第82話 冒険者ギルド南ダコダ支部ギルド長

「あ、レオンさん!」


 ギルドに入るといち早く俺達に気が付いたモコが小走りで近づいて来る。その後ろからミゼットとタントもついてきた。


「南ダコダはどうでしたか?」

「話に聞いた通りの商人の町だった。目移りするくらい色々な店があった。……それと、こっちも話に聞いた通り店のラインナップに対して不自然なほどに閑散としてたな」

「そうですか……」


 モコが困り顔を見せる。後ろの二人も微妙な表情をしていた。これは俺の感想に対してではなさそうだ。


「なにかあったんですか?」

「え? えーっと……その……」


 同じく三人の様子に違和感を覚えたセレナが尋ねると、モコは言葉を濁しつつミゼットとタントの方を見た。ミゼットが小さくため息を吐く。


「あー……ちょっと面倒な事になっちゃってね」

「面倒な事?」

「非常に申し訳ないんですが……」

「どうしたんだよ?」

「モコがあなた達の事を話したら、ギルド長が会いたいって言ってる」


 言いにくそうにしている二人に変わって、タントが涼しげな顔で言った。あー……そういう事か。


「ごめんなさい!」

「謝る事ねぇよ。モコが俺達の事を報告しなくても、結局ギルドには顔を出すだろうし、遅かれ早かれ呼び出しは食らってただろ」

「レオンさんの言う通りです。気にしないでください、モコさん」

「はい……」


 セレナが励ます様に言うが、モコは気落ちしたままだった。自分のせいで俺達に迷惑が掛かったと思っているのか。やはりこの子は責任感の強い真面目な女の子のようだ。


「……つーわけだ。ギルド長のところまで案内してくれ」


 モコ達が寄って来た時からずっとこちらを窺っていた受付嬢に声をかける。慌ててカウンターから飛び出してきた受付嬢が挨拶もそこそこに二階にあるギルド長室へと俺達を連れてきた。さてさて、このギルドの長は一体俺達に何の話があるというのだろうか。


「ギルド長、レオン様達をお連れしました」

「……入ってください」


 色々な可能性を考えながら、ギルド長室へと入った俺は思わず目を丸くする。どうやらセレナも、感情をあまり表に出さないミラですら驚いていた。無理もない。部屋に入ったら土下座している女がいれば誰だってそうなる。


「え、えーっと……」


 戸惑いを隠せない様子でセレナが俺を見た。いや、見られても困る。俺だって状況を把握できていないんだ。


「助けてください!!」


 困惑している俺達に、土下座をしたままギルド長らしき女が必死な声で言った。それ以上は何も言わずに土下座を続けるので、ギルド長室に何とも言えない沈黙が流れる。


「……話がまるで見えないから、とりあえず説明してくれ」

「は、はい……」


 このままじゃ埒が明かないので、仕方なく声をかけると、ギルド長らしき女はおずおずと立ち上がり、俺達をソファに座るよう示す。


「突然申し訳ありません。私は冒険者ギルド南ダコダ支部ギルド長のキャリィ・ウォーラルと申します」


 見た目に一切気を使っていないぼさぼさの髪にレンズの分厚い丸眼鏡。ギルド長というよりはどこぞの機関の研究者といった容貌だ。どこかおどおどした態度といい、荒くれ共の集まる冒険者ギルドをまとめるには珍しい人選だと言える。


「えーっと……どこから話したらいいものか……かなーり複雑な状況になっていまして。あぁ、ギルドがって話じゃないですよ? ダコダの町が抱えている問題が……その……とっても面倒だと言えなくもないといいますか……」

「ダコダの町がごたついてるせいで冒険者が離れていってるってのは知ってる。後、その影響で町の近くまで魔物が来てる事もな」

「そ、そこまで分かっているなら話は早いです!」


 このままキャリィのペースで話をしていたらいつまでたっても本題に入らなさそうだと思ったので、俺が知っている事を簡潔に述べると、キャリィがホッとした表情を浮かべた。そのまま机を破壊しかねない勢いで頭を下げてくる。


「お願いします! クエスト消化に……! い、いえ! 魔物の間引きにどうかご協力ください!!」

「…………」


 少しだけ安心した。こんな時限爆弾を抱えているような町に来る怪しい冒険者の身辺調査として、セレナの身の上を根掘り葉掘り聞かれたりしたら面倒だったからな。呼び出し内容がこれくらいシンプルならそこまで警戒する必要もない。


「……ギルド長なら当然俺についてのは聞いてると思うが?」

「レオン・ロックハートさんに対する活動禁止命令は、ブラスカ支部とアオイワ支部からの陳情により解かれています。どうやら情報に齟齬があったみたいなので」


 グロリアの奴、相変わらず仕事が早くて的確だな。頭が上がらない理由がまた一つ増えてしまったみたいだ。それにしてもアオイワ支部からもとは驚きだ。これなら、セレナの我儘に付き合ってあの町を守るために大量の魔物を倒した意味もあったかな。


「それでも俺が勇者パーティをクビになったのは本当だ。ギルド長が直々に頭を下げてまで頼み込む様な実力を兼ね備えている相手じゃないかもしれねぇぞ?」

「そ、それに関しては……信じる事しかできません」


 少し意地悪な物言いだったかもしれない。だが、過度な期待をされてそれに応える事が出来ず、勝手に失望されても迷惑な話だから、ここはしっかりと言っておかねばならなかった。それをしっかりと把握してなお俺に頭を下げてくるとは。


「……相当切羽詰まってるんだな」

「……はい。なにせ、今この町にはCランク以上の冒険者がいないんです」

「なっ……!!」


 思わず絶句した。冒険者はFランクから始まり、Eランクとなってようやく初心者卒業といえる。つまり、この町には冒険者初級者とそれに毛が生えた程度の奴しかいないという事だ。そんなのは聞いた事がない。アメリア大陸にある最も小さい町であるローライドでさえBランク冒険者が一人二人いたはずだった。これは想像以上にダコダがやばい状況に置かれている気がする。


「なるほどな。どこの馬の骨かわからん俺に頭を下げるわけだ」

「正直、Bランク冒険者であるレオンさんは救世主にしか見えません!」


 勢いよく顔を上げ、前のめりになりながらキャリィが言った。俺は小さく息を吐きながら、ソファの背もたれに寄り掛かる。


「話は分かったが、俺に頼むのは少々お門違いだぞ?」

「え?」

「俺はこの二人とパーティを組んでいて、そのパーティのリーダーはセレナだからな。決めるのはセレナだ」


 一瞬ポカンとした表情を浮かべたキャリィだったが、ハッとした顔をするとすぐさま頭を下げる相手を俺からセレナへと切り替える。


「セレナさん! どうかお力をお貸しください!」

「え? あ、は、はい。わかりました」


 突然話の矛先を向けられたセレナが、キャリィの勢いに押されて思わず頷いた。まぁ、セレナだったらそう答えるだろうな。


「本当ですか!? ありがとうございます!!」

「あ……勝手に了承してしまいましたが、ミラさんは構わないですか?」

「ミラはなんでもいいです。新入りなのでリーダーの決定に従うです」


 キャリィに無理やり握られた手をぶんぶんと振られながら、セレナが申し訳なさそうな顔で尋ねると、ミラは特に気にした素振りもなく答える。それを聞いたキャリィの顔に満開の笑顔が咲いた。

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