第105話 けじめ
「……とにかく探してきます」
「わ、私も行く!」
焦りながら走っていったプリウスにポーラも慌てた様子でついていった。それを見送ったセレナが困惑した表情で俺を見てくる。
「レオンさん、私達も探しに行った方がいいですかね?」
「いやその必要はねぇよ。マルファス」
『任しとき』
指輪の中で俺達の話を聞いていただろうマルファスが、指輪から飛び出していった。精霊全般がそうなのかは知らないが、マルファスはこちらの思惑を汲み取るのに長けている。無駄な会話をせずに物事が進んでくれるのは正直ありがたい。
「ベルファイアを捕まえた時にマルファスに血の刻印をつけさせた」
「血の刻印、ですか?」
「ああ。なんでもそれを体に刻んだ相手の場所がマルファスにはわかるらしい。あいつは今それを追ってる」
「なるほど! それならすぐに見つかりますね!」
「ああ。見つけたら念話で連絡してくるだろうから、それまで待機してればいいって話だ」
念の為に刻印を残させておいてよかった。奴のジョブ特性はかなり厄介だ。気配を読むことに優れる俺の’
『……おう主。見つけたで』
少ししてから頭の中にマルファスの声が聞こえた。
「そうか。どこにいる?」
『えーっと、ここは普通に町ん中で……ちょい待ち。何しとんのや、あいつ』
マルファスが怪訝そうな声をあげる。なんだ? なんかおかしな事でもしてんのか?
『あー……ちーっと気になる事ができたわ。また連絡する』
「は? 何言ってんだ? おい、マルファス。おい」
なぜかマルファスからの交信が切られた。眉を顰める俺の顔をセレナが心配そうに覗き込んでくる。
「レオンさん? どうかしたんですか?」
「俺にもよくわからん。マルファスの奴がなんか気になる事があるんだってよ」
「気になる事、ですか……」
どうやらセレナも困惑しているようだ。まぁ、ベルファイアの居場所は捉えられている。マルファスの気まぐれに関してはよく分からないが、別に焦る必要はない。
「とりあえず待つしかないみたいだな」
「そうですね……」
「安心しろ。マルファスが大した理由なく俺達を待たせているんだったら、あの羽を一枚一枚丁寧に剥いで丸坊主にしてやるからよ」
「レオンさん、怖いです……」
ペットの躾も主人の責務だからな。その辺は厳しくしなければならない。他の人に粗相でもしたら大変な事だ。
『……待たせたのう』
完全に手持ち無沙汰になり教会の長椅子に座りながらダラダラ待っていたら、ようやくマルファスから交信がきた。
「……一時間以上も割れたステンドグラスを眺める時間を与えてくれてありがとう。当然、納得のいく説明はあるんだろうな?」
『短気は損気やで? 気は長く持たんと』
「軽口はいい。何があったんだ?」
『口で説明すんのは億劫やわ。百聞は一見にしかず、実際に目で見た方が早いで』
「なら今いる場所を教えろ」
『主と儂はリンクしてるんや。集中すれば儂のいる場所がわかるやろ』
回りくどさを感じ、思わずため息が出る。とはいえ、このまま放っておくわけにもいかない。
「ちょっと行ってくる。セレナはここで待っててくれ」
「分かりました。もしプリウスさん達が戻ってきたらレオンさんがベルファイアさんを見つけた事を伝えておきます」
「任せた」
短くそう答えると、俺は足早に教会を出た。これまでマルファスが指輪から出ている時は気づかなかったが、意識すると確かにあの鳥がいる方向がぼんやりとわかる。これがリンクしてるって事か。いやちょっと待て。リンクってなんだ? いつの間にそんなもんを結んだんだ?
……まぁ、いい。とにかく今はマルファスのもとまで行くのが先決だ。リンク云々は後であの駄精霊に問いただせばいい。この方角は南ダコダの貴族街か。何の用があってベルファイアはそんな場所に行ったんだ? 自分が盗んだ品をプリウスから奪って向かう場所としては不適切極まりない。
『おー、早かったやないかい』
建物の陰に隠れるように飛んでいたマルファスを見つけ近づくと、マルファスは俺の肩にとまった。
「……説明してもらおうか?」
『あれ見てみぃ』
不機嫌さを隠す事なく言うと、マルファスが首をクイっと動かす。渋々そっちに目を向けた俺は予想外の光景に大きく目を見開いた。
「すいませんでしたっス!!」
そこには貴族の男の前で地面に頭をつき、必死に謝るベルファイアの姿があった。
「ふざけるな! 私の財布を盗みやがって!」
「本当にごめんなさいっス!」
「謝って済むわけがないだろ!」
怒りで顔を赤くした貴族の男が頭を下げるベルファイアを思い切り蹴り飛ばす。吹き飛んだベルファイアはすぐさま土下座の姿勢に戻った。
『……あの男で三人目やな。ああやって盗んだもんを返して頭下げるんわ』
痛めつけられるベルファイアを何も言わずに見つめていた俺に、マルファスが静かな声で言う。
『確か、主を含めて四人やったか? あんジャリが盗みを働いたんわ』
「……あいつの言葉を信じるならな」
『嘘やないやろ。箱の中身は空になってるみたいやからな』
「…………」
俺は何も答えずにマルファスからベルファイアへと視線を戻した。
「このクソガキがぁ! このこの!」
「すいませんっス! すいませんっス!」
怒りに任せて何度も何度もベルファイアを踏みつける貴族の男。その仕打ちに必死に耐えながら何度も何度も謝罪の言葉を投げかけるベルファイア。俺はゆっくり息を吐き出しながら、壁に寄りかかる。
『案外根性あるやないかい。そういえばどっかの無愛想な誰かさんはあのジャリを容赦なくギルドに突き出す言うてなかったか?』
「……どっかの駄精霊が中々連絡寄越さないせいで、あのオンボロ教会で随分と待たされちまったからな。覚えてねぇよ」
『さよか』
どこか楽しげな口調で言うマルファス。ちらりとベルファイアへと目を向ける。切れた唇から血を流しながら、ベルファイアは懸命に頭を下げ続けていた。
「……教会に戻るぞ」
『ええんか? 無理やり連れ戻さなくて』
「その必要はねぇだろ」
そう答えると、気づかれないよう完全に気配を消し、俺は音もなくこの場を後にした。
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