第五章 二つのダコダと人身売買
第79話 女三人パーティ
広大な海に面する港町ダコダ。今この町では冒険者が不足していた。その理由はこの町の情勢が極めて不安定だからだ。
アメリア大陸の中でも巨大都市として知られるダコダ。その広さは王都であるバージニアをも超えており、そのため北と南に町は分かれ、それぞれ別の領主が治めていた。その結果、二頭を持つ竜が自己主張の末互いに殺し合う様に、町の在り方を巡りダコダも内部分裂してしまった。そんな町に好き好んで足を運ぶような輩はいない。それは命知らずの冒険者も同じことだった。ギルドの依頼以外での面倒事を嫌う彼らが、面倒事に巻き込まれる可能性のあるダコダに近づくような真似はしない。
そういうわけで、冒険者ギルドが提示する依頼に対して圧倒的に冒険者が足りていないのが現状だった。今この町にいる冒険者は、ダコダが故郷であったり、一身上の理由で町を離れる事が出来なかったりする者だけ。だが、自然発生する魔物は常に町の安全を脅かしている。冒険者がいないという理由でその討伐を疎かにすれば、増えすぎた魔物達に町が蹂躙されるという未来が待っているのだ。
だからこそ、彼女達のように分不相応な魔物と対峙しなければならない冒険者が出てきてしまう。
「……ミゼット! そっち行ったわよ!!」
モコ・グウィルトがパーティメンバーの一人であるミゼット・ハルムショーに向けて大声をあげる。その声に反応したミゼットが杖を向け、慌てて魔法を唱えようとするが、焦りから魔力を練り上げる事が出来ない。
「"ファイヤーボール"!!」
もう一人のパーティメンバーであるタント・ナッシュが、仲間の危機を救うべく迫りくる魔物に魔法を放った。その隙にモコがミゼットの手を引き、タントがいる場所まで下がる。
「はぁはぁ……!!」
極度の緊張から息を荒げながら自分達を取り囲む魔物に目を向けた。タントの魔法が直撃したにもかかわらず、一切ダメージを受けていない姿に思わず戦慄する。
彼女達が戦っているのはCランクモンスターのアウルベア。三メートルを優に超える巨躯に、鋭い爪による攻撃が脅威なモンスターだ。
本来、駆け出しともいえるEランク冒険者の彼女達が戦える相手ではない。そもそも彼女達が受けた依頼内容は町周辺の魔物の討伐であり、こんな高ランクの魔物と戦うつもりなどなかったのだ。これこそが冒険者の減った弊害。高ランクのモンスターが町の近くにまで出没するようになってしまっていた。
そんな相手が五体。彼女達を絶望の淵に立たせるには十分な数だった。
「こ、こんな事ならバモスさん達の申し出を受けておけばよかったんだよ……」
震える手で杖を握りしめながらミゼットが弱弱しく呟く。そんな彼女をモコがキッと睨みつけた。
「何言ってんのよ! 下心丸出しのあいつらと一緒に依頼をこなすなんてお断りよ!」
「で、でも! 死ぬよりはマシじゃん!」
声を荒げるモコにミゼットが必死に反論する。何も言わないがその表情を見る限りタントも同じ意見のようだった。何も言い返す事が出来ずに、モコがぐっと唇を噛みしめる。
発育の良かったモコは常に男達から下卑た視線を受けて過ごしてきた。その影響から彼女は必要以上に男を毛嫌いしていた。だからこそ、同じ"魔法使い"のジョブという事で幼少期から仲の良かったミゼットとタントと女三人パーティを組んだのだ。例え自分より力も経験も上であったとしても男の力など借りたくない。
だが、所詮それは冒険者という職業を甘く見ていた世間知らずの少女の駄々に過ぎなかったのだと、眼前まで迫ったアウルベアを見ながら思った。
「――"
そんな声と共に、何者かが自分達とアウルベアの間に滑り込んでくる。そのまま、手に持つ深紅の剣で容赦なくアウルベアの首を切り飛ばした。
「……え?」
突然の事にモコの思考回路が完全に停止する。それは両脇にいる二人も同様だった。だが、そんな事はお構いなしに、突如として現れた男は他のアウルベアへと向かっていった。
「こんな街道まで出てきてんじゃねぇよ」
面倒くさそうに呟きながら、レオン・ロックハートが残りのアウルベアを処理していく。冒険者として日が浅いモコ達にも分かるほど、その動きは研ぎ澄まされていた。その魔物を狩る様に、モコは思わず見惚れてしまう。
「……これでラスト、と」
当然のように無傷で五体のアウルベアを始末したレオンがちゃんと死んでいる事を確認しつつ、地面に根が生えたように立ち竦んでいるモコ達に向き直る。
「ダコダの冒険者か?」
「あ、はい……」
さらりとレオンに問われ、殆ど条件反射でモコが答えた。脳みそが再起動するまでもう少し時間がかかりそうだった。
「初級冒険者といったところか」
近づきながら三人の装備を見てレオンが言った。その段階でようやく思考が現実に追いつく。
「あ、あの……ありがとうございました!」
少しだけ大きな声になりながら、モコが深々と頭を下げた。それに倣う様にミゼットとタントも慌てて頭を下げる。
「礼はいらねぇよ。ダコダへ行くのに邪魔だっただけだ」
レオンはひらひらと手を振りながら言った。
「見たところそんなに高ランクの冒険者じゃなさそうだが?」
「わ、私達は三人ともEランクです。あ、私はモコ・グウィルト。こっちがミゼットでこの子はタントです」
「ミ、ミゼット・ハルムショーです!」
「タント・ナッシュ……です」
「レオン・ロックハートだ」
名乗るつもりはなかったレオンだったが、こうも丁寧に自己紹介されれば仕方がない。渋々といった感じで名前を言うと、物静かそうなタントの眉がピクリと反応した。
「レオン・ロックハート……もしかして元勇者パーティの?」
「え? あー! 一時期、噂になってたあの?」
「ミゼット!!」
モコが怒声をあげると、ミゼットがしまった、といった表情を浮かべる。恐る恐るレオンの顔色を窺うと、本人は然して気にしていなさそうだったので、ほっと胸をなでおろした。
その噂についてはモコも聞いた事があった。二ヶ月くらい前、魔王四天王の一角を討ち滅ぼした勇者パーティだったが、その中で足手まといだった一人がパーティを解雇されたというものだ。何でも勇者に寄生して荒稼ぎしたとか何とかで、冒険者ギルドから無期限停止処分を受けた冒険者としてでかでかと張り出されていたのを覚えている。つい先日、それが取り消されたようだが、正直モコはまったく関心がなかった。だが、今ならはっきり言える。足手まといという噂は確実にデマだ。
「Eランク冒険者だとアウルベアの複数討伐はきついんじゃねぇか?」
「はい……私達もアウルベアと戦う予定なんてさらさらなかったんですが……」
「気づいたら囲まれてたんですよね」
「なるほど……ダコダの町はここから近いのか?」
「急げば一時間はかからないと思います」
「そこまで町の近くまで来てるってのに、かなりの数の魔物の気配を感じるって事は、魔物討伐の依頼が全然捌けてねぇなこりゃ」
周囲を見渡しながらレオンが言った。町から一時間ともなればそれは人間の生活圏といえる。そんな場所にCランクの魔物が複数現れたという事は、魔物の間引きができていないいい証拠だった。
「俺達はダコダを目指してんだが、町に戻るなら一緒に行くか? 町の様子とか色々と聞きたいし」
「は、はい! ご迷惑でなければ是非!」
レオンの申し出に、モコが元気よく答える。そんな彼女を、ミゼットとタントが意外そうな表情で見た。自分が一番驚いている。そもそも、今までの自分であれば男相手にあんなにも素直にお礼を言う事すらありえない事だった。にも拘らず、どうして自分は忌避すべき対象であるはずの『男』のレオンと普通に会話ができ、あろう事か共にダコダへ行く事を嬉々として受け入れたのか。
その理由は単純明快だった。これまで出会ってきた男共から感じた寒気のするような視線を、レオンからは一切向けられていないからだ。強敵であるアウルベアを倒したことを鼻にかける事もなく、窮地を救った自分達に恩着せがましい言葉もかけて来ない。それだけでレオンに好感が持てた。この人は他の男達とは違う。だからだろうか? 鼓動が早くなり、レオンの顔は直視できないのは。
「……あれ? 俺"達"?」
少し舞い上がって気づくのが遅れたモコだったが、違和感のある言葉に軽く首をかしげる。どう見てもレオンは一人だった。
「ああ。連れがいるんでな」
モコの疑問に、レオンは後ろからやって来る馬車を親指で指しながら答えた。
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