第84話 いちゃもん

 キャリィと話をつけギルド長室を出た俺達の所に、不安そうな顔をしたモコ達が近づいてきた。


「大丈夫でしたか!?」

「うちのギルド長になんか因縁つけられた?」

「余所者は出てけって?」

「いや、大したことは言われてねぇよ。魔物が増えまくって困ってるから手を貸してくれってさ」


 余りに必死な形相で詰め寄ってくるので、思わず苦笑しながら答える。それを聞いた三人が一様にほっとした表情を浮かべた。


「仮にあのギルド長からひどい事を言われたとしても、別にお前らが悪いわけじゃないんだから気にする事ねぇだろ」

「い、いや! レオンさん達の事をギルドに言ったのは私達なので……!」

「そーそー! なんかチクったみたいになっちゃったじゃん!」

「そういう風には思わなかったので、レオンさんの言う通りあまり気にする必要はないかと」

「私達があなた達の事を話して呼び出されたんだから気にするのは普通」


 何とも真面目で人がいい連中だ。俺個人としては好感が持てるが、冒険者としてはもう少しずる賢くなってもいいと思う。


「これから魔物退治に行くんですか?」

「いや、それは明日からだな。つーわけで、お勧めの宿ってのを教えてくれ」

「お店についても教えてもらえたら嬉しいです」

「おっけー! この町一番の宿を紹介してあげる!」

「どうせあんたの家でしょ」


 自信満々に言い放ったミゼットに、モコが冷たい声で言った。


「え? ミゼットさんの家は宿屋さんなんですか?」

「もー! なんで先に言っちゃうのよ! せっかく驚かそうと思ったのにー!」

「この町一番かどうかは分からないけどいい宿」

「私達の拠点でもあって、冒険に行く前は大体ミゼットの家に集まってるんです」

「へぇ……そいつはいいな」


 モコ達のような初級者冒険者には独自の拠点を借りる資金力があるわけもなく、ギルドの用意された長テーブルで今後の事を話し合ったりするのだが、例え実家とはいえそういう場所があるのは冒険者にとってありがたい事だ。


「という事で、早速うちに……」

「おいっ! そこのお前っ!」


 ミゼットの声をかき消すような大声をあげながら、男がズカズカとこちらに近づいて来た。面倒くさく思いながらも、ちらりとそちらに視線を向ける。


「さっきからこっそり様子を窺っていたが、モコ達相手に少しばかり馴れ馴れしすぎるんじゃないのか!?」


 ……あれでこっそりだったのか。羨まし気にじっとこっちを見ていたから、気づかないふりをしていたんだが。


「彼女達はダコダ冒険者ギルドのアイドルだ! 余所者風情が親しげな顔をしないでもらいたい!」


 なるほど、モコ達のファンか。確かに三人ともタイプの違う美少女だから、そういう連中がいるのも納得だ。この男以外にも、敵意のある視線を俺に向けてきている輩がちらほら見受けられるから、そいつらもファンなんだろう。新参者の俺に文句を言いたくなる気持ちも分かる。ただ、ちらちらとあからさまにセレナとミラを見ながら言うのはいただけないな。とはいえ、事を荒立てる必要も一切ない。


「変な言いがかりをつけないでちょうだい!」

「そうだよバモスさん! レオンさんは私達の命の恩人なんだよ!?」

「レオンさんに失礼な口をきくのは許さない」


 どうにか穏便に済まそうと返答に悩んでいたら、三人娘が怖い顔で反論した。それは……余りよろしくない気がする。火に油を注ぐようなもんだ。


「命の恩人!? はっ! 大げさすぎるね! どうせ適当な魔物と戦っているところに、漁夫の利目的で横やり入れてきたのを勘違いしているだけだろ!」


 ふむ。その推測は大体あってると言える。


「て、適当な魔物!? 横やりぃ!?」

「そんな事ないわよ! だって、レオンさんが倒した魔物は……!」

「こんな不愛想な顔をした男が善意で助けてくれるわけがない! モコ達は騙されているんだ! それは君達もだよ!」

「へ?」


 突然話しかけられたセレナが素っ頓狂な声をあげた。


「君達のような美しい女性がこんな男と一緒にいるなんて騙されている以外にはありえない! もしくは弱みでも握られているに違いない! もしそうなら是非とも僕に言ってくれ! この詐欺師の魔の手から君達を救い出してみせる!」

「は、はぁ……?」

「どうやってその魔の手から救い出してくれるのか、ミラは興味が尽きないです」


 熱弁を振るうバモスとの温度差に若干戸惑いながら苦笑いを浮かべるセレナに、冷めきった視線を向けるミラ。そして、俺はそんな二人の内心に全く気付いていないバモスに感心していた。


「どうやって救い出すかだって? そんなの決まってるさ! 物語にもあるだろう? 恐ろしいヴィランからヒーローが美しき姫君を救う手段は一つ! そのヴィランを打ち滅ぼし……!」

「Dランクのバモスさんがレオンさんに勝てるわけないでしょ」

「こんな人放って置いてさっさと行こう」

「あ、ちょ……!」


 演者のように自分の世界に入っていたバモスだったが、呆れた口調で言い放ちさっさとギルドから出ていったモコ達に向かって切なげな顔で届かない手を伸ばした。俺としてはもう少しバモス劇場を見ていたいところではあったが、案内役が行ってしまったのであればしょうがない。大人しくついていく事にするか。


「ごめんなさいレオンさん。嫌な思いをさせてしまって……」


 ギルドから少し離れたところで、モコが歩きながら申し訳なさそうに謝罪してきた。


「いやいや、むしろちょっと面白かったくらいだ」

「そう言っていただけるとありがたいです……」

「たくっ……バモスさんにも困ったもんだよね。高ランク冒険者がいなくなっちゃった今、自分が一番偉いと思ってでかい顔してるんだから」

「井の中の蛙のお手本のような男」


 三人からの評価はあまり良くないようだ。なんとなく可哀そうな気がしないでもない。


「バモスさん、でしたっけ? いつもあんな感じなんですか?」

「まぁ、大体そうだね。自信満々の自分大好き人間だよ」

「常に女に声をかけてるナンパ男。おつむはあまり優秀じゃない」

「それはあの短時間ですごいわかったです。レオンに喧嘩を売るとか頭が悪いを通り越して可哀想といえるです。あのままべらべらとくっちゃべってたら確実に息の根を止められていたです」

「そんな気は短くねぇよ」


 あの程度でいちいち目くじら立てられるか。性格もジョブも"狂戦士バーサーカー"のグロリアだったら、問答無用で愛斧のダインスレイブを叩き下ろすだろうが、俺はそこまで血の気が多くない。


「……着いた! ここが私の家兼ダコダ一の宿『やすらぎ亭』だよ!」


 南ダコダの中心街から少し離れたところで、決して大きくはないが小綺麗な建物をミゼットが得意げな顔で指し示した。

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