっ……」


 どうやらセレナも気付いたようだ。中には武器を使う種もいないわけではないが、殆どの魔物が自身の爪や牙で襲いかかってくる。それを盗むのは流石のベルでも不可能に近いだろう。


「対人戦だって強いわけじゃねぇ。武器を奪われて驚きはするが、奪った武器で繰り出される攻撃は大した事なかったし、ある程度の使い手ならすぐに切り替えて素手で襲ってくるだろうよ」

「そう……ですね」

「結局のところ、地力を上げなきゃ話にならねぇって事だ。でもまぁ、強みがあるっていうのは今後の方針を立てやすい。そのスキルを伸ばしていきつつ、もっと戦闘に応用することができれば魔物相手にも戦えるようになるだろ」


 尤も、一番大事である応用の仕方に関しては全くのノープランなんだがな。


「まぁ、今日はベルも頑張ったからな。教会に戻ってからの鍛錬はなしで……」

「レオンさーん!」


 遠くから名前を呼ばれそちらに目を向けると、修練場の入り口からドタドタとこちらに走ってくる丸メガネの女の姿が映った。ほう、ギルド長が直々に修練場まで足を運ぶとは……はっきりいって嫌な予感しかしない。


「よかった! まだお帰りになられる前だったんですね!」

「どうしたんですかキャリィさん?」


 仏頂面で出迎えた俺の代わりにセレナが笑顔で尋ねる。


「実はレオンさん達とお会いしたい、と言っている方がいましてですね……」


 そこでキャリィが言葉を切る。かなり言いにくそうな様子だ。俺の嫌な予感レベルが二段階上昇した。


「そんな物好きな奴がいるのか」

「レオンさん達の活躍はダコダで有名になっていて……そして、それは南ダコダだけの話じゃないんです」

「その口ぶりからすると……」

「お察しの通りその方は北ダコダの方です」


 こちらの顔色をチラチラと伺いながら、どこか申し訳なさそうにいうキャリィに俺は小さくため息をついた。ギルド長を直接動かせるほどの人物。北ダコダの中でもかなりの力を持った者に違いない。その事実だけで会いたくないという気持ちがかなり高まった。


「……で? 誰なんだよ?」

「えーっと……北ダコダの領主、エルグランド・ダンフォード様です」

「北ダコダの領主さんが?」


 予想外のビッグネームにセレナが目を丸くする。その名前には聞き覚えがあった。確かモコ達の話によると、南ダコダと北ダコダの軋轢を生む原因となった男だ。会いたくない気持ちがマックスまで振り切れる。


「先ほどギルド宛に『ダコダを魔物の脅威から救った英雄達を是非とも招待したい』という旨の書状が届きまして……もちろん強制ではないので気が進まないならこちらでお断りの連絡をさせていただくつもりです」

「それって大丈夫なんですか?」

「はい! 皆さんには大変お世話になっていますのでなんとかします!」


 キャリィがぎこちない笑みを浮かべた。それが強がりであるのは誰の目に見ても明らかだ。


「……どうしますか?」


 セレナが困り顔で俺を見てきた。正直、即答でお断りしたい。だが、ベルの一件でキャリィには迷惑をかけた。蔑ろにするのはあまりにも不義理だ。


「……俺達の我儘でキャリィが北ダコダの領主から目をつけられるわけにはいかねぇだろ」

「そうですよね! ミラさんもいいですか?」

「ミラは別になんでもいいです。招待してくれるって事はもちろんご馳走を用意してくれてるです?」

「それは期待してもいいと思います! なんたって領主様のお誘いなんですから!」

「それならミラに文句はないです」


 ぶれない食い意地にセレナが苦笑いを浮かべる。キャリィの表情がぱぁっと明るくなった。

 

「助かります! 正直、領主様の誘いをお断りするのはかなりキツかったんですよね……」

「先に言っておくが、失礼な態度を取っても勘弁してくれ。ちとらそういう相手には慣れてないもんでな」

「構いませんよ! 明日の十一時に使いを寄越してくれる手筈になっているので、その時間までに北ダコダの門の前に行ってください!」

「分かりました」


 セレナが笑顔で答えると、キャリィがホッと安堵の息をつく。北ダコダの領主か……一体どんな話が飛び出すのやら。こちらがそういうスタンスでいくのか多少考えておいた方が良さそうだな。

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