第109話 平和
ベルがどういう処分になったのかを伝えに行った方がいいということになり、「あんな別れ方した手前帰りづらいっっス」とごねるベルを引きずって教会へ向かうことにした。その前にバカ……バモスを探しだし、目的の人物が見つかったからもう探さなくていい事を伝えるのを忘れちゃいけない。「見つかってよかったですね!」と疲れ果てた笑顔で言われた時は少し心が痛んだ。もう少し早く言ってやればよかったな、すまない。
教会へ戻ると、気まずそうな表情浮かべるベルにポーラ達は半泣きで抱きつき、プリウスは驚いた顔で俺達を見る。すかさずセレナから説明を受けたプリウスも、目に涙を光らせながら、ベルに抱きついているポーラ達に加わった。
そんな感動の再会の一幕が繰り広げられたのが一時間前の事だ。
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
俺は今、教会の中庭にある壊れかけたベンチに座りながら汗だくで草むしりをしているベルをのんびり眺めている。ベルの保護観察をすると言った以上、社会貢献をしてその罪を償わせなければならない。それならばまずは身近な場所からという事で、このお世辞にも立派とはいえない教会の清掃業務を言い渡したってわけだ。もちろんただやらせるわけじゃない。なんたって俺はこいつを一人前の冒険者にしなくちゃいけないからな。
「はぁはぁ……あ、兄貴……草むしり終わったっス……」
「あぁ、ご苦労。次は壊れた壁の補修だな」
「ちょ、ちょっと待って欲しいっス。それもこれを着ながらやるんスか……?」
自分が身につけている赤いチョッキを指し示しながらベルが言った。これは俺が紅魔法で作った特注のチョッキだ。利便性も機能性も完全に無視した、ただただ重いだけでなんの役にも立たない代物。鍛錬がまるで足りてない奴にはぴったりの一品だ。
「当然だ、ずっと着てろ。飯食ってる時も風呂に入る時も寝てる時もだ」
「寝てる時もっスか!?」
ベルの顔に絶望が広がる。こいつは出会った当初のミラと同じで冒険者になるには何もかもが足りてないからな。これくらいやらないと話にならない。
「さっさとやらないと今日中に終わらねぇぞ? 明日からは町中を綺麗にする予定なんだからな」
「町中を!? ……これ、鉱山送りの方が楽だった気がするっス」
「なんか言ったか?」
「なんも言ってないっス! 壁の補修、やらせていただくっス!」
慌ててノロノロと走り去っていくベルの背中を見て、俺は小さく笑った。俺はあそこまで素直じゃなかった。いつだってレクサスに反抗して、ボコボコにされてから渋々いう事を聞いていた気がする。あの時は恨み言を呪詛のように呟きながら毎日血反吐を吐いてたな。そのおかげでそう簡単にはやられなくなったんだからレクサスには感謝しないといけない。
「レオンお兄ちゃーん!」
昔、自分がやっていた鬼畜な修行を思い出していたら、シャマルとカーゴが走り寄ってきた。
「どうした?」
「また可愛い動物のお人形さんを作って欲しいの!」
「俺にはかっこいい武器を作ってくれ!」
最初は警戒心全開だった二人だが、暇つぶしに紅魔法を見せたら何故か懐かれてしまった。俺は苦笑いをしつつ”
「ほらよ」
「わぁ! 可愛いうさぎさん! ありがとう!」
「さんきゅー!」
「人に向けて振り回すんじゃねぇぞ、カーゴ」
走ってミラがいる場所へ戻っていく二人に声をかけながら、日向ぼっこをしながら仲良く話をしているセレナとポーラに目を向けた。あの姿を見ていると、魔物と戦えるように鍛えた事を少しだけ申し訳なく思う。セレナはああやって平和に誰かと話している方が似合ってるな。そんな事は百も承知だったが、裏ギルドなんていうSランクの魔物よりも厄介な連中に追われている以上、生き残るためにはそうするしかなかったのは紛れもない事実なんだが。
「……よっこいしょ」
プリウスが俺の隣に座った。その表情はとても穏やかだ。
「……ベルファイアの事、本当にありがとうございました」
「礼を言われるような事は何もしてねぇよ。ただ、冒険者ギルドが人手不足で俺達が忙しくなるもんだから、使えそうな奴を冒険者にしたかっただけだ」
「もし、本当にそれだけが目的だったとしてもです。……もう二度とあの笑顔を見る事はできなかったかもしれませんので」
ひいこら言いながら壁を直している自分に、はしゃぎながらちょっかいをかけてくるシャマルとカーゴをベルは困ったように笑いながらしっしと手で払う。それを見ていた俺の口角も自然とあがった。
「あの子の事、よろしくお願いします。立派な冒険者にしてやってください」
「……ああ」
優しい声で言ったプリウスに、戯れ合うベル達を見つめながら答えた。
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