第101話 やられたら

 壊れた窓から差し込む日差しでベルファイアは目を覚ました。冒険者の男から逃れるために入った廃屋で戦々恐々としていたらいつの間にやら眠っていたようだ。服についた土埃を払いつつベルファイアはこっそり外の様子を伺う。早朝という事もあり、人影は全く見当たらなかった。


「……諦めてくれたんスかね」


 ベルファイアはホッと胸を撫で下ろす。それでもまだ油断はできない。ベルファイアは慎重に周囲を確認しながら廃屋を出た。


「……とにかく教会に帰るっス」


 ひどく疲れた体を引きずり、ベルファイアは朝の町を歩いていく。それにしてもあの男は一体何だったというのか。これまでターゲットとしてきた者達とは明らかに違った。確かに自分は盗む時にぶつかるというミスを犯したが、それでも盗まれたという感覚を与えずに事を成したはずだった。にもかかわらずあの男は瞬時に盗まれたことに気がついた。


「もしかして俺の犯行が広まってるっスか……?」


 だとしたらあの男が夜中に一人であんな場所を歩いていたのにも頷ける。自らが囮となり、自分の事を捕まえようとしているのだ。これは想像以上にまずい状況になっている可能性がある。ここはいち早く教会に戻ってしばらく大人しく――。


「――黒頭巾の男はいたか!?」


 悶々としながら歩いていたベルファイアの耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。反射的に身を隠したベルファイアは、恐る恐る顔を覗かせると、少し先で二人の冒険者が話している姿が見えた。

 

「いや、こっちにはいなかった!」

「絶対に見つけ出すぞ! 俺達が邪魔したせいでレオンさんは盗人をとり逃がしちまったらしいからよ!」

「レオンさんに迷惑をかけた分をとりかえさねぇと!」


 そう言って走り去っていた冒険者達を建物の陰から見送ったベルファイアは、その場で呆然と立ち尽くした。今の二人は自分を探しているに違いない。全身から冷や汗が噴き出す。

 とにかく見つからないように移動しなければ。ベルファイアは震える体に鞭を打ち、人の気配に細心の注意を払いながらゆっくりと進んでいく。だが、行く先行く先で何かを探し回る冒険者達に出くわすのであった。


「ど、どうしたら……!」


 ベルファイアの思考回路は完全に迷宮と化していた。少なくとも十人以上のぼうけんしゃに自分は追われている。極限まで気配を消して移動しているとはいえ、このまま誰にも見つからず教会まで移動するのは不可能ではなかろうか。


「裏通りまで探してんスか。くそ……!!」


 冒険者達の探索範囲に思わず顔を歪める。人通りの少ない道を選ぶだけではダメだ。回り道になったとしても誰もいない安全な道を進まなければならない。


「……いや、冷静になるっス。こういうときこそ焦りは禁物っス」


 大事なのは冒険者達に見つからない事。押し寄せる不安を無理やり押し殺し、息を潜めてベルファイアは冒険者の動きをじっくりと観察した。そして、ある事に気がつく。


「……あいつら大通りは探してないんスか」

 

 冒険者達が探しているのは普段人がいないような道ばかり。盗人を探しているのだから当然といえば当然だった。光明が見えたベルファイアは意を決して大通りに出る。

 商業の町として栄えている南ダコダの大通りというのに、まばらにしか人がいなかった。もう少し人がいた方が紛れやすいのだが、この際贅沢は言えない。平静を装いつつ歩きながら周囲に注意を払う。予想通り冒険者の姿はなかった。このまま進んでいけば無事に教会へと辿り着く事ができる。そうすればこちらの勝ちだ。そのまま教会から出ずに大人しくしていれば、いずれ騒ぎは収まるはず。そうすればまた他のターゲットを見つけて……。


 ドン。


 希望が芽吹き始めたベルファイアに何者かがぶつかってくる。特に気にせずそのまま歩いて行こうとしたベルファイアだったが、自分の持ち物を調べ、はっとした表情を浮かべると、勢いよく振り返った。


「……こいつは返してもらうぜ。コソ泥さんよ」


 そこには昨日財布を盗んだ冒険者が、その財布を手に持ちながら不敵な笑みを浮かべて立っていた。


 *


 やっぱり思った通りだ。財布を取り返した俺を呆然と見つめる男を眺めながら俺は思った。


 思わぬ形で多くの手駒を手にした俺はその連中にある指示を出した。その指示とは「南ダコダの大通りを除く場所を回り、なるべく目立つように黒頭巾の人物を探し出す事」。ただ「探し出す」ではなく、どうしてこんな条件をつけたのか。それはもちろん確実に黒頭巾を捕獲するためだ。奴らが冒険者としてまだまだぺーぺーで実力が足りていないのもあるが、それ以上に人を探すにしては情報が少なすぎる。どうにでもできる服装の特徴を伝えたところで連中が目的の人物を見つけるのはほぼ不可能だ。盗人を捕まえるには俺が直に見て判断するしかない。そのためには盗人が現れるであろう場所を固定する必要があった。

 おそらく相手は俺と同じようなジョブを持っており、他人や自分の気配に敏感なはずだ。あいつらが分かりやすく町の中を探し回ってくれれば、その範囲に大通りが含まれていない事に気がつき、そこに出てくるはず。

 そう予測を立てた俺は、連中に指示を出してからじっと大通りで網を張っていたら、気になる男を見つけた。何食わぬ顔で一般人を装ってはいるが、なるべく目立たないようにしているが、消しすぎて逆に怪しまれないように自らの気配を調節している男。即座に気配を消した俺は、その男にぶつかりながらこっそり懐をまさぐり、自分の財布を見つけたところでこの男が盗人であることを確信した。


「思ったより若いな」


 ミラと同じくらいか? そうなるとあの気配の消し方は熟練の技ではなくジョブの特性で間違いなさそうだ。


「”血化鉄ちかてつ罠杭スパイク”」

「っ!?」


 冷静さを取り戻した男が逃げ道を探るように視線を動かしたので魔法を唱える。複数の巨大な杭が男を取り囲むように地面から突き出した。


「悪いな。逃すわけにはいかねぇんだよ」


 魔力を練り上げながらゆっくりと近づいていく。この状況であの男はどういう行動に出るか……戦闘に自信があるなら向かってくるだろう。なければ必死に逃げ道を探すはずだ。

 額から汗を流しながら男は視線を左右に巡らせる。この感じ、どうやら後者のようだ。だが、この状況で気配を消しても俺は決して逃さない。

 男は目を瞑りゆっくり息を吐き出すと、覚悟を決めたかのようにカッと目を開いた。そして、その場で勢いよく跳躍し、俺の目の前に見事なジャンピング土下座を決める。


「……は?」

「すんませんしたぁぁぁぁっス!!」


 予想外の行動を前に目をぱちくりする俺の前で、男はこれでもかと地面に頭を擦り付け謝罪をするのだった。

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