第106話 スリ、教会を後にする
教会に戻るとベルファイアを除く全員が集合していた。プリウスとポーラは不安そうな顔で佇んでおり、ミラは今置かれている状況を知らないカーゴとシャマルの二人と楽しそうに話している。その中でいち早く俺に気がついたセレナがこちらに駆け寄ってきた。
「どうでしたか?」
後ろにベルファイアがいない事を確認しつつ尋ねてくる。
「心配するな。あいつは別に逃げたわけじゃない。じきに戻ってくるだろ」
「……そうですか」
俺の言葉を聞きセレナがホッと胸を撫でおろした。そして、心穏やかではないプリウスとポーラのもとに行く。そこで初めて俺が帰ってきた事に気がついたプリウスがこちらに視線を向けてくきたので、俺は小さく頷いて応えた。さて、と。後はあいつが教会に帰ってくるのを待つだけだ。
「……と、そんな感じでミラ達は迫り来る無数の魔物達と立ち向かったです」
「すげぇ!!」
古びた長椅子に腰を下ろすと、ミラ達の会話が聞こえてきた。
「そんなにたくさんの魔物さん達と戦ってケガはしなかったの?」
「ミラ達は冒険者です。傷を負う事だってあるです。だからといって戦う事をやめたら、町の人達が魔物の恐怖に怯えることになってしまうです」
「どうやって魔物を倒したんだ!?」
「それは……あれです。向かってくる魔物達に強烈な矢をお見舞いしてやったです。一矢一殺ってやつです」
「まじかよ! ミラ姉ちゃんかっけぇ!」
「ミラお姉ちゃんは強いんだね!」
おい。それはお前の話じゃないだろ。小さい子に嘘を教えるんじゃない。
「あーあ、俺も冒険者になりてーなー。ベル兄も冒険者になりたいっていつも言ってるし」
「ベルファイアは冒険者になりたいですか?」
「うん! 冒険者になってシャマル達に美味しいものいっぱい食べさせてくれるんだって! すっごい楽しみ!」
シャマルが満面の笑みを浮かべる。あいつ……冒険者になりたいのか。
「それなら冒険者登録をすればいいだけなのに、どうしてベルファイアはそうしないんです?」
「ベル兄は弱っちぃからなー。悪い奴らを倒すかっこいい冒険者にはなれねーよ。逃げ足だけはすごいけど」
「ベル兄は弱くないよ! シャマルが困った時は助けてくれるって言ったもん!」
「いやいや優しい兄ちゃんだけど弱いって。この前腕相撲したら俺が勝ったし」
グッと力瘤を作りながらカーゴが言うと、シャマルがぷぅっと頬を膨らませる。腕相撲のことはさて置いても、ベルファイアに戦闘能力はないというのが俺の見解だ。確かに気配を消すのは一級品だ。物を盗む能力に関しても奴の右に出るものはそういないだろう。だが、それが魔物に通用するとは考えにくい。おまけに俺と対峙した時になんの抵抗もなくすぐさま降伏した。力の差を感じたというよりは戦うという選択肢自体がなかったようだ。そんな逃げ腰の奴が冒険者になっても何もできずに終わるのは目に見えている。……そうやって朝までの俺なら考えただろうな。
キーッ……。
カーゴとシャマルが言い合いをする中、建て付けの悪い教会の扉が開かれる音がした。
「あ、ベル兄! ……え!?」
大好きな兄が帰ってきたことに喜色の笑みを浮かべたシャマルだったが、至る所から血を流しているベルファイアを見てその表情は一瞬にして驚きのものへと変わる。
「……ただいまっス」
駆け寄ってきた自分の家族を前に、ベルファイアはポリポリと気まずそうに頬をかいた。
「ど、どうしたのその怪我は!?」
「一体何があったんだよ!?」
「あー……ボーッと歩いてたら階段から落ちたっス」
心配そうな顔で問いかけてくるポーラとカーゴに、苦笑いをしながら答えるベルファイア。そんな彼をプリウスが徐に優しく抱きしめた。
「な、なんスか突然……!」
「動かないでください。……"
プリウスが魔法を唱えると、ベルファイアが淡い光に包まれる。徐々に塞がっていく傷。戸惑うベルファイアだったが、特に抵抗することもなくプリウスの治療を受けた。
「……こういう事だったんですね」
「ああ。あいつは一人でケジメをつけに行ったのさ」
静かに近づいてきたセレナに答える。セレナ同様、ベルファイアが何をしてきたのか察したのだろう。治療をするプリウスの顔は慈しみに満ちていた。
「……もう十分っスよ」
気恥ずかしくなったのか、ベルファイアがプリウスを押し除ける。そして、真面目な顔で俺に向き直った。
「時間をとらせて悪かったスね。さぁ、冒険者ギルドに行くっスよ」
「え?」
「そうだな」
あっさりそう言い放ち皆に背を向け歩き出したベルファイアに、俺は静かに着いていく。セレナを含めた他の連中は戸惑いを隠せない様子だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「ベル兄どっかいっちゃうの? シャマルと一緒に遊ぼうよぉ!」
「おい待てってベル兄!」
兄弟達の声にも応えず、ベルファイアは教会から出て行こうとする。そんなベルファイアを追いかけようとしたポーラ達であったが、それを止めたのはプリウスだった。
「……行くんですね、ベルファイア」
「……うっス」
こちらに顔を向ける事なく短く返事するベルファイアを見て唇を噛み締めたプリウスはそれ以上何も言わなかった。セレナとミラは黙って俺たちの後につく。
「……本当にいいんだな? どれくらい戻れないかわからねぇぞ?」
「もう覚悟は決めたっスから。……大人しく冒険者ギルドに出頭すれば、あいつらには迷惑かからないっスよね?」
「それくらいの口利きはしてやる。じゃないと、あの貴族のおっさんに足蹴にされ損だろ?」
「……盗み見は趣味が悪いっスよ、兄貴」
「俺の財布を盗んだんだからおあいこだ」
後ろで騒いでいるポーラ達を振り切るように歩くベルファイアと共に、俺達は教会を後にした。
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