第78話 死神、楽しみを待つ

 アオイワの南に位置する町、ミザーリ。王都バージニアや美の町ブラスカとは違い、派手な建物などは一切なく、牧畜が有名な質素でこじんまりとした町だった。閉鎖的というわけではないのだが、特に観光の名所となるような場所もなく、行商人以外で他の町の者が来ることは殆どないため、コミュニティがこの町だけで完結していた。


 だからこそ、よそ者が町を歩いていたら自然と注目の的になっていた。いや、この場合はよそ者だから、という理由だけではないかもしれない。なぜなら我が物顔で市街を闊歩している男の顔には髑髏のタトゥーが入っており、その背中には巨大な鎌が背負われているからだ。


「……なんつーか争いとは無縁な町だな、おい」


 すれ違う者全てに奇異な視線を向けられている事などお構いなしで、ディアブロ・ブラックバーンがつまらなさそうに言った。常に血と戦いを求めている死神にとってこの町は、物足りないどころの話ではない。


「ん? なんだこれ?」


 そんなディアブロの目に露店の商品が目に留まる。ずかずかと近寄ってきた得体の知れない男に、店主の女性が分かりやすく顔をひきつらせた。


「おい、おばちゃん。この黄色くて丸っこいのはなんだよ?」

「こ、これはコーンボールですよ。ミ、ミザーリの名産であるトウモロコシを小麦と砂糖で混ぜて蒸かした、こ、子供のお菓子です」

「へぇー?」


 説明を聞いたディアブロがおもむろに一つ掴み、口に運ぶ。


「おっ、結構いけるじゃなぁい。二、三個もらっていくわ」

「あっ……」


 露店に並んでいる以上、コーンボールは立派な商品だ。当然、金で買わなければ商品を渡すわけにはいかない。だが、そんな事を言える相手ではなかった。下手な事を言って背負っている鎌で斬られでもしたら目も当てられないので、女店主は去っていく背中を黙って見送る事しかできなかった。


 ピンッ。


 そんな女店主に、ディアブロが背を向けて歩きながら何かを指で弾いて寄越す。自分の手に落ちてきたものを見て、女店主は大きく目を見開いた。


「き、金貨……!?」

「釣りはいらねぇよ」


 子供のお菓子数個の対価にしては明らかに過剰だった。受け取った金貨をぎゅっと握りしめ、女店主が慌てて頭を下げる。


「あ、ありがとうございました!」

「また買いに来るわ」


 ご機嫌にコーンボールを頬張りながら、ディアブロが片手をあげた。


 そのままぶらぶらと散歩を続けたディアブロだったが、特に面白い事もなかったので仕方なく泊まっている宿に戻ってきた。部屋に入ると黒ローブの男二人がビクッと体を震わし、姿勢よく立ち上がる。


「お、お帰りなさいませディアブロ様!!」

「うっせぇな。でけぇ声出すんじゃねぇよ」

「も、申し訳ありません!!」


 全身から冷や汗を噴き出している黒ローブの男達を冷たく一瞥しながら、ディアブロは大鎌を背中から下ろし、ドカッとベッドに座った。


「あー……なんつったっけこの町?」

「ミザーリですか?」

「あぁ、そうだミザーリ。田舎くせぇが悪くねぇ町だな」

「き、気に入ってもらえたなら幸いです!」

「だが、刺激が足りねぇ。俺様みたいな奴が長居する場所じゃねぇな」


 ディアブロがラスト一個のコーンボールに噛り付く。そして、黒ローブの男達に鋭い視線を向けた。


「……俺様の言いてぇこと、分るよなぁ?」

「は、はい! 可及的速やかにセレスティア・ボールドウィンと、その護衛とみられるレオン・ロックハートの居場所を突き止めます!」

「分かってるじゃなぁい」


 若干震える声で言った黒ローブの男の言葉に、ディアブロがにやりと笑みを浮かべる。


「最悪、女の方はどうでもいい。レオンを見つけろ」

「へ……? で、ですがターゲットはセレスティアでは……!」

「あぁ?」


 静かな怒気を纏ったディアブロが黒ローブの男を睨みつけた。それだけで極寒の地にいるかの如く、黒ローブの男が震え出す。


「んな事は分かってんだよ。ちゃんとその女は殺してやるから口答えすんじゃねぇ」

「も、申し訳ありません……」

「とはいえ、楽しみは必要だろうが。俺様はあの男が気にいったんだよ」


 アオイワでの対峙を思い出し、ディアブロの口角が上がった。


「レオン・ロックハート……前情報じゃ勇者パーティをクビになった雑魚だって話だったが、ありゃ猛る狼だ。ちゃんと殺し合いの出来るヤれる相手だぜ。最高じゃなぁい」

「は、はぁ……?」


 レオン・ロックハートが強者である事は王都での襲撃とアオイワでの魔物の一掃を見て、黒ローブの男達も痛感していた。だが、それはターゲットに巨大な障壁がある事にほかならず、まったくもってありがたい事実ではない。にもかかわらず、こんなにも嬉しそうな顔をしているディアブロの気持ちを理解する事はできなかった。


「つーわけで、さっさと見つけろよ。俺様は昼寝すっからこの部屋から出てけ」

「わ、わかりました」

「……あ、そうそう」


 ディアブロから離れる大義名分を得たと内心喜び、足早に部屋を出ていこうとした黒ローブの男達をディアブロが呼び止める。


「順番決めとけよ?」

「順番……ですか?」

「ああ。……いつまでも遊び相手が見つからねぇんじゃ、退屈だからな」


 口調こそ穏やかであったが、その言葉の真意を察した黒ローブの男達は戦慄した。レオン・ロックハートの代わりにディアブロの相手をする、それは明確な死刑執行であった。

 震える手で扉を開け、部屋を出ていく二人。少しでもディアブロから距離を取るために宿を出たところで、緊張しきった体をほぐす様に大きく息を吐き出した。


「……これはまずいぞ」

「……そうだな」

「暗殺じゃなくて誘拐に依頼が変更になった、とボスから聞かされて慌ててターゲットから離れたが、このままだと俺達全員殺されるぞ?」

「かといって、あのままディアブロ様にターゲットを追わせたら間違いなく殺してただろ。そうなれば今度はボスに殺される」


 依頼の変更を知ったのは、ちょうどアオイワに魔物をけしかけた日の事であった。それをディアブロは知らない。そんな事を伝えようものなら、待っているのは死だけだと分かっているから、誰も伝えられずにいた。


「……とにかく、上手い言い訳を考えて拠点に戻らないと」

「……ボスの口から直接言ってもらうしかないよな」


 果たしてそれであの男は止まるのだろうか。"死神"、ディアブロ・ブラックバーンは殺すと決めた相手は必ず殺す。それは裏ギルドでは有名な話であった。レオン・ロックハートの事を話しているディアブロの顔を見る限り、もう誰も彼を止められない気がする。


 与えられた任務よりも遥かに難しい任務を前に、黒ローブの男達は重々しくため息を吐くのであった。

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