第92話 再会が嬉しいものとは限らない
「……こういうことか」
町へと戻り、三人娘に連れられてある場所にやって来た俺達は、彼女達のあの口ぶりの謎を理解した。ここは普段俺達が活動拠点にしている多数の店が立ち並ぶ町の中心からやや離れた地、南ダコダの民が数多く住まう住宅地だ。この町に来てから宿屋とその周辺の店と冒険者ギルドにしか足を運んでいなかったので、こんな場所にこんなにも巨大な店があるなど知らなかった。
「す、すごいですね……」
「こんなの初めてです……」
セレナもミラも店の規模に驚きを隠せない様子だ。無理もない。普通の武器屋や道具屋が数軒入りそうなほどの広さに加え、五階建てときている。しかもそのうちの四階が商品を売ってるともなれば誰だってそんな反応になる。
「ふっふっふ、驚いたでしょ! ここがかの有名なクローズ商会の本店なんです!!」
「ここで手に入らないものはありません!!」
「商人の町の中でも最強……!!」
まるで自分の事のように三人娘が鼻を高くしながら言った。
「確かに、クローズ商会の支店は行ったことあるが、ここまでの規模じゃなかったな。流石は本店」
「見てくださいレオンさん! 冒険者雑貨、武器、防具、食料、服、本や魔道具まで売ってるらしいですよ!」
案内板を見ながら大興奮のセレナ。表情こそそこまで変化はないが、ミラもそわそわしているようだった。
「とりあえず各々回りたい場所があるだろうから、一時間後にまたここに集合って感じにするか」
「賛成でーす!」
俺の提案に仲良く声を合わせて答えた女性陣は、キャッキャ言い合いながらすぐに店内のどこかへと消えていった。もちろんミラも一緒にだ。出会った当初は人見知り全開だった彼女も、依頼をこなしていくうちにあの三人と仲良くなったみたいでよかったよ。
「さて、と。俺も適当にぶらついてみるか」
そうはいっても、食料の備蓄はまだあるし、洋服なんかからきし興味がない。そうなると見る場所なんて決まってるんだよな。
特に目的もなく武器と防具のコーナーへと向かう。
「いやはやこれは……」
品揃えの豊富さに、思わず乾いた笑いが出た。剣、槍、鎖鎌、弓、こん棒、大槌、まさに何でもござれといった感じだ。防具も同様、盾や兜やらがずらりと並んでいる。そのどれもに天秤をモチーフにしたクローズ商会のマークが施されていた。冒険者の中ではこれがあれば品質に問題がないというお墨付きのマークとされている。
「これだけあると目移りするだろうな……」
初心者が使うような使い易い短剣から、国宝に近いような一点物の稀少武器まで、本当にありとあらゆる商品を取りそろえているんだな。この店だけで全てがそろうって言うのもあながち間違いじゃないかもしれん。おっ、あっちで実演販売やってるじゃないか。少し見て……。
「みなさーん! こちらに注目するのですわー!」
なんか見覚えのある縦ロールがいるんだが。
「こちらは当店自慢の名剣、エクスバリカーですわ! ありとあらゆるものを一刀両断しますの! あの固いドラゴンの鱗も豆腐のようにスパスパ斬ったとか斬ってないとか言われてますの!」
いや、斬ったのか斬っていないのかはっきりしろ。一番大事なところだろうが。
「そして、こちらはアキレイヤですわ! この盾はいかなる凶悪な攻撃からも守ってくださいますの! あのドラゴンのブレスを受けても無傷でしたのよ!? 持ち手の冒険者は丸焦げになって命を落としたというのに! まさに無敵の盾と呼んでも過言じゃありませんわ!!」
それは盾として意味があるのか?
「さぁ、みなさんいかがですか!? 本日限りの超お買い得品ですわよ!!」
以前野盗から助けたクローズ商会の一人娘、フィット・クローズが自信満々な顔でオーディエンスの反応を窺う。商売ド素人の俺が言うのもなんだが、客層を間違えている気がする。名剣も最強の盾も主婦には必要ないと思う。
「いかがですか、って言われてもねぇ……」
「あたしはお魚を切るのによさそうな包丁を見に来ただけで……」
フィットの話を聞いていた……いや、聞かされていた二人の女性が困惑した顔で逃げるようにこの場から立ち去って行った。
「ちょ、ちょっと! お待ちになって欲しいのですわ!! も、もう少しだけ検討して欲しいのですわーーー!!」
フィットの懸命な叫びも虚しく、二人の女性が戻ってくる気配はない。フィットは最強の剣と無敵の盾を持ったままその場に崩れ落ちた。かなり迷ったが、一応、顔見知りではあるし、その姿があまりにも哀愁を誘うしで、流石に無視をする事はできなかった。短くため息を吐きつつ、がっくりと肩を落としているフィットに声をかける。
「……その最強の剣で無敵の盾を斬ったらどうなるんだ?」
「ふえ? ……レ、レオンさん!?」
俺の顔を見たフィットが大きく目を見開いた。
「ど、どうしてここに!? まさかわたくしの事が忘れられなくて!? はぁ……わたくしって本当罪なオ・ン・ナ・で・す・わ!」
「じゃあな」
「じょ、冗談! 冗談ですの!」
かなりイラっとした俺が踵を返そうとすると、フィットが慌てて俺の腕を掴む。やはり声をかけるべきではなかったかもしれない。
「感動の再会なんですから、もう少し優しくしてくれてもいいんじゃありませんの!?」
「叩き売りの現場じゃどう転んでも感動の一幕にはならねぇよ。つーか、わざわざ声をかけたんだから十分優しくしてやっただろ」
「嫌ですわ! 包み込むようなハグぐらいしてもらわないと!」
「あんたにハグなんてしようもんなら間違って首をコキっとやっちまいそうだから遠慮しておくよ」
抱きつきそうな勢いで迫ってきたフィットだったが、俺の言葉を想像したのか冷や汗を垂らしながらその場で後退りをする。それでも捨てられた子犬のようにうるうると瞳を潤ませながらこちらを見てくるので、俺はため息をつきつつガシガシと頭を掻いた。
「あー……無事にこの町へと戻って来れたんだな」
「そ、そうなんですの! レオンさん達と別れた後、ブラスカの冒険者ギルドで頼み込んだら腕のたつ冒険者を紹介してもらえたんですわ! 日頃の行いの賜物ですわね!」
日頃の行いがいい奴はそもそも家出なんかしない。
「その腕の立つ冒険者とやらは護衛を終えた後はどうしたんだ? この町のギルドじゃそんな奴は見なかったけど」
「わたくしをこの町に送り届けたらさっさとブラスカに戻りましたわよ」
「そうなのか」
「仕方ありませんわ。なんたってあの大型クランの
クラン名と冒険者の特徴を聞いて俺の頭に
「まぁ、とにかく家出娘が帰れたんならそれでいいわ。じゃあ、俺はセレナ達と合流しなきゃならないから」
「あぁ、レオンさんがここにいるって事はセレナさんも当然ダコダに来ておりますわよね! って、ちょっと待ってください!」
顔見知りの義理は充分果たした、とこの場を離れようとした俺の腕を、フィットが万力の力で掴んだ。
「
「よくありませんわ! せっかくこうやって会えたのですから、この最強の剣と無敵の盾を買っていってください!」
「い、いや俺にそういうのは……」
「なんならこの『通気性抜群! 体にこもった熱気も魔物の攻撃も全て貫通する最高の鎧」もお付けいたしますわ!」
「それなんの役にもたたねぇだろ!」
目をギラギラ輝かせながら詰め寄ってくるフィットの圧に押されながらも俺は言った。だが、トラバサミのようにガッチリ俺の腕を掴んだまま、フィットはまるで諦めようとしない。
「あのなぁ……お前いい加減に」
「――何をやっているんだ?」
本気で声をかけたことを後悔し始めた頃、何者かが俺達に話しかけてきた。
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