第81話 商人の町南ダコダ

「今南ダコダと北ダコダは、いつ争いが起きてもおかしくないほどに緊張状態にあるんだよ」


 なぜか使い物にならなくなったモコを捨て置いて、ダコダの現状をミゼットが話してくれた。要約するとこうだ。南と北のそれぞれの領主が町の方針に関して真っ向から対立しており、そのせいで町民同士も互いに互いを敵視しているらしい。なんともシンプルで何とも厄介な問題だ。


「まぁ、頭が二人いる組織が瓦解するように、同じ町に二人もお偉いさんがいたら、そうなるのも無理はねぇって話か」

「町の方針はどういう風に食い違っているんですか?」

「元々ダコダは豊富にとれる海産物が名産の町だったんだけど、それを他の町に売ってダコダを大きくしたのが商人達なの。そのせいかあの町には数多くの漁師と商人が住んでるよ」

「……南が商人の町で北が漁師の町」


 ミゼットの言葉をタントが静かに補足する。


「つまり、商人と漁師がバチバチなってるって事か?」

「北ダコダの領主がエルグランド・ダンフォード様に変わってからだね。それまでは別に漁師と商人の関係は悪くなかったのに、あの人は領主になったとたん『ダコダの起源は水産なのに、その手柄を横取りした商人達が甘い蜜をすすりすぎだ』って主張し始めたんだよ」

「なるほど」


 合点がいった。つまり商人達のおかげで景気がいい南ダコダが気に入らないから因縁をつけたわけだ。南と北で分かれているとはいえ同じ町だから領主の手腕も比べられるだろうし、力技に出た感じか。この方法なら少なくとも漁師側からは支持を得られる。


「それで商品である海産物を卸してもらえなくなったわけか」

「それだけじゃないよ。港は海の男が漁に向かうための神聖な場所だ、とか適当な理由をつけて商人が港を使う事を禁じたんだ」

「……それは怒るだろうな」


 商人にとって販売経路とは生命線ともいえる。船を使う事で陸路よりも数倍物資を移送できる海路を封鎖されてしまうのは、痛手なんてレベルじゃないだろう。港町であるダコダであればなおさらだ。


「そうなんだよ。それまでは不満をぶつぶつ言ってる北の漁師達を、南の商人達が適当にあしらってたんだけど、この横暴のせいで完全に南と北が対立しちゃったんだ」

「おかげで賑わっていた町から活気が一切なくなった」

「そうなんですか」


 渋い顔で言うタントに、セレナが同情するような声で言った。これは聞いていたよりもひどい状況かもしれない。場合によっては長居せずにさっさと次の町へといった方が賢明だ。


「……と、そんな話をしてたら絶賛喧嘩中の町が見えてきたぞ」

「あれがダコダですか! ……あれ?」


 窓から身を乗り出し、町の入り口を見たセレナが不思議そうに首をかしげる。ダコダの町は他の町とは違い、門が二つあった。これはまぁ、南と北があるからいいとして、問題は警備の違いだ。左側の門は他の町と同じように門番が一人立っているだけに対し、右の門は王城への検閲かと思うほどに警備が厳重だった。


「あれはどっちが北でどっちが南の門だ?」

「左が私達の拠点にしてる南ダコダで、右が北ダコダだよ」

「へぇ……」


 内部分裂している町に来る者など、俺達のようなもの好きしかいないというのに、随分と町の出入りを警戒しているんだな。


「ちなみに、南ダコダと北ダコダの間には大きな水路があって、唯一北と南を行き来できるのが真ん中にかかってるマローズ橋なんだけど、そこも大げさなくらい警備が敷かれてるよ」


 ふむ……。南ダコダの連中が襲ってくるのを警戒しているのか? それにしてはやりすぎなような気がしないでもない。


「ミラ達を凄い睨んでるです」

「ああ。南と北、どっちのダコダを先に見て回ろうか考えてたけど、こりゃ選択肢は無いに等しいな」


 例え貴族だったとしてもあれは苦労しそうだ。得体の知れない冒険者だと一ヶ月経っても町には入れないだろうな。


「……珍しいな。観光か?」

「まぁ、そんなところだ」


 厄介事は御免なので、素直に南ダコダの門をくぐろうとすると、胡乱気な表情の門番が声をかけてきた。


「シグマさん」

「ん? おぉ! ミゼットじゃねぇか! お前ら無事だったのか!」

「ええ、タントとモコも無事だよ。冒険者のレオンさんに助けてもらったの」

「そうかそうか!」


 ミゼット達がいる事が分かると一転、シグマと呼ばれた門番の表情が明るくなる。


「いやぁ、よかったよかった! ミゼット達が魔物の討伐に行くって聞いてずっと心配してたんだが、無事に戻ってきて何よりだよ! お前さん達には礼を言わねぇとな!」

「偶々通りかかっただけだ」

「そうだとしてもだよ! 俺達のアイドルを助けてくれてありがとな! ちぃとばかし今ダコダの町はごたついているが、まぁ楽しんで行ってくれ!」


 快く南ダコダに招き入れられた俺達は、そのまま入り口の近くにある馬屋に訪れた。なんだかんだ愛着がわいてきたアルファロメオを預けるのは忍びないがこればっかりはどうしようもない。別れを惜しみつつ、馬車ごとアルファロメオを預ける。


「わ、私達はギルドへ報告に行くつもりですが、レオンさん達はこれからどうしますか?」


 放心状態からようやく回復したモコが尋ねてきた。どういうわけか全く俺と目を合わせようとしない。そういえば彼女は大の男嫌いという話だったな。


「とりあえず軽く町を回ってみるか?」

「ミラは二人に任せるです」

「そうですね。初めて来た場所ですし、ちょっと見て回りたいです」

「宿も取らねぇとダメだしな」

「あ、それなら適当に町を見たら冒険者ギルドに来て! 適当に時間を潰して待ってるから一押しの宿を紹介するよ!」

「それは助かるな」


 宿の当たりはずれは旅の醍醐味ではあるが、どうせならいい宿に泊まりたいのが人情というもの。地元の者が教えてくれるというのであれば、ありがたいことこの上ない。


「じゃあ、後で冒険者ギルドに顔出すわ」

「レオンさん達の事、ギルドに報告してもいい?」

「ああ、構わねぇよ」


 どうせこの町でもクエストは受けるだろうし、あらかじめ話を通しておいてくれてもらった方がスムーズに進むだろう。


「で、では、ギルドでお待ちしております!」

「それじゃねぇ」

「また後で」


 そう言うと三人娘は町に消えていった。少しの時間しか共に過ごしていないが悪い連中ではなさそうだ。最初に出会えたダコダの民としては当たりだったと言える。


「俺達も行くか」

「はい!」

「はいです」


 アメリア大陸中央北部に位置する町、ダコダ。数ある中でも最も広大な町として有名であり、二つに分かれた町の南に位置するこちらは、多くの商人が集まる'商人の町'と呼ばれている。少し見て回った感じだが、その名に恥じない街並みだった。驚くべくは店の種類と数だ。右を見ても左を見ても何らかの店が立ち並んでいる。美に関しては圧倒的な力を持つブラスカ、鍛冶に特化したワオミングと比べれば服屋や武器屋は多少見劣りするかもしれないが、それでも十二分なラインナップを誇っている事が店の外観だけで容易に見てとれた。

 だが、町の様子が本来のものと違うというのは、初めて来た俺でも分かった。


「……あんまり人がいないですね」

「そうだな」


 真昼間だというのに、ちらほらとしか人が歩いていない。恐らくここが南ダコダの中心街だというのにだ。


「なんだかピリピリしてるです」

「無理もねぇ。すぐお隣さんと冷戦状態にあるんだからな」


 すれ違った町の人の顔をチラ見しながら言った。他の町からやって来る者が皆無の中、明らかに他所から来た俺達に興味を示そうともしない。それだけで町民の心情が伺い知れた。


「……さて、と。一通り町を見て回ってみたが、何か気になる店でもあったか?」

「ミラは特にないです」

「うーん……魔道具とか雑貨とか見たいんですけど、それもミゼットさん達にお勧めの店を教えてもらってからでいい気がします」

「そうか。ならギルドに向かうとするか」


 町の雰囲気も大体つかめた。おおよそミゼットから聞いた話と差異はない。

 どこか陰のある町民の顔を横目に見つつ、俺達は南ダコダの冒険者ギルドへと向かった。

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