第96話 南ダコダギルド長の頼み

 クローズ商会の娘とのカオスな飲み会の翌日、俺達は再びダコダ冒険者ギルドのギルド長室に呼び出された。


「監視係の職員からの情報なのですが、レオンさん達のおかげで魔物の脅威が随分と薄まったようです! 本当にありがとうございます!」


 トレードマークの眼鏡がズレるのもお構いなしで、ダコダ冒険者ギルド長であるキャリィ・ウォーラルが頭を下げる。


「少しでもお役に立てたのであればよかったです。これで町が魔物に襲われる心配は無くなったのですか?」

「確実に安全とは言えませんが、それでも以前よりはずっとマシになりました! あなた達がこの町に来てくれるまでは『魔物の群勢スタンピード一歩手前』という状態だったのに、今は『魔物の動向に警戒すべし』というところまで警戒レベルが引き下がりましたから!」

「それはよかったです。前にお世話になった町では魔物の群れが襲ってくる様を目にしたので……あれはとても恐ろしいものでした」


 セレナがアオイワでの一件を思い出しながら言うと、隣にいたミラがハッとした顔でセレナに視線を向けた。


魔物の群勢スタンピードは地震や噴火といった災害と等しいものですからね。引き起こされれば被害は甚大です。そうならないよう日々汗を流すのがギルドの役目の一つではあるのですが中々……特にこういう特殊な状況に置かれた町では厳しいのが現状です」


 高ランクの冒険者はおらず、いるのはダコダ出身の若手ばかり。おまけに町の情勢が悪く外からの助力が絶望的となれば、魔物が好き勝手増えまくるのも無理はないだろう。監督能力の欠如だとキャリィの事を責める気にはなれない。


「とにかく冒険者ギルド南ダコダ支部一同、あなた達のパーティには感謝しています! そういうわけでかなり異例なのですが、ミラさんもDランクに昇格させていただきます!」

「本当ですか!? よかったですねミラさん!」

「え? あ、あぁランクが上がって嬉しいです」


 自分の事のように喜ぶセレナに面食らっているのか、それとも他に気になることがあるのか、ミラが微妙な反応を見せた。だが、そんな事は気にせずミラの手をとってはしゃぐセレナを見て微笑んでいたキャリィだったが、すぐに申し訳なさそうな顔で俺の方に向き直る。


「あ、あのぉ……すみませんレオンさん。一介のギルド長が無理を通してランクを上げられるのはDランクくらいまででして……それでなくてもBランクからAランクへの昇格は……」

「ギルド長同席のもとSランク冒険者とやり合って、そのSランク冒険者とギルド長両方の許可が降りなきゃいけねぇんだろ?」

「本当にすみません……」


 別に謝ることでもないだろうに。それがギルドの取り決めなんだから文句を言うつもりなんてない。それに俺は自分のランクなんて正直どうでもいいからな。


「よくご存知ですね」

「セドリックの奴が昇格した時、まだ俺は同じパーティだったからな」

「あっ……」


 失言だったとばかりにセレナが自分の口に手を当てる。俺は苦笑いをしながら手をひらひらと振った。


「そう気を使うなって。お前とパーティを組んだ今、昔のパーティの事なんて記憶から抹消するような薄情な男なんだよ、俺は」

「レオンさん……!」


 悲しそうな顔で何かを言おうとしたセレナだったが、ぐっと口を閉じ、俺に笑顔を見せる。


「レオンさんなら今すぐにでもAランク冒険者になれそうですけどね」

「今のランクで不自由してねぇからな。当分はこのままでいい」

「それなら私とミラさんがBランクになってから一緒にAランクを目指しましょう!」

「……それはいいかもな」


 セレナのささやかな優しさに若干口角を上げながら俺は答えた。


「つーわけで、俺はランクなんかどうでもいいから気にする必要はねぇぞ」

「……そう言っていただけると救われます」


 俺がさらりと言うと、キャリィが再び頭を下げる。だが、その表情は変わらず心苦しそうであった。


「それでですねぇ……魔物の間引きはほどほどにやってもらえれば良くなったのですが……」

「ですが?」

「ちょっと違う問題が発生しましてですねぇ……」


 ぎこちない笑みを浮かべながらキャリィが自分の人差し指同士をツンツンと付き合わせながら、チラチラとこちらの顔色をうかがってくる。なんだか嫌な予感がする。


「えーっとですねぇ……ここのところ盗難の被害を受けたらしいという報告が町の各所で上がっているみたいなんです」


 その言葉だけでこれから言われることが大方予想できた。


「……そういうのは町の警備隊の仕事じゃねぇのか?」

「警備隊の方々は北ダコダと緊張状態であるせいでそちらの警戒に手一杯のご様子で……というか、そもそもその警備隊からの依頼なんです」


 申し訳なさから声も体も段々と小さくなるキャリィ。ちらりとセレナの顔を表情を確認した俺は深々とため息をついた。


「盗難の被害を受けたってのはどういう意味だ?」

「それが皆さん盗まれたかどうか自信が持てないらしく、気づいたら財布や身に付けていたものが無くなっていたみたいです」

「ただ単に無くしただけじゃねぇのか?」

「三件も立て続けにそんな報告がくるとなると無視することもできないらしくて……」


 そう言うとキャリィが土下座をするような勢いで机に頭をつけた。


「お願いです! その調査を行なっていただけませんか!?」


 冒険者というのは便利屋でもある。失せ物探しや家の掃除、はたまた浮気調査なんてのもあったりする。正直気が乗らない類の依頼ではあるが、それを決めるのは俺じゃない。


「……て、言ってるけど、どうするリーダー?」

「え?」

「パーティリーダーはお前だろ?」


 まぁ、聞かなくても答えは分かっているけどな。念のためってやつだ。

 そんな俺の考えを読み取ったのか、セレナが困ったように笑う。そして、キャリィに向き直り、微笑を浮かべた。


「この町の方にはお世話になっているので、私達に出来ることがあるなら是非協力させてください」

「セ、セレナさん……! ありがとうございます!」


 キャリィが崇め奉るような顔でセレナの手を両手で握る。そろそろセレナを女神として信仰が始まってもおかしくなさそうな感じだ。


「……と、勝手に決めてしまいましたが、よかったですか?」


 がっしりと自分の手を握ってくるキャリィに若干笑顔を引き攣らせながら、セレナがミラに尋ねる。


「ミラはリーダーの指示に従うのみです。上がやれと言うのであれば下の意思など関係ないです」

「めちゃくちゃ体育会系の思考だなおい」

「ミラはそう教わったです」


 なぜか得意げなミラに俺はなんとも言えない表情を浮かべた。


「それでは、ミラさんのギルド証を更新しつつ、盗難調査の依頼を登録させていただきます! いずれも夜中に外を歩いていた時に盗難の被害に遭われたそうなので、日が落ちてから町を見て回っていただけるとよろしいかと思います!」

「……まっ、リーダーがやるって言うんだからしゃあねぇわな」

「いつも私の我儘に付き合わせてしまってすみませんレオンさん」

「ミラ達の手で盗人を捕まえるです」


 そんなこんなで盗人を捕まえる依頼を受けた俺達は満面の笑みを浮かべるキャリィに見送られながらギルド長室を後にした。

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