第77話 勇者パーティ、元仲間の動向を知る
第一王子であるネイキッド・アーサー・アルバートが加わってから一月後、勇者パーティが魔王四天王の一角を討つべく王都バージニアを旅立った。パーティのリーダーであるセドリック・メイナードがパーティの実力を考慮したうえで、まだ四天王と戦うのは早いと判断していたのにどうしてそうなってしまったのか。その原因は冒険者ギルドからの指名依頼にある。
先日、アオイワで起こった異様な魔物の暴走。その調査をギルドは国を通してセドリック達に依頼したのだ。
それは殆ど国王からの勅命と変わらないほどの強制力を帯びており、セドリックは当然その依頼を引き受けたのだが、それに目を付けたのがネイキッドであった。中堅冒険者がこなすような魔物の討伐依頼を一ヶ月に渡って行ってきた結果、忍耐タンクが限界を迎えた彼は、この依頼が魔族領に程なく近い地という事で、自分の父親である国王に直訴し、依頼の内容を四天王討伐のついでにアオイワの町の調査を行う、というものに変更させたのだ。これにより、セドリック達は魔王四天王を倒しに行かねばならなくなってしまった。
そんなこんなで、意にそぐわない魔族との戦いに臨む事になった新生勇者パーティが目的地の一つであるアオイワに到着したのが、何かの式典と見紛うほどの盛大な王都の民からの見送りを受けてから二週間後の事だった。本来であれば王都からまっすぐにアオイワを目指せば一週間とかからない。それなのにどうしてこれだけの日数を要したのかというと、ネイキッドの護衛として大量の騎士達が勇者パーティに同行していたからである。
到着して早々、高級宿に引きこもったネイキッドを無視して、セドリック達は情報を得るために早速冒険者ギルドへと足を延ばした。
「……というわけで、
アオイワの受付嬢であるコルトが、少し緊張した面持ちで当時起こった事を事細かに説明する。相手は冒険者の頂点とされるSランク冒険者である上に、国から認められた勇者パーティ。緊張するのも当然の事であった。
「魔物の具体的な数は?」
そんなコルトを気遣ってなるべく柔らかい口調でセドリックが尋ねる。
「おおよそ三百体ほどです」
「三百……」
コルトの答えに、セドリックが僅かに眉を顰めた。
「実際に計測したわけではないので正確な数字ではないです」
「え? 倒した魔物の核の数で町を襲った魔物の数は分かるんじゃないのかな?」
「倒された魔物の死骸は一つとしてなかったのです。それこそ夢でも見ていたかのように」
「魔物の死骸が……」
セドリックが口元に手を当て、難しい顔で考え込む。そして、後ろに控える自分の仲間に意見を求めようとゆっくり振り返った。
「……どう思う?」
「考えるまでもないでしょ。
「私もルビィちゃんと同じ意見かな? その魔物はおそらく固有魔法で作られたものだよ」
「だろうね」
つまらなそうな口調で告げるシルビア・アルムハルトの言葉に同意するように、アリア・ダックワースが言った。固有魔法に魔物を生み出すものがある事はセドリックも聞いた事があった。そして、それは魔族が使う魔法である事も。つまり、この件には魔族が絡んでいる可能性がある。
「その後、似たような魔物の目撃情報は?」
「特には」
「そう……か」
それが事実であれば、この騒動を引き起こした犯人はもうこの町にはいない可能性が高い。目的を達したのか、はたまた目的がなくなったのか……いずれにしろ、調査をしても成果はあまりないような気がした。
「……謎の魔物達も気になるけど、それよりも気になる事があるわ」
そう言いながら、シルビアが周囲を睨みつける。彼女が気になる事、その具体的な内容を聞かずとも、セドリックとアリアにはなんとなくわかった。なぜならば、彼らも同じ疑問を抱いていたからだ。
「悪いけど、そんなに熱視線を向けられても全員タイプじゃないのよ」
不快感を前面に出した声でシルビアが言った。確かにこのギルドにいる冒険者達はじっとセドリック達を見ている。だが、それは決して容姿の優れたシルビアやアリアに対して熱い視線を向けているものじゃない。むしろ、その逆だった。
「……確かに気にはなるね」
向けられた敵意にそれ以上の敵意を返すシルビアとは対照的に、セドリックは穏やかな口調で呟く。この視線は冒険者ギルドに来てからではない。この町に来た時から感じていた。だからこそ、それが気に食わなかったネイキッドはそそくさと宿に引き篭もったのだ。ここに来るまでいくつか寄った町では、どこも第一王子のいる自分達勇者パーティを必要以上に持て囃されて迎えられたというのに、こんなにも歓迎されていない雰囲気は純粋に不思議だった。
「その理由に心当たりはあるかな?」
「……!?」
話を振られたコルトが僅かに顔を顰める。もちろん彼女は理由を知っている。だが、それは伝えてもいいものなのか。激しい葛藤に襲われたコルトであったが、セドリックから穏やかながらも意志の強い瞳を向けられ、諦めたようにため息を吐いた。
「……恐らく、何の被害も出さずに今回の騒動を治めた人物が関係あるかと」
「騒動っていうのは当然アオイワに魔物の大群が迫ってきた事だよね?」
「はい。その方は誰の力も借りず、一人で三百の超える魔物を一瞬で屠りました」
「……へぇ。興味深いね。他のSランク冒険者かな?」
「いえ。SランクではなくBランクです」
それを聞いたシルビアは訝しげな表情を浮かべ、アリアが首を傾げる。だが、セドリックだけははっと息を呑んだ。そんな三者三様の反応を見つつ、コルトが大きく息を吐き出し、呆然とするセドリックの目を真正面から見返す。
「――その方のお名前はレオン・ロックハート。あなた方の元パーティメンバーです」
「はぁ!?」
「レオン君が!?」
シルビアとアリアが仲良く目を見開いた。だが、セドリックだけはその名前を聞いても驚いた様子はなかった。いや、正確に言えばBランクと聞いた時点で驚いていた。
「……あぁ、そうだよ! てめぇらがクビにしたレオン・ロックハートその人だよ!!」
「何が勇者パーティだ!! 勇者に寄生する
「あの人の強さに嫉妬したんだろ!!」
コルトの言葉を皮切りに、この場にいる冒険者達の怒声が轟く。四方八方から繰り出される罵声と、予想外の名前を聞いてシルビアとアリアが戸惑いを隠せない中、セドリックが突然快活な笑い声をあげた。
「セ、セドリック?」
「セ、セド君?」
「……まさかこの町であいつの名前を聞くとはね」
自分達のリーダーが気でも触れてしまったのか、と心配する二人をよそに、ひとしきり笑ってからセドリックが静かな声で言った。
「なるほど、この町の人達が俺達にあまりいい感情を抱いていない理由が分かってすっきりしたよ。……そっか。あいつがね」
どこか嬉しそうに言うと、セドリックはギルドの出口に向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと! どこ行くのよ!?」
「どうやらこの町では俺達は悪者みたいだ。だから、あまり長居しないよう、さっさと調査を終わらせるんだよ」
慌てるシルビアに片手で応えると、セドリックはそのまま冒険者ギルドを後にする。その行動に一瞬面食らった冒険者達だったが、すぐさまシルビア達への非難を再開させた。
「……そういえば馬鹿王子……違った、ネイキッド様が冒険者ギルドにレオン君の事有る事無い事言ったんだっけ?」
「……つまり、この状況は役立たずのあの男を追い出したあたし達の自業自得ってわけね」
シルビアは苦笑しながら肩をすくめると、アリアと共にセドリックを追う。訳も分からず罵声を浴びさせられるのは我慢ならないシルビアであったが、その理由がレオンであるのであれば、気の強い彼女も甘んじて受ける気になった。
……それが単純な罵声であればの話だが。
「可愛いからって調子乗んじゃねぇぞ!!」
「捨てられたのはてめぇらの方だろ!!」
「あの男がお高く留まってるあんたらより、美人でお淑やかなセレナちゃんと一緒にいる理由が分かるってもんだぜ!!」
ぴくっ。
気になる言葉にアリアが反応する。その真偽を確かめようとして振り返った彼女だったが、異様な魔力を感じてすぐさま前を歩いていたシルビアに視線を向けた。
「……美人でお淑やかなセレナちゃん?」
とても静かな声だった。だが、その声はこの場にいる全ての人間の鼓膜を震わせた。そして同時に、絶対的な恐怖により体をも震わせた。その証拠に、ヒートアップしていたこの場が一瞬で静まり返る。
「……あの馬鹿と一緒にいる"セレナちゃん"について、詳しく教えてもらえるかしら?」
"大賢者"という魔法を扱うジョブの中で最高位に属するシルビアの常軌を逸した負の魔力がギルドに充満した。氷魔法よりも遥かに背筋を凍らせるその魔力に、アオイワの冒険者達が揃って冷や汗を噴出させる。それを見て、シルビアの思いを知っているアリアはやれやれと頭を振るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます