第91話 鴉と世間話
ダコダにやって来てから一週間が経過した。今日も今日とて俺達はダコダの若い冒険者であるモコ、ミゼット、タントの三人娘と魔物を間引きに来ている。ここで一つ断りをいれておこう。この町に来てからずっと三人娘と共に魔物を倒しに来ているが、俺から声をかけた事は一度もない。毎朝、彼女達が一緒に行きたいというので、別に断る理由もないから行動を共にしているだけだ。だから俺は約束を違えてなどいない。こんな言い訳じみた断りをいれる相手はもちろん、三人娘にご執心なバカス君に対してである。
「モコさん! 左から魔物が来てます!」
「っ!? タント! フォローお願い!」
「それは厳しい。申し訳ないけど自分で手一杯」
「ミラが行ってくれるよ!」
「ミゼットの詠唱が終わるまでミラがカバーするです」
俺は美少女達が魔物相手に奮闘している様を一歩離れたところでのんびり眺めていた。別に意地悪をしているわけではない。モコ達が俺達について来る理由が自分達のレベルアップである以上、不必要に手を出すのは彼女達の成長を阻害してしまうからだ。もちろん、モコ達の手に余るような魔物が現れた時は手を貸す用意は出来ているが、周囲の気配を読むにその心配はないだろう。そのため破壊神も項垂れるような殲滅力を持つセレナもほどほどに手を出す程度に控えている。
『……儂の主はほんまええ趣味しとるわ。あないめんこい子らが懸命に戦っとる様を高みの見物しとるんやからな。あぁ、別に嫌いやないで?』
迫りくる魔物達を相手に激闘を繰り広げる少女達を見ていると、指輪から黒い鳥が現れた。
「そんな悪趣味じゃねぇよ、俺は」
『何言うとんねん。この状況を見たら誰やってそう思うやろ』
大きく伸びをしてからだらだらと肩にのぼってくるマルファスに白けた目を向ける。
『そんで? 主は何考えとんのや?』
「あ? 何考えてるってなんだよ?」
『その返しは笑えるでぇ。こっわーい殺し屋に命狙われとるっちゅーのに、ほんまにノープランでこない場所で呑気に魔物減らしの手伝いしとったらさらに爆笑もんやけどな』
小馬鹿にしたように鼻で笑いながらマルファスが言った。こいつは俺達が置かれている状況を知っている。だからこそ俺に尋ねてきたのだろう。
「別に呑気にってわけじゃねぇよ」
『ほぉ? せやったら聞かせてもらいましょか? こんな意味のないバカンスを楽しんどる理由っちゅーのをなぁ?』
マルファスの口調は軽いものであったが、その言葉に込められている重さは決して軽いものではなかった。精霊であるこいつにとって俺達の生死など関係ないというのにこの発言が出るという事は、それは遠回しに俺達の身を案じてくれているという事になる。それに気が付いた俺は自然と笑みを浮かべてしまった。
「悪いな。心配かけちまったか?」
『あほ。自分の心配なんてしとらんわ。ただ、仮にも儂がご主人と認めた男が考えなしのバカやったら、腸がぐつぐつ煮えくりかえってお湯が沸かせてまうと思ただけや』
これがツンデレってやつか。なんとなく前にいたパーティの大賢者を想起させる。
「俺達の旅の目的は知ってんだろ?」
『胡散臭い教会のお偉いさんが雇った胡散臭い連中から逃げるためやろ?』
「それは旅をするようになった理由だ。目的じゃねぇ。まぁ、絡まれても面倒なだけだからなるべく奴らから遠ざかろうとは思ってるがな」
『せやったら目的はなんなん?』
「旅先の町の美味い飯を食う事だ」
きっぱり言い放つと、マルファスが目をぱちくりと瞬かせた。
「南ダコダと北ダコダがごたついてる原因なんて知ったこっちゃねぇし、もちろんそいつを解決してやろうなんて
『…………』
「夜中にこっそり宿を抜け出して北に行く方法はねぇかと調べたりもしてるんだが、俺一人でなら何とでもなるが、セレナやミラを連れて飯を食いに行くとなると中々に厄介そうでな」
『……せやからここ最近夜のお散歩に出とったんか』
マルファスが呆れたように呟く。完全に気配を消して部屋から出ていったが、流石に指輪の中にいるこいつには気づかれていたか。セレナにはばれていない自信はあったのだが。
『はぁ……儂のご主人はバカやない、大バカやったか』
「見直したか?」
『そらもう。見直しすぎてついてくご主人間違えたと後悔しとるとこやわ』
嫌味たっぷりにそう言うと、マルファスは大きく伸びをした。そういうのは俺の肩でやらないで欲しい。自慢の翼が顔に当たって鬱陶しいことこの上ない。
「あ、マルさんだ!」
『おう嬢ちゃん達! 随分と気張っとったみたいやないかい!』
こちらに近づいて来た三人娘にマルファスが労いの言葉をかけた。彼女達にはマルファスがダンジョンで見つけた精霊である事を話している。というか、気まぐれで指輪からマルファスが出てきたので説明せざるを得なくなった。隠さなきゃいけない事でもないから別に問題はないが、タイミングは考えて欲しい。驚きのあまり固まった三人が危うく魔物に殺されかけた。
「どうした? まだ帰る時間には早いようだがトラブルか?」
「いえ。ただ、モコさん達が大分アイテムを消費してしまったので、町に戻って補充をしようという話になりました」
「冒険者にとって油断は命取りなんでしょ? それならいざって時にポーションとかなくならないよう今のうちに買いだめしとこうと思ってね!」
後ろからやって来たセレナが淀みない口調で答えると、ミゼットがなぜかどや顔で言った。ふむ、その心掛けは悪くない。
「わかった。じゃあ今日のところは引き上げるか」
「タント、足りなそうなものは何かしら?」
「体力回復のポーション、魔力回復のエーテル。それといざって時の携帯食料も欲しい」
「後はローブもボロボロになって来たからその辺も見たい!」
モコから尋ねられ、パーティで一つしかないマジックバックを持つアイテム係のタントが中身を確認しながら淡々と告げると、はいはいとミゼットが元気よくアピールした。
「そうなると何軒か回らねぇとダメそうだな」
「ふっふっふ……その心配はありませんぜ、旦那」
俺の言葉に、ミゼットが不敵な笑みを浮かべる。
「あ? どういう事だよ?」
「それは町に戻ってからのお楽しみー!」
「そうね。実際に行けば分かると思いますよ、レオンさん」
「絶対驚く」
なぜか得意げな三人娘を不思議に思いながら、俺達は町に戻った。
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