第86話 魔物を減らそう

 裏ギルドの追手から逃げる。それは俺達がブラスカを発った理由の一つではあるが、もう一つ大きな目的があった。『食』。レクサスから俺の過去を聞いたセレナと改めて決めた旅の目的だ。当然、港町として有名なダコダなら新鮮な海鮮料理にありつけると思っていたのだが……。


「……現在南ダコダには魚介類が入ってこないんですよ」


 昨日の夜、おすすめの店をミゼットの母親に聞いたら返ってきた言葉だ。馬車の中で話を聞いた時から何となく予想はしていた。喧嘩相手に自分達の特産品を贈る奴なんていない。楽しみにしていた海鮮料理を食べたければ北ダコダに行くしか方法はなかった。

 だがそれは、入り口の警備を見る限りそうたやすい事ではなさそうだ。だったらさっさと他の町に行こうかとも考えたが、魔物の脅威に脅かされているのを見てみぬ振りはできない、とセレナが言うので、とりあえずいい案が浮かぶまでは何も考えずに魔物を狩る、という方針で行く事になった。


 そういうわけで、モコとミゼットとタントの三人を連れて適当に町の近くの森へと足を運んだ。


「……五十メートル西に十二、三十メートル東に七」

「はい!」


 俺の言葉を受け、すぐさまセレナが矢を放つ。数秒後、俺の探知から魔物の気配が消えた。魔物を大量に狩るという事で普通の矢よりも数倍魔力の消費が激しい追尾矢の威力は抑える様にあらかじめセレナには言ってある。この辺にはそんな攻撃でも一撃で倒せる魔物しかいないようだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 最初は緊張した面持ちだった三人娘の表情はいつの間にか無になっていた。その気持ちは分からないでもない。魔力を感知して自動で追尾する聖なる魔法の矢など、はっきり言ってインチキだ。


「ミラ達は西の方に行くです」

「うん……」


 すでにセレナの規格外さを理解しているミラが涼しい顔で完全に表情が死んでるモコを連れていく。それに続いて、ミゼットとタントが二人とは違う方へと無言で向かっていった。新人冒険者を連れて行くという事で多少効率が落ちると思っていたが、セレナの矢で一撃の魔物であれば誰がいても遠距離から狙撃して終わりなので、むしろ魔物の核の回収効率が上がる分、連れてきて正解だったと言える。悪辣職性イリーガルである事を知られないようにするため、固有魔法が使えないミラを含めた四人をペアで組ませて核の回収に当たらせれば、余程の事がない限り安全だろう。俺も常に魔物の気配を探っているし。


「よし、次行くか」


 しばらくして四人が戻って来たので俺が言うと、三人娘が何とも言えない表情を浮かべた。


「どうした?」

「いや、その……」

「……これ、私達がいる意味ってあるの?」

「やってる事は……家の草むしりと変わらない」


 あー……うん。なるほど。まぁ、そうだよな。


「というか、セレナ凄すぎじゃない?」

「そうね。私達と同じEランク冒険者とは思えないんだけど」

「わ、私はレオンさんに魔物がいる場所を教えてもらって撃ってるだけですよ!」

「確かに、レオンさんの魔物発見力も異常」

「……一応、俺はBランクだからな」


 "暗殺者アサシン"のジョブの特性上、気配を消したり察知したりするのには自信があるが、それを言うわけにもいかないので適当に言葉を濁す。


「ミラはモコ達の気持ちが分かるです。せっかく優秀な冒険者と一緒に行動できるのに、これじゃ全く成長できないです」

「…………」


 ミラの言葉に頷きはしないものの、三人とも同意しているようだった。ミラの言ってる事も一理ある。南北のダコダが険悪である以上、他の町から冒険者が来ることは殆どなく、来たところですぐに違う町に行ってしまうのが関の山なので、ダコダに思い入れがあり今この町にいる冒険者の力が上がらない以上、魔物に怯え続ける事になってしまう。そうなればお人好しのうちのリーダーがいつまでたってもダコダを離れようとしないだろう。ここはやり方を変えた方がよさそうだ。


「分かった。ここからはチームを分ける。ミラとセレナは二人で付近の魔物を一掃してくれ。俺は三人を連れて行く」


 三人娘と行動を共にしなければ、ミラのあの力が使える。無数の魔物に取り囲まれでもしなければ、問題なくセレナが駆逐するだろう。


「想定外の事が起こったら、上空に目立つ矢を放て。何事もなかったら陽が落ちる前に町の入り口集合で」

「わかりました!」

「出来る限り魔物を減らすです」


 俺の意図をくみ取ったセレナとミラが素直に了承し、二人でこの場から去っていった。念のためマルファスを監視につけたいところではあったが、残念ながらあいつは今どこかへ行っている。相変わらず使えない精霊だ。


「俺達も行くか」

「はい!」


 三人娘が元気よく返事をした。さて、と。どういう感じでいくべきか。


「何か希望はあるか?」

「希望、ですか?」

「ああ。魔物が出た時、どれくらい俺は手を貸せばいい?」


 ここまでの事を考えると、俺の気配察知をすり抜けられるような魔物はいない。というか、この町に来た時に三人が襲われていたアウルベアレベルの魔物すら出会ってない。まぁ、本当に町の近くで魔物の討伐をしているからな。そうなると、エンカウントした時点で瞬時に無力化するのは造作もない。でも、それじゃ意味がないんだろ?


「うーん……難しいところですね」

「私達がセレナと違って普通のEランク冒険者だから、それで対応できる魔物ならって感じかな」

「明らかに高ランクの魔物は困る」

「なるほどな。なら、俺が考えるEランク冒険者がギリギリ勝てる程度の魔物まではお前らに回す事にする」

「……レオンさんが考える、ってところに一抹の不安を感じちゃうけどね」


 ミゼットが乾いた笑みを浮かべた。どうやら他の二人も同じ思いらしい。なんとなく俺の常識が疑われている気がする。非常に遺憾だ。


「安心しろ。お前らが戦うのはちゃんとレベルにあった魔物だけだ。それ以外の魔物からは俺が絶対にお前らを守る。絶対にだ」


 ミゼットの母親からも頼まれてるからな。一泊しただけだがあの宿は心地いい。信頼を裏切って他の宿にいくのは忍びないくらいにはな。


「……かっこいい」

「……レオンさんって天然ジゴロだよね」

「……涙を呑む女は多い。これは有罪」


 ……遺憾具合が上がった気がする。なぜだ。

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