第99話 手駒

 窓から差し込む日差しで目を覚ました俺はベッドから起き上がりつつゆっくりと伸びをする。結局、あの後黒頭巾の謎の人物を見つけることができなかった。ただの盗人に不覚を取ることになるとは……いや、あの気配の消し方は明らかに異常だ。おそらく俺と似たようなジョブなんだろう。キャリィから依頼を受けたときは仕方なくといった感じだったんだが、こうなってくると話が変わってくる。俺達がこの町で平穏に過ごすためにも、さっさとあの黒頭巾を捕まえなければ。


「……あー、レオンさん……おはようございます……」


 シャワーを浴び、身支度を整えた頃に、セレナが寝ぼけ眼で起き上がった。相変わらず朝に弱いな。


「おはよう。すごい寝癖だぞ。さっさと顔洗って目を覚ましてこい」

「ふぁーい……」


 欠伸をしながらのっそりと洗面所へ向かうセレナを見て俺は苦笑いを浮かべる。三十分後、意識が覚醒したセレナが洗面所から出てきた。


「ふぅ……やっぱり朝のシャワーは気持ちいいですね」

「目が覚めたか? 早速だが、今後の予定を決めようぜリーダー」

「今後の予定……キャリィさんから受けた盗人の件ですよね」

「ああ」


 神妙な顔でセレナが自分のベッドに腰掛ける。


「レオンさんから盗むほどの人物なんですよね。そんな人をどうやって捕まえればいいのか……」

『お笑い種やったでぇ? 財布を取られた時の主人は』


 俺の指輪からマルファスが笑いながら飛び出してきた。


『完全に油断しとったからの。よっぽど自分のジョブに自信があったんやろな。ぷぷぷ』

「おはようございます、マルさん」

『おー、セレナ。おはようさん』

「……何しに出てきやがったんだ」

『何言うとんねん。例の盗人を実際にこの目で見とるんは主人と儂なんやぞ? この話し合いに参加せん理由はないやろがい』


 狭い部屋の中を得意げに飛び回るマルファスにジト目を向けるが、なんの効果もなかった。


「マルさん、その盗人について話を聞いてもいいですか?」

『ええでええで。なんでも話しちゃるわ』

「何か特徴とかありましたか?」

『特徴のぉ……あれや。人間やったわ、うん。精霊ではなかったと思う、多分。あとあれな。けったいな格好しとったな。黒い頭巾を目深にかぶっとったせいで顔は見えへんかったわ』

「……そ、それだけですか?」

『そ、それだけなわけあるかい! えー……うー……あっ、大事なこと思い出したわ!』

「な、なんですか!?」

『なんかめっちゃ怪しかったわ! めっちゃ盗む感じがした! なんでも盗んでまうでーって心意気が痛いほど伝わってきたわ!』

「…………」

 

 おい、駄精霊。どうしてくれるんだ、この空気。


『あー……おっと。昨日酷使されたせいかなんや魔力切れな感じするわ。ちゅーわけで儂は体力回復に勤しむとするかの!』


 そう言うや否やマルファスは俺の指輪に戻っていった。マジでなんのために出てきたんだあいつは。


「……マ、マルさんからいただいた有力な情報を元に、これからの事を話しましょうか」

「セレナはあのバカ鳥に甘いな。役に立たなかった時ははっきり言ってやるのも優しさだぞ」

「そんな……精霊様に畏れ多いです」


 確かアルテム教は精霊をアルテミシア神の使いだと説いているんだったか。教会から追放されてもその染み込んだ信仰は抜け切らないんだろうな。


「やっぱり地道に探すしかないんですかね」

「相手は気配を消すプロだ。俺達三人と一羽で探してたら何日かかるかわからねぇな」

「モコさん達に助力を頼みますか?」

「……あんまり気が進まねぇな。危険が未知数だし、何かあったら俺はここのおかみさんに合わす顔がねぇよ」

「ですよね……」


 思わず二人で同時にため息を吐く。


 ドンドンドン!


 若干どんよりとした空気が漂ってきた時、部屋の扉が突然外から叩かれた。


「レオンさーん! セレナー!」

「この声は……」

「ミゼットさんですね」


 モーニングコールを頼んだ覚えはないんだが? 不思議に思いつつ扉を開けると、倒れ込むようにミゼットが部屋へと入ってきた。


「朝っぱらからどうした?」

「た、大変だよ二人とも! と、とにかく一緒に来て!」


 そう言って部屋からミゼットが飛び出していく。俺とセレナは互いに顔を見合わせ、その後についていった。そして、宿の外に出たところで目の前に広がる予想外の光景に俺は思考が停止した。


「あっ! おはようございますレオンさん!!」


 ……なぜだ。なぜ包帯でぐるぐる巻きの状態で、南ダコダ冒険者ギルドに所属する男どもが全員ミゼットの宿の前に集合しているんだ? あぁ、いや。包帯ぐるぐる巻きの理由は知っているんだが。


「皆さん!? どうしたんですかその怪我は!?」


 セレナが驚きの声を上げる。あー……その理由は別に聞かなくてもいいんじゃないか、うん。重要なのはなんでこいつらがここにいるかって話で……。


「これはレオンさんから受けた愛の鞭です! 愚かで無知な僕達に冒険者とは何たるかをその拳で直接教えていただきました!」

「……え?」


 ものすごい勢いでセレナが俺を見てくる。恐ろしくて俺は彼女の方を見る事が出来なかった。


「……レオンさん?」

「い、いやあれだ。その……男同士で色々と語り合ったというか……」

「レオンさん」

「はい。説明します」


 竜をも凌ぐ凄まじいセレナの迫力を前に、俺は大人しく昨日の顛末を話すことにした。もちろん、正当防衛であることは三回ほど強調して、だ。


「そんな事があったんですね……まったく」


 宿の食堂で一部始終話すと、こめかみをぐりぐり指で押しながらため息を吐いた。


「事情は分かりましたが、どう考えてもやり過ぎです。今後は気を付けてください」

「すいませんでした」

「流石はレオンさん! やっぱりバモスさん程度じゃ相手にならなかったね!」

「ミゼットさん! レオンさんを甘やかさないでください!」


 外で待機している男どもをチラ見しながらいい笑顔でサムズアップするミゼットにセレナが苦言を呈する。やはり奴らが手を出してきてからやってよかった。そのおかげでこの程度の小言で終わったんだ。もし俺から手を出してようものならセレナの雷が五回は落ちてたと思う。


「というかさー。突っ掛かってきたバモスさん達をレオンさんがボコボコにしたっていうのは分かったけど、なんであの人達はうちの前に集まってるの? レオンさんが招集かけたの?」

「いや? そんな事はしてねぇよ」

「聞いてみた方が早そうですね」


 そう言って俺達は宿から出る。外では直立不動の姿勢で冒険者達が待っていた。ちょっと怖い。


「レオンさん! お話は終わりましたでしょうか?」

「ああ、まぁな。……で? なんだってお前らはここにいるんだ?」

「決まってるじゃないですか! 僕達に本物の冒険者の強さを見せてくれたレオンさんの役に立つためです!」


 あー、あれか。ヴィッツの時と似たような現象が起きてるのか。役に立ちたいっていうんなら今すぐこの場からいなくなってくれ。それが今一番俺が望むことだ。こんな風にぞろぞろ集まられたら鬱陶しくて……ん?


「み、皆さん! とりあえず一旦解散してください! このままここにいられるとミゼットさんのおうちに迷惑が……」


 スッと手を前に出し、セレナの発言を遮る。驚いてこちらを見てきたセレナに、俺はにやりと笑いかけた。


「ちょうどよかった。人手が欲しかったんだよ」


 盗人を追う事がどれほど危険なのかわからないから三人娘は巻き込めないが、目の前にいるバカどもは別だ。土地勘もあるし、人探しにはうってつけの人材だろう。役に立ちたいって言うんだから大いに役立ってもらおう。

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