第111話 鍛錬
なんとか昼前にどぶさらいを終える事ができた俺達は、ミゼットの母親に作ってもらった弁当を食べてからギルドの修練場へと移動する。午前中は町への奉仕活動を高負荷でおこない基礎体力をつけ、午後は実践形式の戦闘訓練だ。
「お前のタイミングでかかってこい」
木剣で肩をトントンと叩きながら木のナイフを構えるベルに告げる。ベルは真剣な表情でゆっくり息を吐き出すと、気合の入った掛け声と共に突っ込んできた。俺はため息をつきつつ木剣でベルの手の甲を叩いて武器を落とすと、そのまま足払いをかける。
「ぶふぇ!」
無様な悲鳴と共に倒れ込んだベルの頭に木剣をシュッと叩き下ろした。
「
「本物の武器なら痛いじゃすまねぇぞ」
頭を抑えて地面を転げ回るベルを見て俺は再びため息を吐く。これを始めて一週間が経つが、全然進歩が見られなかった。
「なんつーか、絶望的にセンスがねぇなお前。一週間も訓練すれば子供でももう少し上達するぞ」
「んな事言ったってしょうがないじゃないっスか! 俺のは戦闘向きのジョブじゃないんスから!」
立ち上がりながらベルが涙目で訴えかけてきた。ふむ。確かにベルの言う事にも一理あるな。
ベルのジョブは’
「ほら、もう一度だ」
「ちょ、ちょっと休憩させて欲しいっス! ドブさらいのせいで体のあちこちが筋肉痛なんスよ!」
「はぁ……しょうがねぇな。五分だけだぞ」
「あざっス!!」
元気よくそう言うと、ベルは修練場の端っこの日陰まで走っていってだらしなく座り込んだ。まったく……強くなる気があるのかあいつは。泣き言一つ言わずに俺の鍛錬についてきたミラの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぞ。
いやでもこれは本気で困ったぞ。ベルが強くなる姿が全く想像できない。これは根本的にやり方を変えなきゃいけないかもしれないな。とはいえ、俺自身はこのやり方で強くなったわけで、他のやり方なんて考えもつかないぞ。
「レオンさん! 手ほどきお願いします!」
「ん? ああ、わかった」
今後の方針に頭を悩ませていたら他の冒険者が話しかけてきた。あの一件からこんな風に指導を求めてくる冒険者が増えた。八つ当たりのような形で全員をボコボコにしたのは大人気なかったと今でも反省しているが、これで少しでも南ダコダの冒険者の質が上がるのであれば結果オーライだと言える。現に今相手している男だって一端の動きが出来るようになっていた。
「俺もお願いします!」
「俺も!」
一人、また一人と参加していき、気づけばここにいる全員を相手取る形になっていた。これは俺にとってもいい鍛錬になる。
「こうやって複数人で一人を相手している時は戦い方を変えろ。
「はい!」
俺のアドバイスを素直に聞き入れ、がむしゃらに突っ込んでくるのを止める南ダコダの冒険者達。良い感じじゃないか。こうやって偉そうに指導している手前、無様な姿は見せられないので俺も気合を入れ直す。
「……うっし。こんなもんだろ。だんだんと動きは良くなってきてはいるが、まだまだ基礎体力が足りねぇな。しっかり走り込んでおけ」
「はい! ありがとうございました!」
三十分ほど休みなく打ち合い続けたところでバテ始めた奴ががちらほら見受けられたので、この辺で止めておいた。冒険者であれば最低これくらいの時間は戦闘を継続させられないと話にならない。高ランクの魔物になればもっと長期戦になる事だってザラにあるのだ。……まぁ、五分程度で根を上げる根性なしもいるわけだが。
少しだけかいた額の汗を拭いながら修練場の端に目を向ける。横になりながら腕を枕にしてのんびり観戦とは……中々いいご身分じゃないか。
「……もう十分休んだだろ。再開するぞ」
「ひぃ! な、なんか怒ってないっスか?」
「ここからは回避の訓練に移る。俺の攻撃をとにかく避けろ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
向かってくる俺を見て慌ててベルは逃げ出した。馬鹿が。敵に背中を向ける奴があるか。
「逃げるんならせめて襲いかかってくる相手より早く動け。これだと後ろから斬り放題だぞ」
「いてっ! いてっ!」
狙うのは二の腕や腿といった急所にならない箇所。威力は鍛錬が続行不可能にならない程度に抑える。それだけに気を配りながら、俺はベルを木剣でビシバシ斬りまくった。
「ちょ! たんまっス! 一回落ち着きましょうよ!」
「敵は待っちゃくれねぇぞ。攻撃を喰らいたくなきゃ死ぬ気で躱せ」
「んな事言われても……! いてっ! いてっ!」
逃げ回るのを止めて向き直ったベルだったが、相変わらず隙だらけだった。
「目をつぶったら躱せるもんも躱せねぇぞ。しっかりと相手の攻撃を見ろ」
「いやいやいや無理っスよ! いてっ! 怖いっスもん! いてっ!」
「躱せない攻撃じゃないはずだぞ」
「この兄貴特製の重りがなきゃいてっ! 躱せるかもしれないっスけどいてっ! これ脱いじゃだめっスかいてっ!」
「ダメだって言っただろうが」
それはある種のドーピングだ。その状態に違和感を感じなくなるぐらいになれば、脱いだ時の効果が凄まじいものになる。もちろんそれを加味した攻撃速度にしているんだからしっかり避けろ。
「いてっ! いてっ! いてっ!」
……それにしても当たり過ぎだ。というか、あんまり避ける気がないだろ。これはもう少し緊張感を出す必要がある。
「一段階威力を上げるぞ」
「えぇ!? 威力を上げるってなんスか!? 今でも十分痛いっスよ!?」
「大丈夫だ。骨が折れてもセレナが治療してくれる」
「それ全然大丈夫じゃないっスよ!」
「嫌なら躱せ」
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
完全に足を止め両手で顔を防ぐベルに俺は容赦なく木剣を振り下ろした。
シュッ……。
「っ!?」
驚愕に俺の動きが止まる。一瞬何が起きたのか分からなかった。
「…………おい。今何をした?」
「へ?」
静かな声で問いかけると、完全に目をつぶっていたベルが恐る恐る目を開く。その手には今の今まで俺が持っていた木剣が握られている。
「い、いや……骨折れるのとか嫌だったんで無我夢中で……!」
「…………」
「そ、そんな睨まないでくださいっス! 怖いっスよ!」
……信じられない。今こいつは攻撃を受ける寸前に、俺の手から武器を盗んだんだ。
「……なるほど」
どうやら俺は大きな間違いを犯していたらしい。こいつのジョブを最大限活かす戦い方は闇雲に剣を振らせる事じゃない。もっと別にあったんだ。
「……レオン兄貴?」
何も言わずに背を向け自分から距離をとる俺に、ベルが不安げな声を上げる。悪かったなベル。今からはお前にピッタリな鍛錬をやろう。
「……"
俺の魔法により、この修練場から無数の紅武器が生えてきた。その光景にベルは言葉を失い、大きく目を見開く。
「な、なんだこれ……!?」
「す、すげぇ……これがレオンさんの魔法か……!?」
「半端ねぇだろ……!」
ギャラリーもざわついていた。俺は一番手近にあった長剣を引き抜き、その切先を完全に固まっているベルへと向ける。
「……ベル。こっからはお前の得意分野だ」
「ど、どういう事っスか?」
「俺は今からここにある無数の武器でお前に襲いかかる」
「はぁ!? そんなのさっきより無理……!」
「その俺の手からお前は武器を盗み続けろ」
「……!?」
ベルの目の色が変わった。それを俺は知ってるぞ。無理難題を押し付けられて絶望するものじゃなく、自分の可能性を試したい奴の目だ。
「……本当に盗んでいいんスね?」
「盗んでいいじゃない、盗め。そして、盗んだらそれで俺に攻撃しろ」
「……怪我しても文句は言わないでくださいよ?」
「言わねぇよ。……それができればの話だが」
圧倒的な殺気をベルにぶつける。それを受けて、ベルは額から冷や汗を流しながら小さく笑った。いい感じだ。
「……いくぞ!」
ベルが見せた小さな可能性を前に高揚する気持ちを抑えながら、俺は勢いよく地面を蹴った。
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