第102話 盗人の正体

「……とまぁ、そんなわけでちょっとばかしお金を拝借してたわけっス」


 出されたハンバーグを美味しそうに頬張りながらベルファイアはこれまでの経緯を話した。大通りで衝撃の土下座を受けた俺は困り果てた結果、俺よりもセレナやミラの方が話しやすいだろうと判断し、一旦セレナ達と合流してから話を聞く事にした。昨日から何も食べていないからなんでもいいから腹に入れたい、と言ってきたので、適当な飯屋に入り今に至るというわけだ。


「……ベルファイアさんは教会に住む孤児なんですね」


 ベルファイアの話を聞いたセレナが微妙な表情を浮かべた。考えている事が手に取るようにわかるので一応釘を刺しておく。


「セレナ。過酷な環境にいるというのは罪を犯していい理由にはならねぇぞ」

「はい、それは分かっています。ですが……」

「甘やかしてもこの男のためにならないです。自分のした事を理解させるために厳しい罰を与えるべきです」


 巨大なウィンナーが刺さったフォークを突き出しながらミラが言った。いや、お前朝飯ガッツリ食べていたよな。その小柄な体のどこに収まる余地があるんだよ。


「反省してるっス。もう二度とやらないっス。あ、ステーキも追加していいっスか?」

「ミラの分も頼めです」

「……お前全然反省してねぇだろ」


 許可をもらう前に店員に注文をするベルファイアに俺はジト目を向ける。


「つーか、俺に捕まった時のしおらしい態度はどこいったんだよ?」

「べ、別に捕まった相手が意外と甘ちゃんそうだから余裕が出たわけじゃないっスよ? これはあれっス。反省し過ぎてフレンドリーになっただけっス」

「意味わかんねぇよ」


 俺はため息を吐きながらコーヒーを啜った。こんな奴を警戒していた自分をぶん殴りたい。

 

「まぁ、こいつのバックにでかい組織があるわけじゃないって事がわかったんだ。さっさと冒険者ギルドに突き出してしまいだな」

「冒険者ギルドに突き出す!? そ、そうなると俺はどうなるんスか!?」

「さぁ? 犯罪奴隷になって鉱山送りじゃねぇか?」

「鉱山送り……!?」


 ベルファイアの顔が一瞬で真っ青になる。次の瞬間、大通りで見せた見事な土下座を再び披露した。


「盗んだものは全部返すんで勘弁してほしいっス! 鉱山送りになんてされたら教会に残された妹や弟が路頭に迷う事になっちまうっス!」

「そういう同情を誘う話はギルドの連中にやってくれ。俺にするだけ無駄だぞ」

「見捨てないでくださいっス! 俺と兄貴の仲じゃないっスか!!」

「俺とお前の間柄は財布を盗んだ加害者とその被害者だ」


 足にしがみついてきたベルファイアに俺は冷たく言い放つ。教会が立ち行かなくなり、このままだと孤児達の住む場所が無くなる。確かに可哀想な話ではあるが、はっきり言って俺には関係のない事だ。


「レオンさん……冒険者ギルドに行く前に一度教会に足を運んでみませんか?」

「セレナ、お前何を言って……」

「教会が孤児院の代わりをしているという事は、教会の神父が彼の保護者になります。であればまず、その神父の方に状況を説明した方がいいと思います」


 それこそ冒険者ギルドの仕事だ、と喉まででかかったが、セレナの顔を見た俺はそれを言うことが出来なかった。


「……教会に行くんだぞ? いいのか?」

「構いません」


 力強く答えるセレナ。セレナにとって教会に行く事は、瘡蓋かさぶたにナイフを突き立てるようなものだと言うのに。俺はガシガシと頭をかいた。


「はぁ……わーったよ」

「レオンさん! ありがとうございます!」


 心底嬉しそうに笑うセレナ。本当に俺はセレナのこの顔に弱い。


「セレナもレオンも甘すぎです。レオンは実際に財布を取られているんだから制裁を加えるべきです」

「制裁って例えばどんな?」

「もう二度と盗みができないように両手を切り落とすです」

こえぇよ!」


 どういう環境で育ったらそういう発想が出るようになるんだ。ミラの将来が不安で仕方がない。


「たくっ……お前もそれでいいか?」

「……正直嫌っスけど仕方がないっス。情けをかけてくれて感謝するっス」


 しょんぼりと立ち上がりながらベルファイアが自分の席に座る。と思ったら運ばれてきたステーキをむしゃむしゃと食べ始めた。


「……結構図太い神経してんのな、お前」

「出されたものを残したらバチが当たるっす」

「む、それはいい心がけです。少しだけ見直したです。両手を切り落とすのは勘弁してやるです」


 ナイフで切らずにそのままステーキに齧り付きながらミラはうんうんと頷く。どこで共感しているんだこいつは。


「あっ……」

 

 突然ステーキを食べていたベルファイアの手が止まった。


「どうした?」

「兄妹達も最近満足に食えてないんスよ。それなのに俺がこんなに食べていいのかと……」


 申し訳なさそうにフォークを置くベルファイアを見て俺は深々とため息を吐く。


「この店の料理を適当に持ってけばいいだろうが」

「でもそんな金俺にはないっス……」

「アホ、そんなこと知ってるっつーの。セレナ、教会に行くなら手土産の一つでも持って行きたいんだが、構わねぇか?」

「もちろんです!」


 満面の笑みでセレナが答える。それを聞いたベルファイアが目を輝かせた。


「まじっスか! あざーっス!」

「だからお前はさっさと」

「あ、店員さーん。さっき頼んだハンバーグとこのステーキ、パンを五人前テイクアウトでお願いするっス! ああ、あとサラダもつけて欲しいっス! 肉ばっかじゃ体に悪いっすからね! それとバナナのシフォンケーキに洋梨のタルトも五人前で!」

「……本当に図太い神経してんな」


 意気揚々と注文するベルファイアを見て、俺は呆れるのを通り越して感心するのであった。

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