第98話 鬱憤爆発

 夜の闇を切り裂くように町の中を駆けていく。相変わらず人気ひとけが殆どない。それは裏路地からメイン街の方へ出てきても同じだった。


主人あるじ


 上空を旋回していたマルファスが俺の元に戻ってくる。


「黒頭巾のやつはいたか?」

『ダメや。逃げ足の速いやっちゃで』

「そうか」


 俺もセンサーを最大限まで拡張しているが、それらしい気配を捉えることができずにいた。もはや気配を探るのは不可能かもしれない。実際に俺の感知を掻い潜り、懐から財布を奪っていったのだから。それなら町中を巡り、目視で発見するまでだ。


『どうする? セレナ達と合流するんか?』

「そうだな。注意喚起してあいつらを宿に帰してからの方が落ちついて探せ……」


 途中で言葉を切り、周囲に目を向ける。……どうやら囲まれているみたいだ。マルファスも気づいたのか、警戒しながら俺の肩にとまった。


『飛んで火に入る夏の虫っちゅうやつか?』

「どっちが虫なのかわからねぇけどな」


 二十……いや二十三か。ジリジリと俺達に近づいてきている。盗人野郎の仲間か? 勝手に単独犯だと思っていたが、組織ぐるみの盗みだったという事か。


「マルファス、お前はセレナ達の方に行け」

『自分はどうするん?』

「幸い一般人の姿は見当たらない。多少はハメを外しても怒られやしねぇだろ」

『ほどほどにしとき? 度がすぎると可愛いらしい聖女様に怒られるで?』

「……そいつはおっかなくて震えそうだ」


 軽口を叩きながら飛んでいったマルファスを見送りつつ、改めて今置かれている状況に集中する。俺に向かってきているのは二十三人の謎の集団。どうやら黒頭巾とは違って気配を隠そうとはしていないようだが、油断は禁物だ。この集団が黒頭巾と同じ盗人グループであれば、俺は見事に罠にかけられた事になる。


「……かくれんぼをする時間帯でもねぇだろ。さっさと出てきたらどうだ?」


 謎の集団に緊張が走るのを感じた。しばらく動きがなかったが、静かにその姿を現した。俺は大きく目を見開く。


「お前は……バカス!」

「バモスだ! バモス・アクトン!」


 俺の言い間違いにバモスが顔を真っ赤にして怒りを露わにした。まさかこの男が盗人グループだったとは……いやこの男だけじゃない。現れた男達はどいつもこいつも一度は見た事のある奴らだった。南ダコダの冒険者、それがグルになって盗みをやっていたというのか。


「なんだお前ら? 女のケツばっか追っかけてるからギルドから出禁でもくらったか?」

「お、女のケツ!? 失敬な! 僕達はそんな下劣ではない!」

「盗人の分際で何言ってんだか」


 軽い口調でそう言いながらも警戒レベルは最大のままだ。黒頭巾の手際は本物だった。その仲間であるのであればこいつらもただ者ではないのかもしれない。初めてギルドで会った時も今この場でも大した事ない相手に感じるのは、こいつらが巧みにその実力を隠しているから。もしそれが事実なのであれば、思った以上に厄介な状況だな。


「盗んだのは君の方だろ!?」

「はぁ?」

「君は僕達から南ダコダ冒険者のアイドル達を盗んだんだ!!」

「……へ?」


 あまりに予想外の言葉に思わず間の抜けた声が出た。もしかしたら俺は大変な勘違いをしているのかもしれない。


「……ちょっと待て。お前らがここに集まっているのはなんでだ?」

「決まっているだろう! アイドル達との至福の時間を独り占めした君に裁きを下すためさ!!」


 一気に体の力が抜ける。いやいやいや、これは俺の油断を誘う作戦かもしれない。まだ気を抜くな。


「モコ・グウィルト! ミゼット・ハルムショー! タント・ナッシュ! 三者三様違った魅力を持つ僕達のアイドルだ! モコは気が強いながらも時折見せる弱さにグッとくるし、ミゼットは明るく天真爛漫なところが僕達の心を癒してくれる! タントはタントで口数が少なく、感情の起伏も殆どないけど、偶に見せる笑顔に男心が救われる……そうだよな!? みんな!?」

「ツンデレモコちゃん最高!!」

「ミゼットと朝まで酒を飲みたいぜ!」

「タントたんに罵られたい!」


 ……なるほど。こんなバカどもを警戒していた俺が一番バカだったということか。付き合うだけ時間の無駄だな。


「悪いな。お前らと遊んでる暇なんてねぇんだよ」

「逃がさないぞ!」


 先を急ごうとする俺の前にバカどもが立ち塞がる。募る苛立ちが自然と俺に舌打ちをさせた。


「あのなぁ……嫉妬すんのは自由だが、また今度にしてくれ。今夜は忙しいんだ」

「し、嫉妬なんてしていない! 僕らはただ、彼女達を騙す悪人から彼女達を救おうとしているだけだ!」

「言ってる意味がマジで分からん」

「君みたいなぶっきらぼうな男を彼女達がなにもなく慕うわけがない! どうせ裏の世界で出回る禁止された魔道具かなんかで彼女達を洗脳しているんだろう! 絶対に許さないぞ!」


 バモスの豊かな想像力の前に思わずため息が出る。


「……許さないってどうするんだよ?」

「本当は話し合いで解決したいところだけど、君のような忠告を無視する男には口で言っても分からないだろうね」

「忠告? ああ、モコ達を誘うなってやつか。忠告通り俺からは一度も誘ってねぇぞ」

「嘘も大概にするんだな! 一緒に依頼をこなすよう強要していることなんて明白なんだよ!」


 バモスがいい具合にヒートアップしていく。それと反比例して俺の心は氷のように冷めていった。


「あんなにも可愛い子二人を侍らせておいて僕達のアイドルまで手を出すとは……有罪以外にあり得ない!」

「…………」

「君には一度痛い目にあってもらう! そうすれば女心を弄ぶ行為がどれほど重い罪なのか理解できるだろう!」

「…………」

「これは僕だけの意見じゃない! それはここに集まっている者達を見ればわかるだろう! 南ダコダの冒険者ギルドに所属する男全員が、君に不満を抱いているんだ!」


 無言の俺に、乗ってきたバモスが畳みかけてくる。それに呼応して周りの男達が構えを取った。


「さぁ、行くぞみんな! 僕らのアイドルを取り戻すんだ!」


 バモスの合図で男達が一斉に襲いかかってくる。俺は静かに息を吐き出すと、一番最初に俺のもとまで辿り着いた男に容赦なく上段蹴りを放った。


 ズドンッ!!


 凄まじい音を立てながら建物に突き刺さった同胞を見て、全員の動きがピタリと止まる。


「……あー、もう面倒くせぇな」


 こちとら正体不明の盗人にピリピリしてるんだよ。こんなところで無駄な時間を取らせてるんじゃねぇよ。


「大体てめぇらが不甲斐ないせいで魔物が好き放題増えまくって俺達の仕事が増えただろうが。こちとら美味いもん食いにきただけだっつーのによ」

「え? え?」

「先に手を出したのはてめぇらだ。正当防衛ならセレナにも言い訳できんだろ」


 状況が飲み込めず、戸惑うバモス達をギロリと睨みつける。


「――全員足腰立たなくなるまできっちり教えてやるよ。誰に喧嘩を売ったのかってことをな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る