第80話 女三人姦しい

「レオンさーん! ちゃんと間に合いましたかー?」

「間に合わなかったら目を覆いたくなるような惨状がミラ達を待ってるです」

「こ、怖い事言わないでくださいミラさん!」


 こちらに向かってくる馬車からひょっこり顔を覗かせ、いつものように感情を感じさせない声で言うミラに、御者をしていたセレナが顔をひきつらせた。そして、レオンの下に辿り着くと、三人の少女が無事な姿を見てホッと胸をなでおろす。


「何とか間に合ったみたいですね」

「ああ。割とギリギリだったけどな」

「セレナが馬車から矢を射った方が確実だったです?」

「馬車から射った事がないのでちゃんと当てられる自信はないです。だから、レオンさんが駆けつけてくれて正解だったと思いますよ」


 そんな会話をしながら馬車から降りてくる二人を見て、三人ははっと息を呑んだ。


 こんなにも美しい女性を今まで見た事があるだろうか?

 夜を照らす月と見紛う銀色の髪に吸い込まれそうな藍色の瞳。透き通るような滑らかな肌、服の下からでも謙虚に主張している双丘。町を歩けば男女が目を奪われる事間違いない美貌。

 そして、もう一人の大き目なローブを着ている少女は、自分達よりも一つか二つ年下に見える。女性らしい体つきをしている銀髪の美女とは異なり、体の凹凸が少なくとにかく華奢だった。だが、その顔は精巧な人形よりも更に緻密な作りをしており、目、鼻、口、顔を構成する全てのパーツが完璧以上に配置されている。自分を含め、ミゼットとタントもよく可愛いと他人から言われたりするが、彼女のは別格だ。無表情なところも相まって、その可愛らしさは神秘的とすら思える。

 そんな呆気に取られている三人の胸中などつゆ知らず、セレナが人懐っこい笑みを向ける。


「この方達はダコダの冒険者さんですか?」

「ああ。情報が欲しいから町まで一緒にどうかって誘ったら快諾してくれてな」

「そうなんですか? それなら早速馬車に乗ってください! 自己紹介は馬車の中でしますので!」


 同年代の女の子と話せる嬉しさからテンションが上がったセレナの勢いに戸惑いつつも、誘われるがまま三人は馬車に乗り込んだ。


 もはや愛着すら湧いてきた愛馬であるアルファロメオの手綱を引きながら、レオンはのんびり街道を進んでいく。最初はぎこちなかったものの仲睦まじく話している女性陣の会話に耳を傾けつつ、なぜか隣に座っているミラに目を向けた。


「お前は混ざらなくていいのか?」

「ミラは静けさを好むです。ああいうきゃぴきゃぴしたのはミラには必要ないです」

「あー……」


 それだけで何となく察したレオンはそれ以上何も言わずに穏やかな気分で周囲を探る。相変わらず魔物の気配はするが、こちらに襲い掛かってくる奴はいなそうだ。


『わかるでぇちっこい姉ちゃん。会話に入れないのを自分は静かなんが好き、っちゅうて誤魔化すやつよな』

「……マルファスはいつもうるさいです」


 散歩に飽きたのか、レオンの肩にとまっている黒い鳥をミラが睨みつけた。マルファスとミラは意外と仲がいい。正確にはマルファスがミラをいじるのを気に入っていた。


『まぁ、あのコミュ力モンスターのセレナを見とると、大概の人間がコミュ障になってまうわな。儂のご主人を筆頭に』

「俺に飛び火させんじゃねぇよ」

「レオンもコミュ障です?」

『見たらわかるやろがい。誰がこんな万年低気圧男と友達になりたいねん』

「はっ倒すぞ駄精霊が」


 くけけ、と笑うと、マルファスはレオンの肩から飛び去って行った。その背を見つつレオンは深々とため息を吐く。


 そんな何とも言えない会話が繰り広げられている外とは対照的に、馬車の中は盛り上がっていた。


「セレナが冒険者だなんて意外だなー! どこぞのご令嬢に見えるもん!」

「そんな風に見えますか?」


 三人の中でギャル味のあるミゼットの言葉に、セレナが苦笑いを浮かべる。


「それを言うならミラさんも……」

「あー、確かに。あの子も冒険者には見えないよね。セレナもミラも私達と同じEランク冒険者だっけ? というかなんで御者席に行っちゃったんだろ?」

「レ、レオンさんに馬の扱い方を教わりたかったんだと思いますよ!」


 短い付き合いながらもミラの性格が分かっているセレナがフォローを入れた。それを違う意味で捉えたミゼットが意味深な笑みを見せる。


「ミラはレオンさんにお熱なのかな? これは強力なライバルだねモコ?」

「ふぁ!?」


 予想外の振りに、モコが素っ頓狂な声をあげた。


「な、ななななな、何言ってんのよ!? そ、そそそそ、そんなわけないじゃない!!」

「こんなにもわかりやすく動揺するやつがあるか! ……まぁ、わかるよ? あんなに格好よくピンチな場面を救われちゃったしね。私ですらきゅんとしちゃったもん」


 何かを悟ったようにミゼットが腕を組みながらしたり顔で何度も頷く。モコの顔が段々と赤くなっていった。


「私もドキッとした」

「タントも!?」

「あれは不可抗力」


 男嫌いではないにしろ、異性に全く興味がないタントの言葉に、モコとミゼットが驚きを隠せない。それだけレオンの助けが、物語の一シーンのような胸が火照る展開だったのだろう。


「レオンさんは素敵な男性ですものね。気持ち、わかりますよ」

「セ、セレナさん……」


 柔和な笑みを浮かべるセレナに、モコが戸惑いの表情を向ける。


「モコ。誤魔化しても無駄だよ? 男嫌いなあんたがあんな素直な一面を見せてる時点でお察しだってーの」

「っ……!!」


 言い返そうとしたモコだったが、金魚のように口をパクパクさせるだけで言葉は出てこなかった。


「モコさんは男性が苦手なんですか?」

「……逆にセレナは苦手じゃないの? それだけ奇麗だったら四六時中嫌らしい視線を向けられるでしょ?」

「うーん……」


 セレナが微妙な表情を浮かべる。人生の半分近くを教会にいた彼女は、そういう思いをした事が殆どなかった。王都にも聖女であるセレナに好意を寄せていた男性は多数いただろうが、それは恋愛よりも敬愛に近しい感情だった。


「残念ながらあまりそういう経験はないですね」

「え!? そうなの!?」

「はい。最近まではあまり男の人がいない環境で過ごしてきましたし、冒険者になってからは力を伸ばす事に必死で、他の事に気を向ける余裕はなかったので」


 レオンのしごきを思い出して遠い目をしながらセレナが笑う。もしかしたらそんな目で見られていたのかもしれないが、それに気づく余裕など皆無だった。


「レオンさんはそういう鬱陶しい目で見てこないもんね。というかセレナ程の美人にすらそういう目を向けないってレオンさんやばくない?」

「女性にとってはとても信頼のおける男性」


 ミゼットの言葉にタントが静かに同意する。それに関してはモコも同じ気持ちだった。


「下心なく接してくれて、あれだけ強くて頼りになる人なんて……女なら誰だって惹かれちゃうわよね」


 モコの口から思わず本音が零れる。ニヤニヤと笑っているミゼットを見て自分の恥ずかしい発言に気付いたモコは、慌ててセレナに視線を向けた。


「セ、セレナさんも同じだよね!? あんな素敵な人と同じパーティだったら、嫌でも惹かれちゃうよね!?」

「えーっと……ノーコメントでお願いします」

「なんでぇ!?」

「レオンさんは地獄耳なので」

「へ?」


 申し訳なさそうに言ったセレナの言葉に、モコがピシッと固まる。頭が真っ白になった彼女がギギギッとぎこちなく顔を横に向けると、ミゼットがぽんと手槌を打ち、体を前に出しながら内緒話をするように口元に手を当てた。


「……だったら当たり障りない話でもする? ダコダの事とか」

「それは俺も興味あるな。是非とも話に混ぜてくれ」


 この場にいる者にしか聞こえないような声で言ったというのに、馬車外にいるレオンから普通に話しかけられ、ミゼットがビクッと体を震わせる。その瞬間、今までの会話が全て聞かれていた事を察したモコが、全てを出し尽くしたファイターのように真っ白に燃え尽きたのだった。

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