第85話 ミゼットの実家
「ただいまー!」
「ミゼット! 無事に帰って……あら?」
中に入るとミゼットと同じ奇麗な赤髪をした女性が一瞬嬉しそうな顔をしたが、後ろにいる俺達を見てぽかんとした表情を浮かべる。
「ママー! お客さんを連れてきたよー!」
「え? お客さん……?」
ミゼットが元気よく言うが、彼女の母はいまいち理解が出来ていないようだった。無理もない。この町に観光客や冒険者なんて久しく来ていないんだろうな。今の今まで宿の受付カウンターでせっせと内職をしていたのがその証拠だ。
「おばさま、この方達は今日ダコダにやって来た冒険者です」
「レオン達は魔物からボク達を救ってくれた」
「え!? 救って!?」
このままだとミゼットの母親の脳みそがキャパシティオーバーしてしまうので、口を挟む事にしよう。
「あんたの娘からここがダコダ一の宿だって聞いてな。部屋は空いてるか?」
「あ、は、はい! お部屋はいくらでも空いております!」
「そうか、なら」
「ミラは一人部屋を希望します。他の人が一緒にいると緊張して眠れないです」
ミラが食い気味で割り込んできた。そうだったのか。野営をした時はそれぞれ別々のテントだったから気が付かなかった。
「それなら二部屋をとりあえず一週間借りさせてもらう」
「え? 二部屋でいいんですか?」
「ああ。別がいいって言ってるからミラが一部屋、後は俺とセレナで一部屋だ」
「へ?」
なぜかモコから変な声が飛び出た。
「レ、レレレ、レオンさん!? セ、セセセ、セレナさんと、お、おなおなおな、同じ部屋で泊まるんですか!?」
「一人一部屋なんてブルジョワな振る舞いできるほど稼いでねぇんだよ」
本当はただの保険だがな。出会った当初に比べてかなり戦えるようになったが、それはあくまで戦闘になった時に限る。不意打ちや寝込みを襲われたらセレナは無力だ。流石にこの町にはまだ来ていないだろうが、警戒しすぎてしすぎる事はない。
「セ、セレナさんはいいの!? 一緒に泊まるんだよ!?」
「え? あー……今更なのでもう気になりません」
モコの言いたい事を察したセレナが苦笑しながら答えた。顔を真っ赤にして口をパクパクしているところを見るに、勘違いしているのは明白だった。冒険者であれば男女一つ屋根の下など日常茶飯事だというのに。まぁ、あえて説明するのも面倒だし、放って置くことにしよう。
「レ、レオンさんとセレナさんが一緒に……!!」
「おーい。戻ってこーい」
「ミゼット、それは無理……モコはもうこっちには戻ってこれない」
「かしこまりました。それでは二部屋を一週間お取りします」
じゃれ合ってる三人娘を無視して、宿主人の振る舞いを取り戻したミゼットの母親が滑らかな口調で言った。
「それで頼む。いくらだ?」
「お代は結構です」
「え?」
「詳しい事情は分かりませんが、この子達の話を聞く限り娘の命を救っていただいたようで。そんな方達からお代などいただけません」
ミゼットの母親が恭しく頭を下げる。そうきたか。ありがたい話ではあるが、流石に客が皆無な宿から無償の申し出を受けるわけにはいかない。
「確かにミゼット達を魔物から助けはしたが、こっちもその対価として案内なり情報なりをもらってんだ。だから、気にする必要なんかねぇよ」
「そうですよ。楽しく会話も出来ましたしね」
「そ、そうは言いましても……!!」
「レオンさん達がこう言ってくれるんだから、その言葉に甘えてもいいんじゃない?」
戸惑う母親に俺達が遠慮して言っているわけじゃない事を察したミゼットが軽い感じで言った。少し迷ったミゼットの母親であったが、俺達の顔を見て申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「……ありがとうございます。二部屋、一週間で五百六十ガルドになります」
「ミラの分はミラが」
「いや、俺が払うからいい」
パーティによって異なるが、パーティの宿代や共通消耗品を買う時はパーティの共有資産から払う事になっている。組んだばかりで共有資産などないが、今後は俺が管理する予定なので俺が払うのが筋だ。
「あ、ありがとうです」
「気にすんな」
「それではお部屋にご案内いたします」
「あ、レオンさん!」
「ん? どうした?」
ミゼットの母親についていこうとした俺達に、モコが慌てて声をかけ来たので俺は足を止め振り返った。
「あ、明日から魔物狩りに行くんですよね? もしよければ私達もご一緒してもいいですか?」
モコ達と一緒に魔物狩り。効率を考えれば足を引っ張る事が明白な彼女達を連れて行くのはあまり賢いとは言えない。とはいえ、それを判断するのは俺ではない。
ちらりと視線を向けると、セレナは困ったように笑った。
「……わかった。なら、ギルドで待ち合わせするか」
「っ!! わ、わかりました!!」
モコが満面な笑みで応える。人がいい奴は早死にするというのが冒険者の共通認識ではあるが、いい奴はなるべく死んで欲しくない、というのが俺個人の本音だ。そういうわけで、気に入った連中の生存確率をあげる手伝いくらいは、多少クエストをやりづらくはなってもやった方がいい。
「……ありがとうございます。あの子達の事、よろしくお願いします」
部屋に案内されながら、ミゼットの母親から小声で言われた。
「本格的に面倒見るわけじゃない。軽くお守りをするくらいだから、あんまり期待されても応えられねぇぞ?」
「お守りだけでもありがたいです。親としては」
「……そんなもんか」
「はい、そんなもんです」
親心というやつか。俺は子供もいないし、自分の親からはそういうものを向けられたことがないからよく分からない。ただ、生暖かい笑みをセレナから向けられるのは、何となくむずかゆかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます