第89話 美少女五人に男一人なら必然

「……なんかさっきの見せられると、いつもより魔物が狩れたって喜んでいた自分が恥ずかしいわ」

「だね。私達めっちゃ浮かれてたよね」

「井の中の蛙大海を知らず」


 この調子でよろしくお願いします、と上機嫌なキャリィの声を背に受けながらギルド長室を出ると、三人娘が分かりやすく落ち込んでいた。


「他人は他人、自分は自分。比べたくなる気持ちも分からなくはないが、それをしたところで何一ついい事なんてねぇぞ? 重要なのは昨日の自分よりも成長する事だ。そうすりゃお前らだってあれくらい狩れるようになる」

「そう、ですかね……?」

「ああ。いつもよりも多く魔物が狩れたんだろ? だったら、今日の所は素直にそいつを喜んどきゃいいんだよ」

「レオンさん、結構いい事言うね」


 気分を切り替える様にミゼットがパンっと両手を叩いた。


「よーし! 今日は魔物たくさん倒した祝いで夕飯はゴージャスにいこう!! ……あ、というか報酬の配分はどうしよっか?」

「四等分してそのうちの三を私達がもらうわけにはいかないわよね」

「それは流石に……厚かましいと言わざるを得ない」

「なに言ってんだ。お前らだけで報酬を分けていいに決まってんだろ」

「へ?」


 三人娘が仲良く丸い目をする。俺は小さく息を吐いた。


「一緒にいたとはいえ、俺は何にもしてねぇんだ。それなのに報酬なんてもらったら本当に寄生冒険者になっちまう」

「え、え、え? い、いやでも、レオンさんのアドバイスがあったからこそあれだけ魔物を倒せたわけで……!」

「そ、そうだよ! っていうか、レオンさんがいなかったら森の中をびくびくしながら歩く事になって、まともに魔物と戦えなかったよ!」

「レオンさんがいたから……ボク達は周りを気にせず目の前の魔物に集中できた……!」

「だとしても、だ。俺が横から口出してたからって、魔物を実際に倒したのはお前達なんだよ。だったら、その報酬はお前らがもらうのが筋ってもんだ。つーか、冒険者ならもっと貪欲になれ。報酬はいらん、って言われたら、はいそうですか、ってさらりと流しちまえばいいんだよ」

「で、ですが……!」


 俺の言い分には納得しつつも、まだ迷っているようだ。やれやれ。人がいいと冒険者は長続きしないぞ? うちのリーダーも大概だが。


「レオンさんがいいって言ってるんですから気にしなくていいと思いますよ? それにレオンさんは私達とパーティを組んでいるので、私達の報酬は分配しますしね」

「……なんかそれはそれで金魚の糞ゴールドフィッシュだな」

「ミラは陽動だけして倒したのは全部セレナだから、レオンの主張通りならミラも金魚になるです」

「いや、遠距離超特化のセレナが魔物を倒すには前衛が必須だから、ミラはちゃんと仕事してんだろ」


 恐らく他には言えないあの能力で壁役を引き受けたんだろう。倒されても構わない兵隊を生み出す事の出来るミラとセレナのコンビはかなり凶悪かもしれない。


「とにかく、俺は報酬を受け取らん。さっさと今日の成果を報告して来い」

「……わかりました」


 俺が軽く手を払うと、諦めたようにモコが頷いた。


「ううう……レオンさんにどんどん借りが増えてる気がするよ」

「このままだと一生かけても返せない」

「だったら、美味い飯屋に連れてってくれ。今日はゴージャスな予定なんだろ?」

「っ!? お、お安い御用だよ!」

「とびきり美味しいお店にご案内しますね!」


 この旅の目的は美食だからな。こんなに嬉しい報酬はない。


「この辺で待っておくか」


 受付カウンターに歩いていった三人娘を見送りながら、その辺に置かれている椅子に腰を下ろした。こうやってゆっくりとギルド内を観察して気づく。明らかに人員が足りていない。依頼を受けに来る時間帯は冒険者によってまちまちではあるが、太陽が沈みかけたこの時間帯であればどこの冒険者ギルドだって依頼達成の報告に来る冒険者で溢れかえっていた。にも拘らず、ここには早朝のギルドかと勘違いしてしまうほどに閑散としている。


「……おい! そこのお前!!」


 そんな数少ない冒険者の中で威勢よく声をかけてくる男がいた。何者かが近づいてくる気配は感じていたから驚きはしないが、その顔を見て思わずため息が出てくる。


「あーっと……バカスだっけか?」

「バモスだ! 南ダコダの冒険者ギルド最強のバモス・アクトンだ!」


 ニアミスだったか。最初にギルドであった時はいちゃもんつけられただけで、自己紹介してもらったわけでもないからそんなに怒る事もないだろうに。


「それで? 最強の冒険者さんが俺に一体何の用だ?」

「何の用も糞もない! 昨日忠告した事を忘れたのか!?」

「あ?」


 昨日忠告した事? なんて言われたのか全く覚えていない。そもそも名前すらうろ覚えなのだから、内容のない話なんて覚えているわけがない。セレナとミラの方に視線を向けると、二人とも小さく首を左右に振った。どうやら俺だけではなかったようだ。


「こ、こいつ……! 言ったはずだ!! 彼女達につきまとうなと!!」

「あー……」

「にもかかわらず、一緒に依頼をこなしにいきやがって……! 俺達が誘っても一切見向きもされなかったというのに……!」


 グギギギ、と俺にも聞こえるほどにバモスが歯ぎしりをする。なぜだろうか。少し申し訳ない気持ちになってくる。


「お前のような勇者のおこぼれに与る屑冒険者が関わっていい子達じゃないんだよ! 金輪際彼女達とは関わるな!」


 バモスが俺をビシッと指さしながら言った。どや顔がとても様になっている。


「……関わるなっていうのは難しいな。俺も冒険者だ、ギルドに顔を出さなきゃ生活できねぇ。モコ達も冒険者である以上、嫌でも顔を合わせる事になっちまう。そうなると挨拶くらいしたいところなんだが?」

「そ、それくらいは別にいい! だが、薄っぺらい言葉で彼女達を誘惑する事は許さない!」

「わかった。俺から彼女達を誘う事はないと誓おう」


 俺がきっぱり言い切ると、なぜかバモスがその場でたじろいだ。


「あ、案外素直だな……適当言ってるんじゃないだろうな!?」

「あんた達と揉めたくはないからな。そうしろと言うなら大人しく従うつもりだ」

「ふ、ふん……! 情けない奴だが賢明だな!」


 バモスが勝ち誇った顔でにやりと笑う。


「口先だけの張りぼて冒険者は黙って一人でこそこそしょぼい依頼でもこなしてればいいんだよ! どうだい? 君達もこんな男と一緒にいるよりもこのバモスと共にパーティを組んだ方がいいと思うよ?」

「あっ、私はレオンさんと一緒で大丈夫です」

「…………」

「そ、そうかい……?」


 距離感のある笑顔を浮かべるセレナに無表情で何も答えないミラを見て、バモスが顔を引きつらせた。


「と、とにかく! なんちゃってBランク冒険者がこの町ででかい顔をするんじゃないぞ!」

「ああ。肝に銘じておくよ」

「ふんっ!」


 最後に一睨みすると、バモスは肩を怒らせながら去っていった。ふぅ……思ったよりも平和に解決する事が出来たな。よかったよかった。


「……なんであんな奴のいう事を大人しく聞いたです?」

「ん?」


 なぜかミラが少し不服そうな表情を浮かべている。


「なんでミラが不機嫌そうなんだよ?」

「レオンならあんなの五秒とかからず減らず口を聞けなくさせる事が出来ると思うです。なのにあんな好き放題言われて……納得いかないです」


 どうやら俺に対する悪口が気に入らなかったようだ。感情の起伏が少ないミラがそんな事を気にするとは意外だ。


「代わりに怒ってくれてありがとうな。だけど、そこまでひどい事は言われてないから気にする必要はねぇよ」

「っ……!!」


 なんとなく妹味を感じて無意識に頭を撫でると、一瞬目を見開いたミラが僅かに頬を染め上げながら顔を俯ける。


「それに気持ちが分からんでもないからな」

「え?」

「新参者がでかい顔してたら、誰だって気分良くねぇだろ?」


 ここはバモスのホームだ。それをどこぞの馬の骨に乱されてしまえば面白くないのは当然と言える。その上、冒険者というのはどうしても男女比が男に傾いてしまう以上、女を独占する奴は他の男達から目の敵にされやすい。パーティを組んでいるならまだしも、俺とモコ達の関係性を考えたら、俺から積極的に関わっていくのはあまりいいとは言えない。


「まぁ、郷に入れば郷に従えってやつだ。あまり来た事のない冒険者ギルドでは、大人しくそのギルドのルールに従うのがトラブルを回避する最善策ってわけさ」

「むぅ……冒険者になりたてのミラにはよく分からないです」

「レオンさんは大人って事ですよ」


 まだ不服そうなミラにセレナがウインクしながら言った。別に大人ってわけではないのだが、否定したところでセレナに言いくるめられるのが落ちなので黙っておく。


「おまたせー! 結構時間かかっちゃったよー! ……ってあれ?」

「何かあったんですか?」

「……飯食いながら話すよ」


 報告を終え戻ってきた三人娘がむすっとしているミラを見て眉を顰めているので、俺は苦笑いをしながら言った。

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