第104話 妹の願い
「……あいつのために自らが犠牲になる、親心ってやつか。子供がいない俺にはよくわからねぇな」
だが、それがどういうものなのかは知ってる。方向性も優しさ具合も大分違ったが、自惚れじゃなければレクサスが俺とセドリックに向けてくれていた。
「でもよ、自分でやった事は自分でけつを拭くべきなんじゃねぇのか? それに、仮にあんたが代わりに罪を背負っちまったら、あいつは責任の取り方も知らないクズに成長しちまうかもしれねぇぞ?」
「それは……!」
「そもそも、あんたが自分の代わりに犠牲になった事を知って、あいつが納得すると思ってるのか?」
「…………」
俺の問いかけにプリウスが無言で応える。俺はベルファイアの事なんて全然知らない。だが、プリウスの言う通り家族のために手を汚すような奴なのであれば、プリウスが身代わりになることなんて絶対に認めないだろう。
俺は渡された盗品の入った箱をプリウスへと返す。
「神父さん。本当にあんたがあいつの父親なら、やるべき事はあいつの代わりに罪を被る事じゃねぇだろ」
「…………」
プリウスは神妙な顔で俺から箱を受け取ると、きもちを整理するためにゆっくりと息を吐き出した。
「あの子と話をしてきます。申し訳ありませんが、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
「教会なんかあんまり来た事がなかったからな。ちょうど見て回りたいと思っていたところだ」
「私達の事はお気になさらず、納得のいくまで話し合ってください」
「ありがとうございます」
プリウスは弱々しく微笑むと、大切そうに箱を抱えながら俺達に背を向け歩いて行った。
「……難しいですね」
俺達以外に誰もいなくなった教会で、セレナが沈痛な面持ちで呟く。
「ベルファイアさんがやった事は許されない事です。ですが、どうしてそのような事をしたのか事情を伺うと……どうにもやるせないです」
「中には大した理由もなく凶行に出る
「それは……そうですね」
ぐっと固めた拳を自分の胸に当てながらセレナは静かに頷いた。こういうセレナの甘さは彼女の良さであり、欠点にもなりうるセレナが悪意を持った人間に騙される場面が容易に想像する事ができた。実際に、それによってセレナは教会から追放されているのだから。だが、その甘さを捨てる必要はない。いや、捨てて欲しくないというのが正しいか。一人くらいこんな純白の甘ちゃんがいてもいいだろ? この先セレナを陥れようとする奴が出てきたら、俺が排除すればいいだけの話だ。
「あ、あの!!」
特にやる事もなくぶらぶらと内装を観察していたら突然声をかけられた。
「ん? お前は確か……」
「ポーラさん、でしたよね。どうしました?」
教会が抱える四人の孤児のうちベルファイアの次に年長者であろうポーラに、セレナが優しく話しかける。ポーラは言葉を探すように沈黙すると、不安そうな顔で口を開いた。
「ベ、ベル兄は何か悪いことをしてしまったんですか!?」
「あー……えーっと……」
まっすぐな目と言葉を前に、セレナが言葉を濁す。ここは俺が答えるべきだな。
「お前らの兄貴は盗みを働いたんだよ」
「盗みを……!」
ポーラがショックのあまり言葉を失った。なんとも言えない表情でセレナがこちらを見てきたが、俺は小さく首を左右に振る。カーゴとシャマルだったか? あの二人はともかく、ポーラは分別のつく年齢に見える。それならば事実をはっきりと伝えた方がいい。
「ベル兄が盗みを……ですか」
現実を受け止めるようにポーラが呟く。しばらくの間思い悩んだ様子を見せてから、ポーラは俺達に視線を向けた。
「もちろんそれは……なにかしら罰を受けるんですよね?」
「そうなるな」
「それって……私も一緒に罰を受ければ、ベル兄の負担は軽くなりますか?」
「…………」
命乞いをするかのような表情で聞かれ、俺は返事に窮する。恐らくそれは無理だろう。盗みの共犯であれば一緒に裁かれるだろうが、それだとベルファイアの罪が軽くなるわけではない。
「あいつは本当に好かれているんだな」
「っ!? べ、別に好きってわけじゃ……!」
顔を赤らめ慌てるポーラを見て、セレナがくすりと笑う。そして、すぐに真剣な表情になると、ポーラの眼をまっすぐに見つめた。
「ポーラさん。私もベルファイアさんの置かれている環境を聞いて、何とかしてあげたいと思いました。ですが、レオンさんの言葉を聞いてハッとしたのです。自分がやった事の責任は自分で取らなければならない、と。彼の将来のためにも冒険者ギルドへ赴き、一人で罪を償うべきだと思います」
「…………」
落ち込むポーラにセレナが優しく微笑みかける。
「ですが、ベルファイアさんの人柄だけはしっかりと伝えさせていただきます。彼が罪を犯したのは自分の責任だと罪を被ろうとする方や、共に罪を償おうと名乗り出る方がいるとても慕われた人物であることを。そうすれば少しは罪が軽くなるかもしれません」
「ほ、本当ですか!?」
希望を見出した顔でセレナに問いかけるポーラ。そんな彼女を安心させるようにセレナは力強く頷いた。
「おいおい。そんな無責任な事を言っていいのか?」
「大丈夫ですよ! キャリィさんならちゃんと話を聞いてくれるはずです! それに……私達、結構魔物を倒してますから、少しくらい融通してくれますよね?」
セレナが悪戯っぽくウインクする。出会った当初のセレナであればそんな事は考えもしなかっただろうに、随分と強かになったものだ。まぁ、嫌いじゃないが。
「今、お前達の神父と話しているだろうから、その後の態度次第だな。保護者の話が聞けないようなボンクラなら容赦なくギルドへ突き出す」
「そ、それは……! ベル兄って基本ボンクラだからどうしよう……」
「もうレオンさん! いたいけな女の子を脅さないでください!」
「別にそういうつもりじゃねぇけど、本心だ」
ムッとした表情を見せるセレナに俺はさらりと言い放つ。育ての親からの言葉を蔑ろにする奴はきっちり裁かれた方がいい。そいつのためにもな。ただでさえさっきドアの影から俺達の話を聞いてたんだ、それで何も感じないような奴なら尚更……。
「ベルファイア!!」
突然、建物内に叫びにも似た声が響き渡る。俺達が同時に声のした方へ顔を向けると、そこには焦った様子のプリウスが立っていた。
「……すみません。こちらにベルファイアは来ませんでしたか?」
「何かあったのか?」
冷静に尋ねると、一瞬言葉に詰まったプリウスが困惑するような表情を浮かべる。
「いや、その……ベルファイアと話をしていたらあの子が不意に私の持っていた箱を奪って走り去ってしまいました……」
……なるほど。これは容赦なく突き出す案が濃厚になったかもしれないな。
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