第107話 罪と罰

 時刻は昼過ぎということで冒険者ギルドの方は賑わっていると思いきや、まるで人がいなかった。不思議に思いつつ、モコ達と仲の良いピノに声をかける。


「よっ」

「これはこれはレオン様にセレナ様、ミラ様。おはようございます。……そちらの方は?」


 見覚えのない男が一緒にいる事に僅かに眉を顰めるピノ。


「色々と事情があってな、一緒にギルドまで来てもらったんだ。そんな事より今日全然人がいないみたいだけど、何かあったのか?」

「私も詳しくは知りませんが、なんでもこの町にいる冒険者の殆どが朝から人探しをしているようで……朝から全くと言っていいほど依頼を受けに来ないんです」

「あっ……」


 やばい。ベルファイアが見つかったことを伝えるのを忘れていた。あれからずっと南ダコダの町を探し回っているのかあいつら。悪いことしたな。後で謝っておかないと。


「それで今日はどういったご用でしょうか? いつものように狩ってきてくださった魔物の核の引き渡しですか?」

「いや、キャリィと話がしたいんだが」

「それであれば直接ギルド長室へどうぞ。ギルド長からレオン様達はいつでも来ていい、と許可が降りておりますので」

「そうか」


 たかだかBランクの冒険者が取り次ぎなしでギルド長室に行っていいとは。そういうのはSランク冒険者の特権だと思っていたが、冒険者不足のギルドじゃ、そういう事もあるのか。まぁ、行っていいって言うんなら遠慮なく行かせてもらおう。


「キャリィ、入るぞ」


 ノックをしてからギルド長室へと入っていく。


「ん? おー皆さんですか! ……おや?」


 何やら難しい顔で書類と睨めっこしていたキャリィは入ってきたのが俺たちだとわかるとすぐに笑顔を見せる。だが、一番後ろから入ってきたベルファイアを見て、その分厚い丸メガネを人差し指であげた。


「そちらの方はどちら様ですか?」

「依頼達成の報告に来た」

「…………あ」


 一瞬怪訝な表情を見せたキャリィだったが、俺の言葉の意味を理解し真面目な顔になる。


「という事はその方が」

「盗みを働いてた犯人ってわけだ」

「そうですか……」


 ゆっくり息を吐き出すと、キャリィは居住まいを正し、ベルファイアに向き直った。


「お名前をお伺いしてもいいですか?」

「……ベルファイアっス」

「ベルファイアさん。今回我々は盗難の被害者からの届出により、あなたの身柄を確保する依頼をそちらのレオンさん達に出しました。盗みは立派な犯罪です。それは理解していますよね?」

「……はいっス」


 ベルファイアが神妙な面持ちでキャリィの言葉に頷く。下手な言い訳などするつもりはないようだ。


「それならば話が早いです。私達はあなたを警備隊に引き渡します。そこで罪を償う事になるでしょう」

「キャ、キャリィさんっ!」


 何かを言おうとしたセレナを俺は手で制した。反射的にこちら見るセレナに、俺は目で語りかける。ここは俺に任せて欲しい。


「その事なんだけどよ、こいつを警備隊に差し出すのはなしにしてくれねぇか?」

「へ?」

「は?」


 俺の発言にキャリィとベルファイアの二人が間の抜けた声を上げた。


「ちょ、ちょっと兄貴!? 急に何言ってんスか?」

「そ、そうですよ! そんな事はできないってレオンさんだって分かってますよね!?」


 机にある書類が落ちるのも気にせずにキャリィが前のめり乗り出してくる。


「もちろん、被害者が訴えている以上どうする事もできないだろうな。……訴えを続けているのであれば、の話だが」

「……どういう事ですか?」

「こいつが筋を通したってことだ」


 俺が親指でベルファイアを指しながらいうと、キャリィが訝しげな顔で俺とベルファイアを交互に見た。ちょっと言葉足らずだな。


「自ら盗んだ相手のところに行って、盗んだ物を返し、その上で許してもらえるまで頭を下げたんだよ、こいつは」

「なっ……!」


 キャリィが口をあんぐりと開けて何とも言えない表情を浮かべるベルファイアを見る。これはマルファスに確認したことだ。まぁ、関わり合いになりたくないから仕方なく謝罪を受け入れた、って感じだったらしいが、それでも許されたのは確かだ。


「盗まれた相手が盗まれた品を返してもらい、被害届を撤回したのなら警備隊に引き渡す必要はねぇだろ?」

 

 状況の整理がつかないのかキャリィが指を組んで黙り込む。少しの間静寂に包まれたギルド長室の中で、キャリィが静かに口を開いた。


「……レオンさんの言い分はわかりました。ですが、彼が盗みを働いたという事実は変わりません。いくら直接謝罪をしたからといって無罪放免というわけにはいかないと思います。冒険者ギルド私達がではなく、警備隊がです」

「まぁ、そうだろうな。だから、あんたに頼みがあるんだ」

「……なんでしょうか?」

「こいつの身柄を俺に預けて欲しいんだ」

「……!?」


 分厚いメガネの奥にあるキャリィの目が大きく見開かれる。ベルファイアも勢いよく俺の顔を見た。


「あんたのいう通り、犯罪に手を染めながらお咎めなしっていうのはよくねぇ。これに味をしめてまた盗みに手を出しかねないからな。そうならないよう、責任持って俺がこいつに罪を償わせる。ドブさらいでも町の清掃でも何でもやらせて自分のやった事の重みをわからせるつもりだ。だから、警備隊の連中に話をつけてくれないか? この通りだ」


 俺は南ダコダの冒険者ギルド長に対して深々と頭を下げる。同様にセレナも真剣な表情で頭を下げた。


「なんでそこまで……!?」


 そんな俺達を見て、ベルファイアが信じられないといった表情を浮かべる。キャリィの方は頭を下げ続ける俺とセレナを見て、大きなため息をついた。


「この冒険者ギルドの、ひいてはこの町を救ったと言っても過言ではない功績を挙げた冒険者の願いを、私が断れると思いますか?」

「それを見込んでこうやって頭を下げてんのさ」

「はぁ…………事実確認後に警備隊へ『くだんの盗人を捕らえた。ただし、反省の色濃く、被害者とも示談が済んでいるため、町の状況を鑑みるに警備隊の手を煩わせる必要はないという判断のもと、ギルドで保護観察したい』という旨の嘆願書を提出します。それでいいですか?」

「ああ。助かるよ」

「ありがとうございます!」

「いえいえ。レオンさん達には言葉では言い尽くせないほどお世話になっていますので、これぐらいはやらせていただきますよ」


 疲れきった笑みを浮かべるキャリィ。警備隊の説得は骨が折れるだろう。こんな無理な願いを聞いてくれた南ダコダの冒険者ギルド長に感謝をするとともに、今後もできるだけ力になろうと、俺は心に決めるのであった。

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