第97話 油断

 キャリィから依頼を受けた俺達は調査を行う夜までは三人娘と魔物を討伐して過ごした。とは言っても、魔物の群勢スタンピードの危険性がかなり低くなったということで、今日はチームを分けたりせず全員でのんびり狩りを行った。この町に来てから何かに取り憑かれたように魔物を狩っていたから偶にはいいだろう。まぁ、取り憑かれていたのはセレナだけな気がしないでもないが。

 いつものように魔物の討伐報告を行い、いつものように三人娘と夕食を食べ、三人娘と別れた俺達は早速調査に乗り出すことにした。効率を考え二手に分かれることにし、セレナとミラには比較的町の中心を歩いて回るよう指示する。盗人の正体がわからない以上、あまり危険な場所には行かせたくない。二人とも俺が日々鍛えているからそこら辺の悪漢に遅れをとるような事はないだろうが、一応の保険だ。その保険にはセレナが誤って盗人をこの世から消し去ってしまわないようにする、というものもある。


 というわけで、俺は一人でさびれた路地裏へとやってきたのだが……。


『かー、やってられへんわ。なしてこの儂がこない仏頂面の男と仲良く町ん中歩かなあかんのや』


 どうやら俺は一人ではなかったらしい。


「……気に入らないなら俺の肩に乗ってないで指輪に戻っててもいいんだぞ?」

『何言うとんねん。一人じゃ怖い言うからしゃあなしに付き合うてやっとるんやないかい。感謝せぇよ』


 俺の肩をいい感じの止まり木か何かと勘違いしているマルファスに言うと、マルファスが吐き捨てるように言った。そんなことを言った覚えはないんだが、それを指摘したところで不毛な言い合いをしなきゃいけない気がするので、ここはスルーを選択する。


『あーあ。どうせならあっちの方についていきたかったわ。美人な姉ちゃんとめんこい娘がいる方が護衛も捗るっちゅうもんや。何が悲しゅうて野郎二人でこそこそ夜道を散歩せなあかんねん』

「お前オスだったのか」

『あほ。精霊様を人間や魔族と同じ定規で測るんやないでぇ。儂らは自分らを超越した存在なんやから、性別なんかあるわけないやろ。せやけど世間一般的に考えてや、無愛想な男と華のある女子おなご二人、どっちと一緒にいたいかっちゅう話や』


 分かるようで分からない話だ。まぁ、俺もセレナとミラの二人とやかましいエセ精霊のどっちと一緒にいたいかと聞かれれば、迷うことなく前者を選択するのでそういうことなんだろう。


『にしても、きな臭い場所ばっかり歩いとんな』

「説明したろ? 俺達は盗人調査をするって」

『人様の物を盗ろうっちゅうお天道様に顔向けできないような奴は総じてこういう陰気臭い場所を好むんは理解できるが……長居すると自慢の羽根が湿気そうやわ』


 不服そうな顔でマルファスが羽繕いをする。


『……まぁ、せっかくの機会や。こういう場所にお誂え向きな話でもしよか?』

「どんな話だ?」

『あの姉ちゃんの前じゃしづらい話や』

「…………」


 俺が何も言わずにいると、マルファスが俺の頭を軽く突いた。


いてぇなおい」

『無視すんなや。別にええやろ? 男同士で仲良く内緒話といきましょか』

「……性別はないんじゃなかったのか?」


 俺は小さくため息をつく。


「内緒話ってお前がうるさく聞くから話しただろうが」

『儂の主人が幼馴染から捨てられた残念な男で、セレナが教会のおっさんに嵌められた可哀想な子やってのは聞いたわ。出会いの話も儂に会うまでの経緯も。……それと、儂に会う前の町で起こったことものぉ?』


 軽い口調で話していたマルファスが最後だけ真面目な声で言った。横目で見ると、マルファスは鋭い視線を俺に向けている。その目は適当な発言は許さない、と雄弁に語っていた。


『ちゅうわけで説明してもらいましょか。主人にどういう思惑があるのか』


 言葉は少ないが、マルファスの言いたい事は十分に伝わった。こんな話を振ってくるのも、俺達の事を心配しての事だろう。少し迷ったが話す事にした。俺が抱く疑念と考えを。


『……なるほどの』


 一通り話したところでマルファスが静かな声で言った。


『自分の考えとる事はわかったわ。だとしたら今のこの状態はやばいんちゃうんか?』

「この町に奴らの気配はない。確実に安全だ、とは言えねぇが多分大丈夫だろ。命を狙われているとはいえ、あいつを雁字搦めに縛り付けたくはねぇからな」

『……それならええけど。油断は禁物やで?』

「わーってるよ」


 少しでも不穏な気配を感じたらいつでもセレナを守る準備はできている。だが、彼女は冒険者パーティの仲間だ。そう簡単にやられない、と俺は信じている。


『ほな、とっととコソ泥捕まえてあの姉ちゃん達と合流しようや。リスクは低い方がええやろ』

「そうだな。都合よく現れてくれると助かるんだが……」


 ドン。……え?


「おっと、悪いっス」


 黒頭巾を被った何者かが、俺にぶつかりそそくさと闇の中へ消えていった。一瞬、頭の中が真っ白になった俺はすぐさま俺は自分の体をまさぐる。


「……やられた」

『ん? どないしたん?』

「財布を取られた」

『なにぃ!? ちゅう事は今ぶつかってきた奴がコソ泥っちゅう事かいな!? さっさと追うでぇ!!』


 俺の肩から飛び上がり、黒頭巾が消えた方に飛んで行こうとしたマルファスだったが、動こうとしない俺を見て眉を顰めた。


『どないしたん? 顔色悪いで?』

「今の奴……俺にぶつかってきたんだ」

『儂も見とったで。それがなんや?』

「……俺のジョブは"暗殺者アサシン"。気配を消す事、探る事に関してはあの"勇者"をも凌駕する自信がある。にも関わらず、そんな俺に気配を悟られる事なく懐まで入ってきたんだぞ? 最大限警戒を払っていたわけじゃないにしてもだ」


 その事実が俺の体から冷や汗をかかせる。奴が子供でも扱えるようなナイフを持ち、ぶつかりながら心臓にそのナイフを突き立てていれば俺は死んでいた。


『せやったら尚更さっさと後を追わんかい! 主人が身の危険を感じるほどの相手を放置しとったらセレナ達も危ないやろがい!』

「っ!?」


 マルファスの怒声で我を取り戻した。教会の追手だけがセレナに危害を及ぼすわけではない。それを忘れていた。


「悪い。日和ってたわ」

『分かればええ』

「黒頭巾のやつを追うぞ。先行しろマルファス」

『まかしときぃ!』


 勢いよく飛んでいったマルファスを追うように、俺は夜の町を走り出した。

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