第87話 バランス

「……あれは集団で獲物を襲う魔物だ。偵察役や奇襲役など、かなり知能が高くてずる賢い。一匹だからって気を抜いて倒しにかかると、いつの間にか仲間に取り囲まれてやばい状況に陥るから気をつけろ」

「はい」


 少し先にいる狼の魔物に視線を向けながら言うと、三人娘が素直に頷く。現在、ミゼットの母親が用意してくれた弁当を食べ、体力も回復したところで冒険者の立ち回りを指南しているところだ。そんな偉そうな立場じゃない事は重々承知しているが、三人娘から頼んできたのだからしょうがない。


「木の枝や排泄物には特に注意しろ。折れた枝の高さや排泄物の量なんかで魔物の種類は分からなくても大きさは予測できたりするからな」

「排泄物まで……」

「ほえー……そんな細かいところまで注意しなくちゃいけないとか大変すぎー」

「レオンさんの索敵の凄さは……豊富な知識と経験によるもの」


 殆どレクサスからの受け売りだが、それなりにためになっているようだ。まぁ、俺の場合はジョブのおかげで広範囲の魔物を察知できるんだが、あえて言う必要もないだろう。知識と経験が大事なのは本当の事だしな。


「あのレオンさん……?」

「どうした?」

「私達は三人ともジョブが"魔法使い"なんですけど、やっぱりバランスが悪いですかね?」


 顔色を窺うようにちらちらこちらを見ながらモコが尋ねてきた。俺は僅かに眉を顰める。


「まぁ、普通に考えて全員が同じ遠距離型なのはお世辞にもバランスがいいとは言えねぇわな」

「そう、ですよね……」


 俺の答えを聞いて、モコが分かりやすくガクッと肩を落とした。ミゼットが慰める様に彼女の肩をポンポンと叩く。


「そりゃそうでしょ。間近まで魔物に迫られたら私達は何にも出来ないもんね」

「魔法を撃つまでに時間を稼いでくれる役がいないと……色々厳しい」


 タントがうんうんと頷きながら言った。


「やっぱりこのまま"魔法使い"三人じゃ冒険者を続けていくのは厳しいのかなぁ……」


 少しだけ思いつめた表情でモコが呟く。ふむ……。


「近接戦闘役に遠距離攻撃役、そして補助役と揃っていた方が確かにバランスよく冒険者としてやっていけるのは確かだ。ただ、そうじゃないからって冒険者が出来ないかって聞かれたらそうじゃねぇ」

「え?」

「トップに君臨するSランク冒険者は殆どが一人で行動してるんだぞ? そんなのバランスも何もあったもんじゃねぇだろ」


 まぁ、あの連中は近距離遠距離関係なく何もかもを殲滅する化物達なのだが。


「結局はやり方次第だ。後は固定観念に囚われないようにしろ」

「固定観念、ですか?」

「"魔法使い"だからって遠距離からしか攻撃しちゃいけないなんて決まりはねぇだろ?」


 軽い口調でそう言うと、三人娘が仲良く目を丸くした。俺の戦闘の師でもあり"地動士ヘリオセントリッカー"のジョブを授かったレクサス・ギャラガーは、固有魔法である重力魔法を主軸に戦うれっきとした『魔法使い』だ。だが、あの男は遠距離だけではなく近接戦においてもその真価を発揮する。要するに鍛えれば何とでもなるという事だ。


「ここまでお前らの戦い方を見てきたが、同じ"魔法使い"であっても、その特色は微妙に違った。ミゼットは魔法の威力に乏しいが、その発動スピードは目を見張るものがある。逆にタントは丁寧に魔力を練り上げるせいで魔法を撃つのに時間がかかるが、その分破壊力抜群だ」

「わ、私はせっかちなところがあるからさっさと魔法を撃ちたくなっちゃうんだよね」

「ボクはじっくり魔法を撃ちたい派」


 俺の言葉を受け、二人が満更でもない表情を浮かべる。


「そして、モコは魔法の威力もそこそこ高く、スピードもそれなりに速い。おまけに二人に比べて周りを見る力が優れてる。流石はパーティリーダーだな」

「そ、そんな……! リーダーだなんて……!」


 モコが軽く頬を染めながら俺から顔を背けた。


「だから、さっきの問いの答えは『このまま同じようにやり続けるならバランスは悪い』だな。戦い方を変えるんならそうじゃなくなる。例えば、ミゼットが前衛に出て素早い魔法で敵をかく乱し、モコがその援護をしながら状況を確認しつつ、タントがその超火力で対象を仕留めるとかすれば、バランスが悪いとはならねぇな」

「……!! な、なるほど……!!」


 モコが懐から紙を取り出し、真剣な表情でメモをしていく。的外れな事を言っていないか不安になってきた。


「とりあえず、指標が定まってないんなら今俺が言った感じで魔物と戦ってみるか? それでしっくりこなかったらやり方を変えてみればいいわけだしな」

「は、はい!」

「それはいいね! やばくなったらレオンさんが助けてくれるんでしょ?」

「最強の護衛がいるなら色々試せる……!」


 モコだけではなくミゼットもタントもやる気が出たようだ。セレナとミラの二人と待ち合わせの時間までまだ時間がある。それまでこの三人娘に出来る限り協力するとするか。


 それから俺は時折手を貸しつつ、三人娘が魔物を狩るのを見守った。明確に自分のやるべき事が決まったのが原因なのか、それまでに比べ三人の連携は格段に上がった。やはり初級冒険者というのは伸びしろが凄いな。ちょっとのアドバイスでここまで変わるとは正直驚きだ。


「セレナー! ミラー!」


 日も傾き、森の中もうす暗くなってきたのでダコダまで戻ってくると、門の入り口で立っている二人を見つけたミゼットが笑顔で走っていった。モコもタントもそれに続く。


「ミゼットさん、モコさん、タントさん、お疲れ様です」

「おかえりです。魔物は狩れたです?」

「もーばっちり! ね?」

「えぇ! レオンさんのアドバイスのおかげで今までとは比べられないくらいの魔物を狩れたわ!」

「新記録」


 きゃっきゃうふふとはしゃぐ彼女達を見て思わず口角が上がる。だが、それは俺だけではなく、南ダコダの門番もその光景を微笑ましく眺めていた。


「そうなんですね! なら、早速その成果を冒険者ギルドに報告へ行きましょうか!」

「そうね! きっとピノも驚くわ!」

「ふふふ……! これは過去一の報酬が期待できるよ! 今日は宴会だね!」

「お酒を……飲みまくる……!」


 ご機嫌に談笑しながら町に入っていく美少女達の少し後ろを、小さく笑いながら俺はついていくのだった。

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