第90話 南ダコダの現況

「まったく……バモスさんにも困ったものよね! なんだってレオンさんの事を目の敵にしているのかしら!?」

「モ、モコさん? ちょ、ちょっと飲みすぎなんじゃ……!」

「これが飲まずにいられますかっ!!」


 どんっとグラスを机に叩きつけながら座った目でモコが言った。


「つーか、お前ら酒飲んでいいのかよ?」

「私達は十六だからギリギリお酒飲めるんですー!」

「合法」


 ミゼットがなぜだか得意げに、タントが淡々とした口調で答える。


「セレナは私達よりも二つ年上よね? お酒は飲まないの?」

「うーん……私にはまだ早いかなって。ジュースで満足してますし」

「何を言ってるです。お酒の美味しさを知らないのは人生損しているです」


 グイっと御猪口を傾けながらミラが言った。熱燗とは随分渋いチョイスだな。というかミラがアルコールに強すぎる。もう十合以上飲んでるぞ。


「まぁ、酒は無理して飲むもんじゃねぇからな。飲みたくなったら飲めばいい」

「確かに。その考えにミラも賛成です。お酒は楽しく飲むべきです。おかわり」

「お前は飲み過ぎだ」


 一応モコ達と同い年だから酒は飲んでもいいんだが、それにしても店員に向かって空の徳利を振っているミラの将来が心配だ。


「で、バモスさんはレオンさんに私達を誘うわないように言ったわけね?」

「ああ。怖い先輩冒険者に釘を刺されちまった。つーことで、明日からは俺からお前らを誘う事が出来ない」

「ふーん……でもそれって」

「ボク達から誘えば何も問題ない」

「まぁ、そういう事だな」


 バカス……バモスから言われたのは俺からモコ達にアクションをとるな、という事だ。彼女達から俺達に関わるのは問題ないはず。奴がそれで納得するかどうかは別として。


「というか、あんな男のしちゃえばいいのに。レオンさんの敵じゃないじゃん」

「ん? あー……別に危害を加えられたわけじゃねぇし、手を出す理由がねぇだろ」

「えー。でも、めっちゃむかつく事言われたんでしょ?」

「言われてたです。ミラは不愉快極まりなかったです」

「だっだら尚更あのどや顔を張り倒してやればよかったのにぃ!」


 酒を流し込みながらヒートアップするミゼットに、思わず苦笑いしてしまう。


「罵詈雑言を浴びせられたところで死ぬわけじゃねぇからな。言いたい奴には言わせとけばいい」

「むむ……レオンさんは大人」

「そんな大人なレオンさんがかっこいいです……!」


 感心したようにタントが唸ると、酔いのせいか顔が真っ赤になってるモコが熱っぽい視線を向けてくる。どうにもこの少女は俺を美化してみる傾向が強い。


「まぁ、レオンさんがかっこいいのは出会った時から知ってるよねー」

「他の有象無象とは違う」


 と思ったらミゼットとタントも褒めてきた。なんだ? 俺を持ち上げてここの飯代を奢ってもらおうって魂胆か? そんな事しなくても、元々俺が出すつもりだったんだが。腐ってもBランク、初級冒険者に奢ってもらうつもりなんて……。


「……よかったですねレオンさん。こんなに可愛い子達からモテモテですよ?」


 ゾクッ。


 魔王軍四天王と対峙した時よりも激しい悪寒に襲われた。微笑を携えるセレナから圧倒的な冷気を感じる。俺の本能が即座に話題を変えろと告げていた。


「そ、そういえばこんな殆ど閉鎖された状況だっつーのにこの町には路頭に迷ってる奴が全然いないよな。商業の町なんて外からやって来た連中に物を売りつけてなんぼだろうに」

「あー……もちろん大変は大変っぽいよ。お母さんもしょっちゅう愚痴ってるし」


 頬杖をついて唐揚げを頬張りながらミゼットが答える。


「内職やりまくってなんとか食べてる感じだよ。どこもそんな感じじゃない?」

「このお店に入った時も、みなさん何か別の事をやられてましたね」


 店員達をちらりと見ながらセレナが言った。注文を取る時、調理をする時、出来上がった料理を配膳する時以外は違う仕事をしているようだった。


「なるほど。生活できなくなる奴が出ないよう、何かしら仕事を斡旋する奴がいるってわけか。この町の領主は中々に優秀じゃねぇか」

「うーん……うちの領主様はそんなに気の回る人じゃない気がする」

「そうね。悪い人ではないのだけれど、良い意味でも悪い意味でも放任主義って感じかしら」

「南ダコダは商業の町。だから、それを作り上げた商人達に全てを任せるって姿勢」


 ミゼットに続き、モコとタントが口々に言った。ふむ。そうなると他に主導している者がいるというわけか。


「いずれにしろ、こんな内戦状態で町が崩壊せずに何とか踏みとどまっているのは大したもんだ」

「それも時間の問題な気がするけどね。現に少しずつこの町を離れていく人はいるわけだし」

「教会で面倒見れる孤児にも限りがあるしね」


 『教会』というワードにセレナがピクッと反応した。


「……この町の教会は孤児を養っているのですか?」

「ん? そうだよ? 他の町じゃ違うの?」

「私が知っている教会では治療のみに専念していて、孤児は孤児院が面倒を見ていました」


 セレナがいたところ、王都バージニアの事だな。確かにあそこには大きな孤児院が町の端っこにいくつか建てられていた。あの教会は連日治療を求めて多くの人が列をなしていたから、孤児の面倒を見る余裕なんてなかっただろう。


「この町の教会にはあんまり人が行かないからね。軽いけがや病気ならその辺で薬を買えば事足りるし」

「薬は高級品じゃないんですか?」

「うーん……物にもよるけど、そんな高いってイメージないよね?」

「そうね。冒険の必需品ともいえるポーションなんて子供のおこづかいで買えるくらいだし」

「おこづかい……」


 信じられない事実にセレナが絶句する。勇者パーティにはアリアがいたからそういう道具を購入した事はなかったが、確かに王都の薬の値段は高級品といえるくらいに常軌を逸していた。そもそも薬を売っている店すら殆ど見た事がない。あまり深く考えた事はなかったが、今思うと教会の力が発揮されていたのかもしれない。薬が容易に手に入らなければ、市民は教会を頼らざるを得なくなり、教会を神格化するようになるのだから。


「とにかく、北と南のごたごたが早く終わって欲しいよ」

「私達一般市民は迷惑しか被ってないわよね」

「大人の事情、糞食らえ」


 まぁ、教会の思惑なんて俺達には何の関係もない。南北のいざこざが終わるのはこちらとしても望むところだが、解決のために動くつもりもなかった。第一、一冒険者である俺達が出来る事なんて何もないだろう。縁が出来たモコ達のためにも適当に魔物を間引いてさっさとこの町を去るのが賢明そうだ。

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