第75話 おねだり

「……つーわけで、急遽三人旅になったから適当な馬車をくれ」


 高級ソファに座りながらさっき起きた事をつらつらと報告する。それを仕事机で聞いていたレクサスが組んだ指に顎を乗せながら意外そうな顔をしていた。なんとなく居心地が悪い。


「……なんだよ?」

「いやねぇ? 珍しいなぁって思ったのよ」

「なにが?」

「あんたがアタシのオフィスに来ることも、アタシにお願いする事もよ」


 その指摘が来ることをなんとなく予想していた俺は渋い顔をする。


「三人で馬に乗るのは厳しいって話になった時にセレナから言われたんだよ。レクサスさんを頼ってみたら、ってな」

「……あぁ、そういう事ね」


 どういうわけかレクサスが優しく微笑んだ。今の発言のどこにレクサスの機嫌をよくする部分があったのかまるで分らない。


「まったく……あんたにはもったいないくらいにいい子ね。ちゃんと大事にしないとダメよ?」

「どうしてレクサスがそう思ったのかは知らねぇけど、ちゃんとわかってるよ。あのお人好しの聖女様は目を離したらすぐに厄介事に巻き込まれるからな」

「そのお人好しの聖女様は今どこにいるのよ?」

「ミラと一緒にその辺の店を回ってる。買い物は女同士がいいんだろうよ」

「仏頂面の男と一緒に回るショッピングなんて楽しくないものね」


 からかう様に笑うレクサスを見て、俺はますます顔をしかめた。どうにもレクサスとセレナの組み合わせと俺の相性は悪いみたいだ。


「いいわ。セレナには前に一つお願いをしちゃったし、そのお返しって事であんた達に素敵な馬車をプレゼントしてあげるわ」

「お願い? なんだよそれ?」

「ふふ。女同志の秘密よ♡」

「けっ」


 気にならないといえば嘘になるが、こういう時に何を言っても無駄なのは知ってるので無駄に追及する事はしない。どうせ碌な事じゃないだろうしな。


「クランが保有する馬車の中からあんた達の馬に合うのを見繕ってあげる。町の入り口の馬屋に預けてあるのよね?」

「そうだが、いいのか? クランの所有物を勝手に譲っちまって?」

「もちろん副クラン長のグロリアには話を通すわよ。まぁ、あの子もセレナの事は気に入ってるみたいだし、何の問題もないと思うわ。最悪、アタシが自腹で新しい馬車を購入するわよ」

「そう、か……」


 なんとなくどんな顔をしたらいいのかわからなかった。考えてみれば、こんな風に面と向かってレクサスに頼みごとをした事はなかった気がする。正直、馬車は安い買い物ではない。Sランク冒険者としても、レクサ・スペードのオーナーとしても稼いでいるとはいえ、こんな軽い調子でお願いしてもよかったのだろうか。


「なーに、へんてこな顔してんのよ。急に遠慮したくなっちゃったわけ?」

「……うっせ」

「気にする事なんてないわよ。子供のおねだりにため息交じりで応えてあげるのが親の役目なんだから」


 その声はとても優しかった。胸に何か熱いものが込み上げてくる。


「……父親なのか母親なのかはっきりしてもらいたいもんだぜ」

「あーら、アタシはどっちにもなれるのよ? だからオカマは最強なの」

「最強なのは否定しねぇよ」


 こそばゆい気持ちを誤魔化すためにそっけなく言いつつ、俺はソファから立ち上がった。そのまま部屋から出ていこうとする俺に、レクサスが声をかけてくる。


「遅くても明後日までには馬車を用意しておくわ」

「……さんきゅ」


 気恥ずかしさから小声で感謝を述べつつ、俺はレクサスのオフィスを後にした。


 翌日、朝食を食べ終えた俺達は方々に挨拶回りをする事にした。とはいっても、そんなに挨拶をする相手はいない。冒険者ギルドの修練場を適当にぷらぷらしていたら終わるレベルだ。

 というわけで、昔からいる美の探究者ビューティフル・ワールドの面子とワイバーンで一緒になった冒険者達に声をかけていく。


「他の町に行っちまうのか……セレナちゃんがいなくなると寂しくなるぜ」

「俺達の癒しがぁぁぁぁ!」

「セレナちゃんがいなくなったら、明日から何を楽しみに生きていけばいいんだ!?」

「セレナちゃん、フォーエバー!!」


 おい。全員セレナの事しか言ってないじゃないか。俺を惜しむ奴がいないんじゃ、俺がいる必要ないだろ。


「師匠ぉぉぉぉぉ! 行っちまうのかよぉぉぉぉぉ!!」


 前言撤回。全力で惜しんでくれる奴がいた。


「セレナさん……また会えるよね?」

「色々な町を巡ったら戻ってきますよ」

「きっとですよ?」


 ほろほろと涙を流すエブリイの頭を、セレナが温かな笑みを浮かべながら優しく撫でる。あれくらいがちょうどいいんだよ。分かるかヴィッツ。しがみついている俺の服がぐしょぬれになるくらい涙も鼻水も出してるのはやりすぎなんだ。


「随分と懐かれてんだな」

「お前も滂沱の涙を流してくれるのか?」

「心の中じゃ涙ちょちょぎれてんよ」


 ヴィッツの泣きっぷりにノートが苦笑いを浮かべる。


「ひっく! し、師匠……俺ぇ……!」

「いつまでも泣いてんじゃねぇぞ。冒険者だろ?」

「だって……だってよぉ!!」


 子供の様に駄々をこねるヴィッツに俺は困ったように笑いながらその頭をポンポンと叩いた。


「ダンジョンで別れる時も言っただろ? お互い冒険者をやってればまたどこかで会えるってな」

「ううっ……それは……それはわかってっけど……!!」


 我ながら随分と慕われたものだ。そこまで面倒を見てやったつもりはないのだが。まぁでも、悪い気はしない。


美の探究者ビューティフル・ワールドの先輩として、俺の初弟子の事頼むわ」

「ちぃとばかし荷が重いが、しょうがねぇ。世話になった借りは返さねぇとな」


 ノートが軽く肩をすくめながら拳をこちらに向けてくる。俺は小さく笑いながらその拳に自分の拳をぶつけた。

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