第108話 自己投影

「……ちょっと待ってくださいっス」


 キャリィへの報告を終え冒険者ギルドから出たところで、それまで何も言わずに黙って後をついてきていたベルファイアが唐突に口を開いた。俺は足を止め、ゆっくりと振り返る。


「……どうしてっスか? どうしてあっさり引き渡さなかったんスか?」


 ベルファイアの顔は真剣だった。


「意味わかんねーっス! 見ず知らずの俺を庇うだけじゃ飽き足らず、面倒も見るだって? どう考えてもおかしいっスよ! そんな事して兄貴達に何のメリットがあるって言うんスか!?」

「ミラはお前の方がよくわからないです。レオンのおかげで鉱山送りにならなくて済んだです。それなのになんで語気を荒げてそんな事を聞く必要があるです?」

「なんか別の狙いがあるんじゃねーかって思うからに決まってるじゃないっスか! 俺を警備隊に突き出さないようにしてやったんだから、奴隷のように働いてもらうとか! 俺は別にそれでも構わねーっス! でも、ポーラ達もそうするつもりなら、俺は自分から警備隊のところに行かせてもらうっスよ!!」


 興奮するベルファイアを俺は静かに見つめる。その反応は尤もだと思う。孤児として人間の汚い部分を見てきているこいつなら特にだ。


「……俺もお前と同じ悪辣職性イリーガルだ。強いて言うならそれが理由だな」

「え?」

「レオンさんはベルファイアさんと同じ……とまでは言いませんが、その授かったジョブのせいで似たような経験をしてきているんです。だからこそ、あなたの事を放って置けなかったんじゃないでしょうか」


 面食らったベルファイアにすかさずセレナが俺の言葉を補足する。その通りだが、言葉にされるとどうにも気恥ずかしい。ポカンとした表情で俺を見てくるベルファイアにどういう顔をしたらいいのか分からず、俺は顰めっ面で頭をガシガシかいた。


「これでもお前の置かれた状況には同情してんだ。もしかしたら俺もお前と同じ道を歩んでいたかも知れねぇからな。だから、少しくらい手助けしてやりたいって思ったんだよ」

「…………」

「一緒に暮らしてる兄妹達のためにも冒険者になりてぇんだろ? キャリィにお前の身柄を預かるって偉そうに啖呵を切った手前また盗みをやられても困るからな。そこまではきっちり面倒見てやる」

「兄貴……」


 呆けた顔で俺を見ていたベルファイアだったが、不意に真面目な顔で頭を下げてきた。


「兄貴の財布盗んで本当にすいませんでした。それと、こんな悪ガキに温情をかけてくれて本当に感謝します」

「……らしくねぇ事すんな。調子狂うだろうが。お前はちゃらちゃら軽い感じでいる方がしっくりくるんだよ」

「……レオンの兄貴ッ!!」


 感極まって抱きついてきたベルファイアを俺はひょいっとかわす。ベルファイアはそのまま顔面から勢いよく地面に滑り込んだ。


「いてぇ! いやそこは素直に抱きつかせてくれるとこっスよね!?」

「悪いな。野郎に抱きつかれる趣味はねぇ」


 俺が冷たく言い放つと、ベルファイアは鼻血を拭いながら立ち上がる。そして、顔を真面目なものにし、俺達に頭を下げた。


「短い間だとは思いますが、これからよろしくお願いするっス! レオンの兄貴! セレナの姐さん! えーっと……ミラ!」

「はい、よろしくお願いしますね。ベルファイアさん」

「なんでミラだけ呼び捨てなんです? 納得いかないです」

「だってミラは俺より歳下っスよね? それになんかミラには素直に感謝する気になれないっス」

「レオン、こいつ駄目です。今からでも遅くないから警備隊に突き出すです」


 ミラが怖い顔で俺に訴えかけてくる。ミラの気持ちは分からんでもないが、ベルファイアの気持ちも分かるのでここはスルーさせていただく。

 

「後、俺の事はベルって呼んで欲しいっス! 姐さん、さん付けもいらないっスよ!」

「分かりましたベルさ……ベル」

「それでいいっス! あ、ミラはちゃんとさんをつけろっス」

「死んでも嫌です。お前なんてアホベルで十分です」


 にっこりと笑うセレナに、いつも以上に無表情なミラ。意外とミラとベルの相性は悪くないかも知れない。


『おいおいおい! 新しい舎弟ができたっちゅうのに儂を紹介しないとはどういう了見や!』

「うわビビった!」


 呼んでもないのに指輪から飛び出してきた騒精霊にため息を吐く。


「必要ないと判断したからだ。勝手に出てくんな」

『必要大ありや! 主人あるじの舎弟っちゅう事は儂の舎弟なんやで!? おう、坊主! 儂は偉大なる血の精霊、マルファス様や!』

「せ、精霊!? ……初めて兄貴を見た時に肩に黒い鳥がいて何かと思ったけど、精霊を飼ってたんスね! 流石は兄貴っス!」

『飼ってるだぁ!? ボケコラカスゥ! 儂はペットとちゃうでぇ!? むしろ儂が主人を飼っとるんや! 儂のスーパーパワーに平伏して主人が自分から頭を地面にこすりつけて力貸してください、言うてきたんやからなぁ!! 勘違いするんやないでぇ!!』

「そんな事した覚えねぇよ」


 勝手に記憶を捏造すんな。必死に頼まれて付き従うってどんな関係性だよ。


『自分が盗んだ相手に謝罪し回ってるちゅう事を主人に報告してやったから、今こうして自由の身でおることが出来るんやぞ!? 儂に感謝せい!』

「マジっすか!? あざーっス!! マルファスの兄貴!!」

『へ? お、おう! わかればええんや! その恩を忘れずに儂の事を敬い続けえや!?』

「もちろんっス!」

『ええ返事や! その態度に免じて儂の事をマルって呼ぶ事を許したるで!』

「はい! マル兄貴!」

 

 素晴らしい笑顔で敬礼するベルに納得したのか、マルファスは満足げな顔で指輪に戻っていった。マルファスの扱いが上手いな。思わず感心したぞ。


「こんな奴を面倒見るなんて本当にいいんです?」

「ミラはカーゴとシャマルと仲良くなってただろ? こいつが冒険者になって金を稼ぐことが出来るようになれば、あの二人も今より少しはマシな生活が送れるようになるんだぞ?」

「それはとてもいいことです。でも、なんとなく納得できないです。レオンは実際にこいつの被害にあってるですよ?」

「まぁな。けど、ちゃんと取り返したし、別に気にするほどの事でもねぇだろ」

「むぅ……前から思っていたですけど、レオンは強いくせに甘すぎです」

「レオンさんは優しいですからね」


 唇を尖らせるミラに、セレナが苦笑しながら言った。’暗殺者アサシン’のジョブの俺が優しい? セレナの俺を美化しすぎるきらいには毎度の事困りもんだ。


「冒険者になるために、俺はなんでも兄貴の言うこと聞くっスよ!」


 ……なんでも? なるほど。いい覚悟だ。それなら優しいと称されるこの俺が、最速で冒険者となれるよう取り計らってやろうじゃないか。

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