第95話 商会令嬢の愚痴

「わたくし達の素敵な出会いに乾杯ですわ!」

「か、乾杯!」


 なんとも晴れやかな笑顔で巨大なジョッキを掲げるフィットに合わせて各々頼んだ飲み物を上にあげる。だが、どこか緊張しているようだ。それもそうだろう。フィットに連れてこられたお店は今まで来たことのないような高級店。低ランクの若い冒険者とは縁がない店だからだ。


「……!?」

「な、なにこれ……!?」

「お、おいしい……!!」


 今まで飲んだことのない高級酒を前に目を見開く三人娘。うん、確かにこれは美味いな。その辺の安酒場で飲んでるものがただのアルコールが入った液体に感じるほどだ。これに慣れたら後がつらそうだ。

 ちなみにセレナは果実水でミラは熱燗だ。いや、熱燗って。乾杯はビールだろ、なんて古臭いことを言うつもりはないが、初っ端から飲む酒じゃないだろ絶対。

 酒を飲みつつ店内の様子をうかがう。まさに高級料理店といった感じだ。机や椅子、食器に至るまで全てが高価そう。フィットのおごりじゃなきゃ絶対にこんな店には来ない。


「俺達以外に客がいねぇのは敷居の高さが原因か? それとも南と北でバチバチしてるからか?」

「当然後者ですわね。以前はもっと活気がありましたもの」


 内紛状態である事を考えれば当然か。町の連中は日々生きるのに必死でこんな店には来ないだろうし、観光客も望めない。相当厳しいだろうな。その証拠にこの店でも店員がせっせと内職をやっている。ダコダについてからというもの、いろんな店にお金を落とした方がいいという事で、毎日食事をとるところを変えているのだが、その全てで何かしらの内職が行われていた。それだけ生活が困窮しているんだろう。


「お待たせいたしました」

「わぁ……!」


 運ばれてくる料理に三人娘が目をキラキラと輝かせる。それを見てフィットは鼻を高くした。

 

「さぁ、遠慮せずにお召し上がりになって! ここのお店のお料理は格別ですわよ!」

「いただきまーす!」


 元気よく両手を合わせると、三人娘は嬉しそうな顔で自分の皿に料理を取り、口へと運ぶ。そして、すぐに幸せ絶頂みたいな顔になった。


「なにこれ!? お肉が口に入れた瞬間溶けるんだけど!?」

「このソースやばっ! めっちゃおいしい!」

「このスープ、デザートかって思うくらい甘い」

「料理もお酒もじゃんじゃんいって欲しいですわ! なんたって今日は素敵な出会いの祝杯なんですもの!」

「はーい!」


 ……おいおい、大丈夫か? この店の酒、うまいけど結構アルコール高そうだぞ?


 二時間後。


「お父様は鬼ですわぁぁぁぁぁ!!」

「ちょっとモコぉ。このお肉食べてみなさいよぉ。すっごい固いわぁ」

「どれどれ……本当! 全然噛みきれない!」

「モ、モコさん! それおしぼりですよ!?」


 完全にカオスと化していた。フィットはワインボトルを抱き抱えながらずっと泣き喚いており、ミゼットとモコは目の焦点が合わないままひたすらアホなことをやっている。まともなのは俺と素面のセレナと始まった時から表情が変わっていないタントとミラの四人だけだ。


「セレナ。タントが動かなくなっちゃったです」

「えぇ!? 大丈夫ですか!?」

「ミラからもらったお酒……兵器」

「な、何を飲ませたんですかミラさん!?」

「ただのウィスキーのウォッカ割です」


 酒を酒で割るんじゃない。それだと割り算じゃなくて足し算だ。三人娘プラスミラの世話で本当にセレナは大変そうだな。ん? 俺は遠巻きに見て楽をしているって? 何を言っているんだ。そんなわけないだろ。


「ちょっとぉぉぉ! 聞いてるんですのぉぉぉぉ!?」


 ワインボトル同様フィットに腕を掴まれ、全く身動きできない状態でひたすら愚痴を聞かされているんだから。


「ひっく……。大体お父様は厳しすぎるんですわ! 何も言わずにちょっと遠出をしたぐらいで一ヶ月の自宅謹慎ですのよ!? しかもその間にお店で成果を上げなければ三時のおやつが抜きになりますのよ!?」

「いやお前、自宅謹慎しないで酒飲みに来てんじゃねぇか」

「ダコダはわたくしの家みたいなものですわ! だから問題ありませんの! それにバレなきゃいいだけの話ですわ!」

「……そうか」


 グラスを傾けながらチラリと左後方へと視線を向ける。そこには二人のスーツを着た男が何食わぬ顔で食事をとっていた。とても分かりづらいが定期的にフィットの動向を監視しているところを見るに、あれはフィット父が娘につけた護衛だな。うん、これは自宅謹慎の期間が伸びそうだ。


「ダコダがこんな状態でこのまま本店をこの町に置いておいたら売り上げが落ちるのは明白だから、他に相応しい場所がないかと外に目を向けたというのにあんまりですわ!」

「へぇ……思ったより真面目な理由で家出したんだな」

「当然ですわ! わたくしはクローズ商会の希望の星ですのよ!? それなのにお父様は……うえーん!!」


 もはやワインをボトル飲みしながら、飲んだ酒を目から垂れ流している状態だ。そろそろ止めないとおっかない護衛に店の裏へと連れて行かれるかもしれない。


「ただでさえクローズ商会は黒い噂が後をたたないのに……こんなところで業績を落としていたら競合他社に付け入る隙を与えてしまいますわ!」

「黒い噂?」

「お父様の商才に嫉妬した愚か者達が流したデマですわ! 一代であそこまで商会を大きくするなんて人身売買でもしてるんだろって! お父様に限ってそんな事は絶対有り得ないというのに!」

「なるほど」


 出る杭は打たれるというか、突出した存在にやっかみはつきものだ。それは冒険者であっても変わらない。今でこそ魔王軍四天王の一角を落としたという事で国公認の勇者パーティとされているが、それまでは陰口やら嫌がらせやらを受けた。無論、その全てを力で捩じ伏せてきた……主に"大賢者"が。


「過去に子供が攫われる事件が起こってはおりましたけど、クローズ商会は全く関係ないのですわ! 証拠なんてありませんけど、絶対に関係ないのですわ!」

「子供が攫われる?」

「そういやそうだったねぇ。よくお母さんから遅くなったら外に出るなって言われたっけぇ」

「ちょっとミゼットォ? このチーズ固すぎるわぁ」

「モ、モコさん……それはチーズじゃなくてお皿です……!」


 何とも穏やかじゃない話を聞いたもんだ。詳しく聞きたいところではあるが、こんな状態のこいつらに聞いたところで有用な情報は得られそうにないだろうな。

 

「確かにわたくしはお父様のように"商人"のジョブを授かることはできませんでしたわ……それでも人に慕われやすい"保育士チャイルドケア"なら商売にも活かせるはずですの!」

「お前"保育士チャイルドケア"だったのか……」


 道理でモコ達がすぐに懐いたわけだ。なんだかんだ言って俺もこいつを憎めない奴だと思ってる。


「それなのにお父様ときたら……わたくしはこんなにもクローズ商会を信じているというのに、まさに子の心親知らずとはこの事ですわ! お父様の鬼畜ぅ! 悪魔ぁ! 加齢臭ぅ!」


 最後の悪口が一番効きそうだ。


「それだけ厳しい罰を与えるって事は親父さんもお前の事を心配してるって事だろ? 現に野盗に襲われたわけだし」

「そ、それはそうですけど……!」

「いい親父さんじゃねぇか。初めて会ったけど、商人としてのオーラも半端なかったし」

「お父様が最高の父親である事は分かっておりますの! でも、いつまでもわたくしを子供扱いするんですのよ!?」

「だったら親父を見返してやればいい。商会のために危険も顧みず外に飛び出すことができたお前なら出来るだろ?」

「レオンさん……!」


 うるうると瞳を潤ませながらフィットが俺に抱きついてきた。


「やっぱりレオンさんはわたくしの伴侶になるべきお方ですわ! このまま教会に婚姻届を……!」


 ドンッ!


 ものすごい勢いで水の入った特大ジョッキが俺達の前に置かれる。恐る恐る視線を向けると、セレナが例の微笑みで俺達二人を見ていた。


「フィットさん、少し飲み過ぎですね。これを飲んでください」

「あ、はい」

「三秒以内で」

「三秒!?」


 おいおい、それはキツすぎるだろ。なんて事は言わない。言えない。今のセレナには絶対に言ってはならない。今の一瞬で酔いが覚めたフィットが泣きながら特大ジョッキを飲み始める。


「フィットちゃーん、何泣いてるんですかぁ? これ食べて元気だしなぁ」

「あ、ありがとう……って痛ぁ! おでこにフォークがぁ!」

「え? あー、お肉させてなかったぁ」

「きゃっはっはっは!」


 思いっきりフォークをフィットの額に突き刺したミゼットとそれを見て爆笑するモコ。チラチラとこちらを見る頻度が増えた護衛二人に、なにやら店の外からも感じる視線に俺は深々とため息を吐いた。

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