第74話 ミラの秘密

「二三日したら俺達はブラスカを出る事になった」


 レクサスと世間話をし終えてから十分ほど経った頃ギルドにやってきたミラに事実をそのまま告げる。突然の事に目を丸くするミラだったが、すぐにいつもの無表情に戻った。


「ミラとは何だかんだ一緒にクエストをこなしている間柄だから、いの一番に報告したってわけだ」

「突然の事でごめんなさい」


 セレナが心底申し訳なさそうに頭を下げる。


「本当ならお前がいっぱしの冒険者になるまで付き合うつもりだったが、事情が変わっちまってな。悪いと思ってる」

「……謝る事ないです」


 ふるふるとミラが頭を左右に振った。俺達に罪悪感を感じさせないようにしてくれているのか。そういう気づかいができる奴だったんだな。


「一日あればミラも旅支度が整うから気にするなです」

「そうだな……え?」


 一瞬言葉の意味が理解できなかった。旅支度が整うというのはどういうことだ? 旅に出るのは俺達であって、ミラは関係ないというのに。


「……もしかして、お前もついて来ようとしてんのか?」

「ミラはレオンとセレナのパーティメンバーです。ついていくに決まってるです」


 さも当然とばかりにミラが言い放つ。この反応は予想していなかった。


「あのなぁ、ミラ。俺達は別にパーティを組んでいるわけじゃねえぞ?」

「だったら、ミラもパーティに入れて欲しいです。それはダメなのです?」


 曇りなき眼を向けられた俺は、思わず目を逸らし、助けを乞うようにセレナへと視線を向ける。セレナもなんと言ったらいいのかわからず、困った様子だった。セレナの性格を考えれば二つ返事でオーケーしそうなものだが、それが出来ない理由がある。それは彼女が裏ギルドから狙われているからだ。


「えーっと、そのぉ……あれですよね、レオンさん」

「まぁ、うん、あれだな。うん」

「…………」



 詳しい事情を話すわけにもいかず、かといっていい作り話も思いつかず、しどろもどろな態度をとる俺達にミラがジト目を向けてくる。


「……わかったです。ミラについてくるです」


 どこか覚悟を決めたような顔でそう言うと、ミラはスタスタとギルドから外へと出て行った。俺とセレナは互いに顔を見合わせると、とりあえずその後についていく事にする。

 ミラが赴いたのはブラスカの町から少し離れた、人気ひとけのない森の中だった。ここまで来てもミラの思惑がまるでわからない俺は眉をひそめる。それはセレナも同じようだった。


「ミラさん? この場所に何かあるのですか?」

「……この場所に何かあるわけじゃないです。ただ、他の人がいるのは嫌だったです」


 こちらに振り返ったミラは、真面目な顔で懐から硬鞭を取り出す。


「ミラがレオン達のパーティに入れてもらえないのは秘密を抱えてるからに違いないです。確かに、そんな相手誰だって警戒するです」

「いや、別にそういうわけじゃ」

「本当は隠しておかないといけないけど、パーティに入れてもらいたいから見せるです。それに、レオンとセレナなら大丈夫だと思う……です!!」


 俺の言葉も聞かずに、ミラは魔力を練り上げた。


「これがミラの職性ジョブ――"死霊術士ネクロマンサー"の力です!!」

「……!?」


 突如として地面から現れた物言わぬ躯達に俺は大きく目を見開く。


「こ、これは……死霊魔法ですか……!?」


 セレナも驚きを隠せないようだった。死者の魂を魔力によって操る死霊魔法は俺の紅魔法と同じ、特定のジョブでしか使えない固有魔法だ。そして、それを使う事の出来る"死霊術士ネクロマンサー"は……悪辣職性イリーガルとして扱われている。


『……おい、主。今のは』

「あぁ、わかってる」


 指輪の中からマルファスが声をかけてきたが、俺がきっぱり言うと、それ以上何も言ってこなかった。


「……ミラがこの力を隠していた理由は分かると思うです」


 硬鞭を振り、魔力を切ると、骸達が霧のように消えていく。やはりそうか。


「これを使えばミラだって魔物を倒せるけど、それをしたら他の人がミラをつまはじきにするです。だから、ミラはこれまで魔物が出ても何もする事が出来なかったです。……でも、二人はそんなミラを見捨てるどころか、戦えるように力を貸してくれたです……!」


 表情こそ感情が浮かんでいないが、その声にはどこか縋るような様子がうかがい知れた。


「だから、だからミラは、ミラの秘密を明かしてでも二人と一緒にいたいです! パーティの仲間として一緒にクエストをこなしていきたいです! ……ダメ、ですか?」


 僅かに潤む瞳を向けられたセレナが俺を見てきた。その顔を見ただけで何が言いたいのかはわかる。


「……いつも言ってるだろ? セレナの好きにしろって。俺は黙ってそれに従うだけさ」


 諦めたように笑いながら言うと、セレナがこくりと頷いた。守り守られという関係から共に戦う仲間になったとてそれは変わらない。ミラが隠していた力を見たというのも理由としてはあるが。


「……ミラさん。私達はある人達から狙われています」


 真面目な顔でミラに向き直ると、セレナが静かな声で言った。


「その理由は知らない方がいい事なのですが、重要なのは私達が常に命を狙われているという事です」

「…………」


 ミラが真剣な表情でセレナの話を聞いている。ぼかして話す事にしたのか。まぁ、事実をありのままに話すのはミラにとっても俺達にとっても良くないことかもしれない。


「だから、私達のパーティに加わればミラさんも危険に見舞われるかもしれません。それでもいいですか?」

「問題ないです」


 間髪入れずにミラが答える。その返答の速さに驚いたセレナが目をぱちくりさせた。


「元々冒険者に危険はつきものです。それが嫌なら冒険者なんかにはならないです」

「まぁ……そうだな」

「セレナとレオンが誰に狙われているのかは分からないけど、二人を狙う不届き者がいるならミラは迷わず死霊魔法を使って二人を守るです。だから、ミラをパーティに入れて損はないです!」

「ミラさん……」


 力強く言ったミラにセレナが困ったような笑みを浮かべる。ここまで言い切られたら、彼女が出す答えは決まったようなものだ。


「……私のジョブは"聖女"です」

「っ!?」


 ミラが大きく目を見開いた。俺も驚きだ。まさか自分からジョブを打ち明けるとは思わなかった。ジョブの中でもレア中のレアと言えるそれをミラに教えたという事はそういう事なのだろう。俺は小さくため息を吐きながら軽く肩をすくめる。


「俺は"暗殺者アサシン"だ。ミラと同じ悪辣職性イリーガルだな」

「ごめんなさい、レオンさん」

「レオンも悪辣職性イリーガル……!」


 自分の我儘に付き合わせたことに申し訳なさげな笑みを浮かべるセレナに、再び信じられないジョブを聞いて驚きを隠せない様子のミラ。うちのボスは誠意には誠意をもって応えるタイプなんだ。


「二人とも普通とは言えないジョブですが、それでもいいですか?」


 セレナが優しい口調で問いかける。未だに俺達のジョブの衝撃を処理できていない様子のミラだったが、ぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替えた。


「全然かまわないです! むしろ、ミラと同じ悪辣職性イリーガルが一緒ならとても心強いです!」

「では、これからよろしくお願いしますね」

「よろしくです!」


 微かに、それでも嬉しそうに笑いながらミラが言った。それを受けてセレナもにっこりと笑う。事情が事情だけにずっと二人でやっていくものだと思っていたが、まさかパーティメンバーが増えるとはな。


『……ええんか? 厄介そうなもんが仲間になったみたいやが?』

「厄介この上ない駄精霊を仲間にした手前、ミラを拒否するわけにはいかねぇだろ」

『そのイケメン精霊様の恩恵を受けまくっとるのは誰やっちゅーねん』


 仲良く話している二人を見ながら、捻くれ精霊と会話を交わす。それにしても思わぬ展開になったものだ。"死霊術士ネクロマンサー"のミラ……。これは色々と考えないといけないかもしれないな。

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