第103話 教会の神父
教会は町の外れの、北と南を分断するように流れる川の側に建てられていた。屋根にかろうじてついている十字架に気づかなければ教会だとわからなかった。ベルファイアの話の通り、大分経営が厳しいらしい。
「ここっス。おーい、兄ちゃんが帰ってきたっスよー!」
ベルファイアの後に続き中へと入る。おんぼろなのは見てくれだけじゃなく、中もしっかり廃れていた。あの王都のバカでかい教会しか知らないセレナは少しショックを受けているようだ。
「ベル兄!?」
ベルファイアが呼びかけてからほどなくして三人の子供が慌てた様子で奥から出てきた。そして、ベルファイアの姿を見つけると一直線に駆け寄ってくる。
「どこ行ってたんだよベル兄!」
「心配したんだから!」
「ベル兄いなくてシャマル寂しかった!」
「悪かったっス。ちょっとばかしこの人達の世話になってたっス」
兄弟達に抱きつかれ困ったように笑いながらベルファイアが言うと、そこで初めて三人が俺達の存在に気が付いた。
「紹介するっス。この一番ちっさいのがシャマルでこの生意気そうなのがカーゴ、んでもってこっちがみんなのお姉さんポーラっス」
「ポ、ポーラです……!」
比較的ベルファイアと年が近いであろうポーラだけはぎくしゃくながらも自己紹介をしてくれた。後の二人はベルファイアの後ろに隠れてこちらをじっと見ている。ベルファイアが教会にお客さんを連れてきた事なんてないだろうから戸惑っているんだろうな。そんな二人にセレナが身を屈めながら優しく微笑みかける。
「私はセレナと言います。よろしくお願いしますね」
「…………」
「わー……すっごくきれいなお姉さん……!」
セレナを見て目をキラキラさせるシャマルとポーっと見惚れて何も言えないカーゴ。あんな小さい少年も魅了するのか。恐るべしセレナの美貌だな。
「ベルファイア……やっと帰ってきたのですね」
三人から少し遅れて司祭服を身にまとった男がやって来た。神父はベルファイアを見て安心したような、俺達が一緒に来たのを不安に感じているような微妙な表情を浮かべる。
「……三人とも、兄貴達がお土産を持ってきてくれたからあっちで食べるっスよ」
「おみやげ!? なになに!?」
「ハンバーグとステーキっス。デザートもあるっスよ」
「まじかよ!」
「わーい!」
歓喜の声を上げるとカーゴとシャマルは足早に教会の奥へと走っていった。だが、ポーラだけはその後を追いつつも心配そうな顔をベルファイアに向ける。そんなポーラにニッと笑いながらベルファイアが二人の後を追うように視線を送った。少し迷った素振りを見せたポーラだったが、大人しくベルファイアの指示に従い、二人の後に続いてこの場からいなくなった。
「じゃあ俺はあいつらにこれを食わせてくるんで、後はよろしくお願いするっス」
「待ちなさい。まだ話を聞いていませんよ」
「詳しい事はこの人達から聞いて欲しいっス」
引き止めようとする神父の手をすり抜けてベルファイアは三人の所へと行ってしまった。その背中を見て神父が深々とため息を吐く。
「まったくあの子は……お恥ずかしいところをお見せしました」
神父はこちらに向き直り、深々と頭を下げた。歳はそんなにいってなさそうだが、かなりやつれている。相当苦労しているようだな。
「私はこの教会の管理を任せられているプリウス・キッドマンと申します」
「冒険者のレオンだ」
「同じくセレナです」
…………あれ? 自己紹介が足りない気がするんだが?
「……ミラはどこいった?」
「『ミラもハンバーグとステーキを食べるです』と言ってベルファイアさんの後を追って行きました」
「何やってんだあいつ……」
というかさっきあれだけ食ってまだ食えるのか? あいつの胃袋に恐怖すら覚えるぞ。
「…………」
プリウスが僅かに眉を顰めてセレナの顔を見ていた。
「セレナがどうかしたか?」
「ああいえ。どこかでお会いしたことがある気がしたもので……」
「と言ってるが?」
「この町に来たのは今回が初めてなので、プリウスさんとお会いした事はないと思います」
「そうですか」
セレナがキッパリと言い放つも、どこか腑に落ちない様子のプリウス。教会関係者として一度くらい王都の教会本部に行った事があってもおかしいことではない。そこでセレナを見た事があるのだとしたら、この場にセレナを連れてきたのは少々迂闊だったかもしれない。
「……失礼しました。女性の顔をジロジロ見るのは不躾でしたね」
「いえ、お気になさらないでください」
セレナがニッコリと笑いかける。なるほど。こうやって堂々としている方が意外と気づかれないって話か。魔物との戦闘を数多く経験したからなのか、随分と度胸がついたものだ。
「それでレオンさん達はどのような要件でこちらに? ……もちろん、礼拝に来たわけではありませんよね?」
「残念ながらな。お宅で世話してるベルファイアについて話があって来たんだよ」
「あの子が何かご迷惑を?」
「あいつは盗みを犯した。被害は複数に渡る」
遠回しに行ったところで仕方がないので、ストレートに事実を伝える。
「…………そうですか」
少し沈黙からプリウスが囁くような声で言った。俺達がベルファイアとともにここに来た時からある程度予想していたんだろう。悲しい顔はすれど、驚いた様子はなかった。
「少しお待ちください」
力のない声で言うとプリウスはアルテム教が崇拝する女神アルテミシアの像が置かれている台座まで移動し、その板を外す。そして、台座の中にしまわれていた小さな箱を大事そうに持ってきた。
「こちらをお納めください」
「これは?」
「あの子が盗んできたであろうお金になります」
手渡された箱の中身を確認すると、それなりの数の金貨や銀貨が入っていた。
「最近になって急にベルファイアが『働き口を見つけた』と言って、教会にお金を入れてくれるようになったのです。教会のために動いてくれた彼に喜びを感じてしまい、私は詳しい事情も聞かずにそれを受け取ってしまいました。ですが、万が一の可能性を考慮して、手をつけずにこうして保管していたのです」
「万が一の可能性っていうのは?」
「……あの子が自分のジョブを利用して、悪事に手を染めたのではないかという事です」
「ジョブ、ねぇ……」
その言い方で俺の予想が当たっている事を確信する。ベルファイアからはなんとなく俺と同じ匂いを感じた。性格や生き方がではない、そのうちに秘めている能力が、だ。つまりあの男は……。
「……あの子は
「なっ……!?」
セレナが驚きに目を見開き、すぐさま俺を見た。対する俺に動揺はない。自分の子供が
「あの子には生まれつき盗みの才能がありました。だからこそ、それを悪用しないよう幼い頃からしつこく言い続けて来ました。その甲斐あって彼はアルテミシア様に顔向けできないような真似をしたことはこれまで一度もありません。ですが、彼もこの教会が置かれている現状を理解できるほど大人になり、どうにかしようと悩んだ結果、悪魔の囁きに耳を貸してしまったのでしょう……とても優しい子ですから」
そこで言葉を切ると、プリウスは辛そうな顔で俯く。
「この教会のため、ひいては自分の兄弟のために自分ができる事をしたんだと思います。とはいえ、どんな理由があろうと人様のものを奪うなどやっていいわけがありません」
体を小刻みに震わせながら唇を噛み締めるプリウスが覚悟を決めたように顔をあげた。
「その罪は償わなければなりません。ですが、償うのはベルファイアではない……彼を正しく導く事ができなかったこの私が償うべき事なのです!」
そう言い放つと、プリウスはその場で膝をつき床に頭をつける。
「プ、プリウスさん!?」
「レオンさん! セレナさん! 盗んだものはそっくりそのままお返しいたします! なのでどうか……どうか! その罪を私に背負わせていただけませんでしょうか!? たった一つの過ちであの子の未来を潰すわけには行きません! お願いします! 私を彼の代わりに冒険者ギルドに突き出してください!」
慌てふためくセレナが顔を上げさせようとするが、プリウスは頑なに床に頭をつけたままだ。
「レ、レオンさん……」
オロオロしながらセレナが尋ねてくる。俺は腕を組み、小さく息を吐いた。
「さて……どうしたもんか」
教会の奥に続く扉の影からずっとこちらに聞き耳を立てていた人物をちらりと横目で見ながら俺は呟いた。
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