第110話 保護観察

 翌日から本格的に保護観察の日々が始まった。

 朝飯を食べたらセレナとミラとは別れて一人で教会へベルを迎えにいく。そしたら冒険者ギルドへ足を運び受付嬢のピノに確認し、今日やる社会貢献の内容を決め、それを昼頃までやって飯休憩をした後、ギルドの修練場で冒険者になるための鍛錬だ。夕方頃にセレナ達と合流したら教会に戻り、セレナ達とミラがポーラ達と楽しく過ごしているのを横目に中庭でまた鍛錬。そして、プリウスを含めた教会連中と夕飯を一緒に食べたら解散、というのがルーティンだ。


「くー! こんなところにゴミを捨てるんじゃねーっスよ!」


 悪態を吐きながら今日の社会貢献であるドブさらいに勤しむ。その体には紅いチョッキと、両手首には紅いリストバンドをつけていた。もちろん俺の紅魔法で作った重いだけの特注品だ。


「こういうのを経験すれば、お前はゴミのポイ捨てをする気にならねぇだろ?」

「それはそうっスけど……毎度のことながらなんでレオン兄貴までやってるんスか?」

「暇だからだ」


 最初はベルが汗を垂れ流している様をただ見てるだけだったが、それだと退屈で死にそうだったため、途中から俺もやることにした。こっちの方が性に合ってる。


「それにしても暑いっスね……昨日の噴水掃除が天国だったっスよ」

「こっちも一応水仕事だろ」

「こんなヘドロじゃ水浴びする気にはならねーっス」


 まぁ、そうだな。この暑さのせいで低ランクの魔物なら追い払えるほどのニオイを放ってるこいつを全身に浴びたら、セレナはともかくミラには「臭いから近寄るなです」って言われるだろうな。……あの二人と会う前にシャワーを浴びておこう。


「レオンさん!」


 名前を呼ばれたので俺は手を止めそちらに目を向ける。そこには近寄りたいけど近寄りたくないという顔をした三人娘が立っていた。


「今日はセレナ達と魔物退治には行かなかったのか?」

「今日は休養日です!」

「毎日毎日魔物と戦うっていうのも味気ないしねー」

「休みは重要。そして、スイーツ巡りはもっと重要」


 なるほど。スイーツを食べてリフレッシュか。結構じゃないか。そうやって心身のバランスをとるのも冒険者には大事な事だ。


「……レオン兄貴の知り合いって可愛い子多いっスよね。セレナさんもやばい美人だし」


 俺と同様に作業を中断したベルが現れた三人娘を見て、デレデレと鼻の下を伸ばしながら言った。


「ミゼットからなんとなく話は聞いていたけど、その人がレオンさんが面倒を見ている男の子ですか?」

「はいっス! ベルファイアっス! 是非ともお近づきになりたいっス!」


 とてもいい笑顔で側溝から出て近づいたベルから、三人娘が距離を取る。


「がーん! そんなわかりやすく避けなくてもいいじゃないっスか!」

「避けるでしょ。君臭いし」

「掃除をしているから臭いのは仕方がない。でも、近づくのはNG」


 ミゼットとタントからはっきりと言われ、ベルはガックリと肩を落とした。


「お前らも一緒にやるか?」

「冗談! デートならもう少しマシな事に誘ってよ! ……もしかしたらモコは喜んで手伝うっていうかもしれないけど」

「そ、そんなわけないでしょ!?」

「えー? どうかなー?」

「レオンさんがいなくて寂しいっていつも言ってるから、私はミゼットの言葉に同意」

「タ、タント!!」


 言うだけ言って逃げていったタントを、顔を真っ赤にしながらモコが追っていく。なんとも微笑ましい一幕。確かに彼女達にはどぶさらいは似合わないかもしれない。


「偶には構ってあげてね? 私もレオンさんがいないと寂しいからさ!」

「そうだな。俺も腕が鈍らないように魔物を狩りたいし、時間ができたらご一緒させてもらおうか。おっと、俺から誘うのはバモスの奴に禁止にされてたな」

「あははは! もうバモスさんもうるさいこと言ってこないでしょ! いつの間にかレオンさんの事崇拝するようになってたしね!」

「あれは勘弁してもらいたいけどな」


 ベルと共に冒険者ギルドに行くと毎回バモスを筆頭にした野郎どもがギルドに待機していて挨拶をしてくる。嫌な気分にはならないが、なんとなく恥ずかしいからやめて欲しいのが本音だ。


「じゃあまたねー! ベルファイア君も仕事頑張って!」

「はいっス!」


 元気よく敬礼するベルに小さく手を振ってミゼットも去っていった。しばらくその後ろ姿を見送っていたベルが真面目な顔で俺に向き直る。


「今度、しっかりと紹介してくださいね?」

「気が向いたらな」


 適当に流しつつ作業を再開した。


 照りつける太陽。首筋がヒリヒリと痛くなってきた。こまめに水分補給をしつつ、俺とベルは黙々とドブを取り除き続ける。


「あら! レオンさんじゃありませんの!」


 また名前を呼ばれたので俺は手を止める事なくドブと格闘する。


「ばっちり無視するんじゃないですわ! 絶対聞こえてますわよね!?」


 耳障りで有名なノイジーモンキーよりも五月蝿くなりそうだったので、俺は渋々顔を上げた。思った通り、そこには得意げな笑みを浮かべる金髪ドリルがいたので、俺は何も言わずに作業に戻る。


「いや、一瞥って! チラ見って! わたくしへの興味はドブ以下ですか!?」

「うるせぇなぁ……なんだよ、フィット」


 鬱陶しげに視線を向けると、クローズ商会の一人娘は嬉しそうにふんぞり返った。


「最近、献身的な方がいると聞いて、この町の代表であるわたくしが自ら労いの言葉をかけに来たのですわ! そしたらその方の正体がレオンさんじゃありませんか! やはり、わたくしの見る目に間違いはなかったのですわ!」

「へーそうかい」

「涙を流して喜ぶべきですわ! なんたって商業界に舞い降りた魅惑の天使と謳われるわたくしが直々に来たのですよ!? これ以上に幸せなことなんてありませんわ!」

「ほーそうだな」

「……ところで、一緒に奉仕活動を行っているそちらの殿方は誰なのですか?」


 そう言ってフィットはベルに目を向ける。当の本人はフィットの方を見る事なく一心不乱にドブを掬っていた。


「……どうしたベル? モコ達とはえらい反応が違うじゃねぇか」

「いくら美人とはいえ関わっていい相手とそうじゃない相手の区別くらいつくっスよ」

「やるじゃねぇか。冒険者にはそういう眼も必要だ。あれは関わったら損しかしねぇ。注意しろ」

「うっス」

「全部聞こえてますわよ!」


 ぷんぷんと頬を膨らませるフィット。悪いな。いつもなら少しぐらい相手してやってもいいが、こちとらこの炎天下の中死ぬ気でドブさらいをしてんだ。いいとこのお嬢様にはさっさと退場してもらおう。


「おっと、手が滑った」

「あぁぁぁぁぁぁ! わたくしの服にドブがぁぁぁぁぁぁぁ!」

「悪い。わざとじゃねぇんだ」

「いや臭っ! ドブ臭っ! こんなのすぐに洗濯案件ですわぁぁぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げながらフィットが走り去っていく。その後ろ姿を見ながらベルが呟いた。


「……俺、美人なら誰でもいいって思ってたっスけど、やっぱり人って中身が大事なんすね」


 どうやら人生においてとても大事なことをベルは学んだようだ。これは商業界に舞い降りた疑惑の天使に感謝しないといけないな。

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