第76話 ブラスカを発つ
「そう……ブラスカを出るのね」
一通り修練場で挨拶を終えたところで建物に入り、いつものように忙しくしているグロリアの所へと赴いた。俺達の話を聞いた彼女に驚いた様子はない。
「意外とリアクション薄いんだな」
「
「まぁ、そうだな」
「むしろこうやってわざわざ報告してくれた事が驚きだわ。レクサスかその子に言われたからなんでしょうけど」
ちらりと視線を向けられたセレナが曖昧な笑みを浮かべる。しっかり見透かされているのはもう諦めた。グロリアとレクサスは無理だ。
「レオンの事よろしくね? 不愛想だし、言葉足らずだし、無茶しがちだけど悪い奴じゃないから。大変だと思うけど、しっかりと手綱を握ってあげてね。いう事聞かなかったらお尻引っ叩いちゃっていいから」
「はい! わかりました!」
「躾のなってないペット扱いすんじゃねぇ」
晴れやかな笑顔で元気よく返事をするセレナにしかめっ面をする俺。対照的な反応を見せる俺達を見てグロリアが楽しげに笑う。
「まぁでも、役には立つ奴よ。こと戦闘においてはね。……狂信的なファンがいるらしいセレナにはちょうどいいんじゃないかしら?」
意味深な笑みを浮かべながらグロリアが言った。その発言に俺がピクリと眉を動かす。
「レクサスから聞いたのよ。中々厄介な連中に目をつけられたじゃない。人気者はつらいわね?」
「ははは……」
セレナが乾いた笑いで応えた。レクサスの奴、グロリアに話したのか。まぁ、その辺で吹聴する真似は絶対しないし、万が一聖女の生存を知ったせいで口封じの刺客を差し向けられても返り討ちにするような女だから別に問題ない。それが分かってるからこそ、レクサスも話したんだろう。
「もし、この町でその迷惑なファンを見かけたら私がダインスレイブで遊んであげるから安心なさい」
「ありがとうございます……でも、あまり無理はしないでください」
「ただのファンじゃねぇからな。相当
「それはあんたよりも?」
「場合によっては」
「へぇ……」
グロリアの顔が受付嬢のモノから、Aランク冒険者'
「セレナ。こいつはレクサスと同じで心配するだけ時間の無駄な人種だ」
「そういう事。あんたは自分の心配だけしてなさい」
「え、あの……はい」
少し困惑しながらセレナが答える。
「それにしてもあの問題児をパーティに加えるとはね。意外だったわ」
「そうか?」
「ええ。セレナがそうしようとするのは何となく予想が出来たけど、レオンがそれを許すとは思わなかったわ」
グロリアが探るような目を向けてきた。裏ギルドから狙われているという事情を知っているからこその見解だろう。こういう場合は被害を最小限にするためにも、なるべく他人とは深く関わらないようにするのが定石だ。
「……まぁ、俺にも色々と考えがあんだよ」
「それが裏目に出ない事を祈るわ」
詳細を聞いて来ようとせずグロリアがあっさりと引き下がった。
「とりあえず、本部にはレオンのペナルティを取り下げるよう陳情しておいたわよ。あんた達がこの町でこなしてきた依頼の成果を添えてね。多分これで他の町でも問題なく依頼を受けられると思うわ」
「ほ、本当ですか!?」
「不甲斐ない弟のために美人なお姉ちゃんが一肌脱いであげたのよ」
得意げな顔で言うグロリアにキラキラした瞳でセレナが見つめる。これはありがたい。セレナとパーティを組んでしまった以上、ギルドから変ないちゃもんをつけられたらセレナにも迷惑をかけてしまう。
「色々と本当にありがとうございました! グロリアさんに会えて本当に良かったです!」
「私もセレナに会えてよかったわ。愚弟の事、よろしくね?」
「はい! 任せてください!」
力強く答えながらビシッとセレナが敬礼した。
「色々助かったわ。ありがとな」
「セレナの事、泣かせたら承知しないからね?」
「……善処するよ」
セレナの涙を見たくないのは俺も一緒だ。極力そんな事にはならないよう努力するつもりではいる。だが、確約出来るほど自分の力を過信する事はできない。
そんな感じで冒険者ギルドで挨拶を済ませていたら、レクサ・スペードの店員がレクサスからの言伝を伝えに俺達の所にやって来た。なんでも馬車の用意が出来たとのこと。相変わらず仕事が早いな。
その後、グロリアの仕事が終わるのを待っていつもの店に行く事になった。仕事の愚痴が半分、俺の過去話が半分と、なんとも居心地の悪い思いをしたがセレナが楽しそうだったので良しとする。今回はセレナも少しだけお酒を飲んでいた。その影響か、最後には泣きながらグロリアとまた会う約束をしていた。これでまた一つ、この町に戻ってくる理由が出来たな。
というわけで次の日、朝早くにブラスカの入り口にある馬屋へセレナとミラの三人でやってきた。
「おはようございます、レクサスさん」
「朝早すぎんだろ」
「おはよう。あんたと違ってアタシは忙しいからこれくらい早い時間じゃないと見送れないのよぉ」
セレナには笑顔で、あくびを噛み殺している俺は睨みながらレクサスが言った。それにしてももう少し何とかならなかったのだろうか。時間帯が早すぎてここに来るまで町を歩いている人を殆ど見かけなかったわ。隣にいるミラなんて半分寝てるぞ。
そんな彼女にレクサスが視線を移す。
「あなたがミラね」
「あー……初めましてです。ミラ・ホワイトフィールドです」
「レクサス・ギャラガーよ。よろしくね」
どこか値踏みをするような目を向けるレクサスだったが、ミラの方はそれを気にするよりも眠気の方が勝っているようだ。
「少しお話ししてみたかったんだけど、どうやらその余裕はなさそうね」
そんなミラの様子を見てレクサスが苦笑いを浮かべる。
「馬屋の店主に聞いてもうあなた達の馬に馬車を取り付けてあるわ。中々いい黒馬じゃない。どこで買ったの?」
「あ、えーっと……」
「アオイワでその辺にいた馬を無断で快く譲り受けた」
「それは盗んだっていうんじゃないの?」
「金は置いてきたからセーフだろ」
セレナが何とも言えない顔で誤魔化すように笑った。俺にジト目を向けていたレクサスだったが、呆れたようにため息を吐く。
「……まぁ、あんたは意味もなく盗みをするような子じゃないから、止むに止まれない事情があったとは思うけど、次にアオイワに行く機会があったらちゃんと謝罪するのよ?」
「はい。誠心誠意頭を下げるつもりです」
「その辺りはセレナがいれば大丈夫そうね。いいわ、こっちよ」
レクサスの後についていくと、見えてきたのは俺達の馬であるアルファロメオとシンプルながら立派な馬車だった。
「アタシ達が使ってた中古だけど、結構いいやつよ」
「あぁ、悪くねぇ」
「こ、こんなに立派な物をいいんですか!?」
もっとしょぼい代物を想像していたのか、セレナが目を丸くしながら言った。
「気にしないでいいわ。これから旅をするあなた達に餞別よ」
そんなセレナにレクサスがウインクで応える。ふむ……派手な装飾がなくて目立たなそうだし、作りもしっかりしているように見える。大きさ的にも三人で使うには広すぎるくらいだ。
「見た目は地味だけど中は快適なはずよ。座席はアタシが愛用しているソファと同じ素材を使ってるから座り心地もいいし、野営の際にベッドにもなるわ」
「それはありがたいな」
野営なんて快適であればあるほどいいに決まっている。少なくともセレナとミラは宿と変わらない安眠を得る事が出来そうだ。
「何から何まで本当にありがとうございます! まさかこんな素敵な馬車をいただけるなんて……!」
「だから、気にしなくていいって言ったでしょ? これはうちの愚息の面倒を見てもらうセレナに先払いで謝礼を払ってるものなんだからね♡」
「はい! 一生懸命面倒見ます!」
「……そりゃ心強いこって」
限界を迎えたミラを馬車の座席に寝かせつつ、渋い顔で呟く。
「じゃあ、レオンの事頼むわね」
「わかりました!」
「あなたもよ、精霊さん」
『……任せとき、おっさ……姉ちゃん』
初めて会った時から苦手意識があるのか、気配を消していたマルファスだったが、レクサスから話しかけられ仕方なしといった様子で答えた。それを聞いて満足そうに頷くと、レクサスが俺の方を見る。
「わかってると思うけど、死なすんじゃないわよ?」
「わーってるよ」
「……そして、死ぬんじゃないわよ?」
「……わーってるよ」
らしくない真面目な声に、俺も真面目に返事をした。この言葉はセドリックと魔王討伐に出る時にも言われた言葉だ。あの時とは何もかもが違うが、抱いた感情はあの時と同じだった。
「死ぬ気で楽しんできなさいよ!」
レクサスの声を背中に受けながら、アルファロメオに鞭を打つ。故郷を失った俺を待っていてくれる人達がいる町、ブラスカ。色々と面倒事を解決したらセレナと一緒にまた戻ってこよう。
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